2019年6月15日土曜日

磐越西線青い12系号観察

2019年6月15日 DE101680〔長岡〕と「青い12系」客車4連
スハフ12162、オハ12367、オハ12366、スハフ12161の4連で高崎車両センター所属。
DE10と「青い12系」というレアな列車である。
DE101680を連結後いったん待機。珍しく最後尾に反射板が無く国鉄時代を思わせる編成となっている。国鉄時代には当たり前に見られたこの「青い12系」も今では貴重なものとなってしまった・・・「青い12系」とは「ばんえつ物語12系」と区別する意味で、系列としては一緒だが形態が大きく異なってしまった。
JR東日本では残っているのは蒸気機関車牽引用のスハフ32、スハフ42、オハ47、オハニ36の旧型客車とE26系「カシオペア」だけになったようだ。
長岡寄りにいったん引き上げて静かに新津駅3番線に入線。左手は乗務するJR東日本の方々。
「青い12系」のスハフ12161からはディーゼルエンジンの音がうなり構内に響いていた。
この音は長距離急行列車の音であり新潟県内では急行「きたぐに 」(大阪~新潟~青森間)
でよく聞いていた記憶がよみがえってきた。
12系客車は臨時列車で見ているが主に団体専用列車や臨時急行列車で国鉄時代では「佐渡 」新潟~上野「鳥海」酒田~上野「越後」大阪~新潟(下りのみ)「天の川」酒田~上野(1982年11月改正以降)「越前」福井~直江津~上野(1082年11月改正以降)などが定番だった。(いずれも50番代の佐渡54号などのような愛称が用いられ、1986年ダイヤ改正後は80番代)
急行型であってもキハ58系や165系電車より座席間隔が広くゆったり座れたのがよかった・・・
久々に本式の急行型車両の内部を見聞。ロングシート部分なしの原型がうれしい。
ただ、一般の方にはどうなのか?たんなるボックス席が並ぶだけの車両・・・
それでもそこそこの乗車があった。
大きなテーブルと窓側のひじ掛けが優等車両の象徴。(キハ58系、165系、455・475系など急行型車両は全て完備していた)
ビールやジュース、弁当を置いて車窓を見つつ飲食したのも思い出である。
デッキには車内販売のワゴンが・・・・定期列車では新幹線、在来線ともに縮小傾向だがこの列車は乗車を楽しむのが目的であり供食体制に抜かりはない・・・
10時5分に新津駅を発車するが新潟から接続の快速電車(E129系)が到着後扉があいた。
高度成長時代に造られた車両でのどかに阿賀路をゆられる道中もおつなものといえよう。

筆者は1999年にSL列車「えちご阿賀野」号(D51498牽引)で津川~新津間を乗車したことがある。

磐越西線での12系は6月の野沢臨(大山祇神社祭礼)や会津への修学旅行のころよく見かけたがあまりに当たり前すぎて記録しないことも多かった。
また会津若松~郡山間では12系の臨時急行「ばんだい」もあった。

磐越自動車道開通後バスに団体客が移り団体臨時列車もあまり見なくなった。
1往復あるC57180牽引の「ばんえつ物語」号 が7両の長編成で往年の面影を見せてくれている。
来月半ばからようやく帰ってくる・・・

新津駅構内では駅弁の販売も行われていたので1個買い求めて走行撮影に向かった。



 




月潟保存車

2019年6月14日 月潟にて キ116 塗装がされたようできれい。なんと「秋」の文字が。沖田祐作著機関車表で調べると以下の履歴が・・・

 キ116 国鉄大宮工場= 1932-00-00 J 31.1t2-2(1067)
車歴;1932-00-00製造→納入;国鉄;キ116→配置;?→1936-09-02現在;新庄検車区→
1939-03-01現在;新庄→廃車→1968-03-12譲渡;新潟交通(新潟県);キ116→
1999-04-00保存;新潟県月潟村「新潟交通旧月潟駅」;キ116

