2022年8月27日 越後川口駅 E129系2連
緩くカーブしたホームに列車が進入。線路わきは雑草だらけ!短い編成の列車と雑草だらけの線路。これが今の地方の路線の姿である。
上り上越妙高行き 54M しらゆき4号
3月のダイヤ改正まで115系快速とE653系「しらゆき」4号が交差する時間帯だったが、この時期災害の影響で普通列車用E129系が多数故障で離脱し E653系が投入されることとなり、7両の「いなほ」用ハマナス色と「しらゆき」用が離合する場面を見ることとなった。
雨は前日の夜半には止んで、雨上がりの霧が支配していた。夜明けとともに霧は解消していったが水田に雲の姿居ようによって浮かび上がり山が見えるであろう遠景は霧にまだ覆われていた。始発電車がいつものように水田地帯を通過。
本列車は人気が高く待合室で見学している家族連れがあった。
上り普通 E129系
17時過ぎ、雨が激しくなって露出が出ない
上り快速直江津行き 3374M E653系 所定4両のところ7両(6両)であり、ゆったり過ごせたのでは。先頭グリーン車は回送扱いで乗車できない。
土曜午後のささやかな楽しみ。風雨をついて走る長大編成の見聞。
JR東日本サイトによると11月3日上野~新潟間、11月6日新潟~上野間において上越新幹線開業40周年を記念してE653系国鉄復刻色を用いて特急「とき」の運転を行う。
画像は国鉄時代183系によるもので上越新幹線開業間近のものである。
1984年3月31日国鉄魚沼線(来迎寺~西小千谷)廃止。廃止当時は気動車2連が4往復の過疎路線であった。廃止になり38年が経過。一般道路に転用されたり農道になったりで痕跡もわからなくなりつつある。この区間は片貝から西小千谷方面を見た区間である。いまも魚沼線の走った区間は人口が少ない場所であるが終点は商業地になっていた。
E653系 U107 3374M
列車にばかり気を取られていたが足元の水田も黄色みが増しあと少しで収穫となる。
気候不順が気になるが・・・・
この列車のあとやってくると思われたE001「トランスイート四季島」は現れなかった。
昨日と同様この編成が新潟~直江津間快速の運用に入った、7両のうち6両が乗車可能。先頭グリーン車は締切扱いだった。
車内の様子は4両でちょうどいいくらいの乗車率。日曜日のため通勤需要はない。この「直江津快速」はダイヤ改正まで115系「新井快速」として運転されていた。国鉄型車両の走行を味わえる列車でモーターのうなりも迫力があった。
E653系は特急型ゆえ走行音も静かで揺れもあまり感じない。特急「いなほ」では さらに高速運転がされているので快速の運用では本来の性能は出し切れていないのであろう。
普通列車や快速列車の優等車両代走は鉄道に関心を持ち始めた1970年代通学で乗っていた70系電車が大雨によるダイヤの乱れから165系に変更されサロ165型グリーン車も普通車扱いとなりそれに乗車して通学したことがあった。一緒に乗った同級生も驚いていた。
485系の快速とくれば2015年3月改正まで走っていた「くびき野」や1991年から1997年に運転されていた特急「北越」の末端区間運転の普通列車や快速列車も懐かしい。2015年から2017年3月改正で廃止されるまでの485系「糸魚川快速」もある。(らくらくトレインは整理券が必要なのでここでは除く)また下り急行「きたぐに」新津~新潟間快速区間も583系に運賃のみで乗車できるが通勤時間帯の大混雑を考えると必ずしも得とは言い切れない。扉が1箇所で乗り降りに時間がかかるので・・・
暮れなずむ越後平野と時雨の空を眺め長岡に到着。
雨が舞う中直江津に向け発車。雨は小やみになった。日没が迫る中ゆっくり動き出した。久しぶりに乗車した特急型車両遠い旅へのいざないを残し視界から消えていった。
長岡駅のエキナカを散策。ぽんしゅ館は新潟県内の地酒やおつまみなど多数がそろっていて観光客の人気も高い。店の雰囲気も酒蔵を連想させた。その真ん前は「無印良品」衣料、食品、雑貨など。店内は清潔感がある。商品はシンプルなデザインのものが多い。今回は見学のみ。その横は食品の店。エスニック系があった。他にはスターバックス。改札脇にはnewdays。鉄道150周年にちなんだ商品が多数。寝台特急「ヘッドマーク」アレンジのコースターなど。
帰りは129系B24編成とA15編成のペア6連で早々に帰宅。雨が強く降ってきた。日没が早くなってきて薄暗い中を走る。接続する上越線列車から登山の帰りと思われる方が乗車。東三条では浴衣の女性が多数・・・どこかで花火があるのか?どこだろうと考えていると加茂川の花火大会が行われるようだった。
まだ米坂線に乗車したことが無かったので新潟駅から小国駅の区間を乗車。快速「べにばな」で2時間の旅を楽しんだ。
荒川峡列車は羽越本線から米坂線に入ると各駅停車となり荒川沿いを進む。越後下関からは荒川と寄り添いときに峡谷の岩肌をのぞむことになる。短いトンネルや橋梁を通過し山間を進んで山形県境を越えると小国であった。
米坂線は先月の豪雨災害で手の込付近の橋梁流失、坂町付近での土砂流入等で現在不通となっている。
午前中は歩行者天国となり出店も多数出店してにぎわったが、この時間は店舗も閉店し静かな街並みに戻った。
午前中の雑踏は朝市ということだった。かき氷の店もあり祭りの日?とおもったがまだ8日後のことで不思議に感じた。
朝市といっても観光客も多く華やいだ風情のためそれと気が付きにくいかもしれない。
この付近は古い建物も多く1970年代の風情が色濃く残っている。 奥に見えるのは北越紀州製紙。信越本線沼垂駅はその手前であるが廃止されてすでに10年以上経過してしまった。
弥彦線高架下は定期市のテントが多数。まだ6時前であるが買い物客が集まってきた。その一方でテントを設営しているお店の人も。
お盆前の日曜日これから賑わいを見せるであろう。品目は野菜、果実、鮮魚を中心に種苗や衣料品などもある。
市の場所は弥彦線高架下と旧北三条駅付近であり多数の店が並ぶ。掛け声をかける人と品定めする人が絡み合っている光景。
ここで桃を買ってみた。昨年はなぜか食べるのを忘れたがこの日行われる模型運転会のめんべーへの差し入れを調達ということだ。
図書館内部にはカフェも設置されて軽食を食べることもできる。(ビールも飲める)書架は3階まで設置されているが蔵書の量はそれほど増えてもいない感じ。郷土資料の充実を期待したい(周辺の図書館より貧弱になってしまっている)
図書館の外もテントとテーブルが設置されてオープンカフェ気分を楽しめるのであろう。食事はすぐ脇に「県央スパイス研究所」なる食事処がある。
夏休み期間のため来場者も多く交通整理員が駐車場の案内をしていたが日中は混雑するのであろうか?
熱帯夜が残る早朝、側面に暑い日差しを受けて高速貨物2088レが通過していった。
当地で見ることのできる貨物列車は上越線方面のみ。縦貫線は先週の豪雨災害でまだ止まったままである。復旧はまだ終わっていない。
おとといの豪雨で新潟県内の鉄路は不通区間が相次いでいるがこの列車の運転区間は全く支障がなくいつものようにゆったりと通過していった。乗客たちには日没前の風景を楽しんでいるのであろう。
今月の3日から4日にかけて羽越本線沿線にて大規模な水害が発生して日本海縦貫線貨物列車 が運休となっている。
新潟県内では坂町から村上付近が豪雨災害で甚大な被害となっている。米坂線、磐越西線も被災してしまっている。さらに被害は大きくなると考えられる。
夏空を背にキハ48系shu*kuraがやってきた。(この日は柳都Shu*kura)