奥羽本線にて除雪の任に当たっていたようだ。もう80年近い車体・・・・
反対側は まだ塗装がされていなかった 新潟交通時代の表記も消えかかって痛々しい。
この地にやってきて20年風雪にむしばまれてしまったが保存会の方々の不断の努力で少しづつ美しさを回復しつつある。

この黒い除雪車・・・たった一度だけ動いているのを見たことがある。
1976年の2月頃弥彦線でDE10が押していた。豪雪地帯の新潟県では多数DD15,DE15,DD14など除籍専用機が多数配置されていたが雪の少ない弥彦線などでは廃車直前のキ100型を用いていたのかもしれない。
その年の夏には新津機関区の留置線に置いてあった・・・

そのころ撮影機材を持っておらず鉄道にはあまり関心が無くぼんやり見ただけで終わったが・・・・

 モワ51 こちら側にも「荷物」の文字が復活していた。
平成3年(1991年)秋ごろ東関屋に停車していた本形式を見ていると「荷物」の表記があったがその後消されていた。事業用でごくまれに除雪で動くだけで荷物は宅配便の取次になってたようだ。白根駅にヤマト運輸の「宅急便」の看板があったのを記憶している。
復元された荷物扉と荷物の表示  
モワ51は電動貨車に分類されるようだが小口の「荷物」にも活躍していたのかもしれない。
荷物輸送は国鉄時代末期昭和61年(1986年)に廃止され新聞輸送や新幹線を用いたレールゴーサービスが残る程度だったが近時運送業の人手不足等で見直されつつあり「貨客混載」が話題になっている。
先日上越新幹線で佐渡の南蛮エビを輸送する実験が行われている。

一旦は途絶えた荷物輸送(ここでは旅客車を用いた物品輸送)が復活する時が来るのか興味深い・・・

2019年6月13日木曜日

DD51753 寝台特急「紀伊」

1983年12月31日 DD51753牽引14系寝台車 「紀伊」 
1984年2月のダイヤ改正で廃止となる。 1980年3月まではDF50牽引だった。

2019年6月9日日曜日

バラに彩られる

ことしもバラが咲いて冬鳥越の保存車たちを彩っている。


EF6054 東海道本線

1983年12月30日 東海道本線山崎~高槻 EF6054沼津機関区配置 EF60は当時貨物列車ではよく見かける機関車だった。この機関車の運用は吹田から沼津までだった。
後ろの貨車もコンテナではない車扱いの貨車が多数連なっていた。
1984年2月のダイヤ改正ではこれらの車扱い貨物列車の大幅削減が実行され役割を終えて廃車になる貨車が多数に及んだ。また機関車の余剰も多数発生動かず朽ち果てていく機関車を見るのは悲しかった。

2019年6月8日土曜日

EF58100 24系客車回送

1093年12月30日 東海道本線 EF58100牽引の24系(向日町所属)の大阪から向日町への回送。原型窓のEF58100〔宮〕牽引。1984年2月1日改正でEF58がEF62へ置き換えられ、24系の回送も廃止のなることが決定していた。冷え切った朝もやがかかる東海道本線を走るEF58牽引列車を静かに見送った。

2019年6月1日土曜日

新潟交通電車線保存車

2019年6月1日 月潟 モハ11 保存開始20年の節目 桜の葉も濃くなり初夏から梅雨への移り変わる時期が近い。
保存会の方々が修繕活動をされていた。
モワ51の扉の修繕が終わったようだ。荷物の文字が復活していた。いまのところホーム側だけ。現役の頃に近づいた。
キ116のライトが点灯 この車両も塗装のし直しなどの修繕がされた。
モワ51とモハ11 遠くに残雪の飯豊連峰が望める
モハ11 現役の頃風に 長年の風雪で車体もかなり傷んでいた。
日没 間もなくあたりが暗くなる  梅雨入り前の今の時期一年で一番いい時期。
落日・・・19時ころ  上越新幹線のあわただしい音が静寂を破った