土地と建物は現在も越後交通の所有。栃尾線は1975年3月に廃止。現在保存車両は全く無し。ごくわずかに遺構が残るのみ。この工場跡地の他刈谷田川にかかる橋梁跡と栃尾駅舎がよく知られている。
この路線は子供の頃ぼんやり眺めたことがある程度。子供の頃は鉄道に関心はなかったため記録ももちろんない。ただ今は多くの資料が残されていて概要をつかむことはできる。
電化軽便鉄道乗ってみたかったが近くにはない。いまあるのは三岐鉄道北勢線であろうか。
土地と建物は現在も越後交通の所有。栃尾線は1975年3月に廃止。現在保存車両は全く無し。ごくわずかに遺構が残るのみ。この工場跡地の他刈谷田川にかかる橋梁跡と栃尾駅舎がよく知られている。
この路線は子供の頃ぼんやり眺めたことがある程度。子供の頃は鉄道に関心はなかったため記録ももちろんない。ただ今は多くの資料が残されていて概要をつかむことはできる。
電化軽便鉄道乗ってみたかったが近くにはない。いまあるのは三岐鉄道北勢線であろうか。
展望室部分
スロフも一度は乗ってみたいが指定がとりづらい列車となっている。
収穫待ちの水田を見ながらEF510-2牽引3098レが走る。この列車のコンテナには農産品が多数積み込まれているという。梅雨の時期は積載率が非常に悪いが秋になった現在は90%を超えている。
水田の稲刈りは急ピッチで進んでもう2分の1は収穫が終わった。昨年の異常気象の不作や本年相次いだ災害等で米が品薄になり店頭から消えた。ニュースによると品薄状態は解消しつつあるらしい。
ここ数日は気温が下がり秋の始まりを感じた。秋が始まったということは冬が控えている。
この週末で稲刈りが急激に進んだ。道を走ると米の直売に遭遇。いまは早稲米が中心。
コシヒカリはこれからの収穫となっている。
列車の編成が最大6連の今、長大編成列車のことは忘れて短編成をメインに記録を行っている。4連がおさまる場所は結構ありそうだ!
仕事帰りの撮影。帰宅時間帯に見かける上越線貨物列車。踏切の場所によっては渋滞を引き起こす厄介な列車だが、通勤帰宅経路を踏切りのないルートに変更して仕事終わりの楽しみとすることもある。
すでに夕暮れ農家の方も作業を終えて帰宅。人けが無い山伝いの水田にはこれから刈り取られる稲があった。米不足の昨今農家も刈り取りに必死である。店頭から米が消えたことが話題になっているがまもなく何事もなかったかのように並ぶことであろう。いくばくか値上がりして。
長岡の郊外のこのあたり農村地帯そして小さな峠越えがある。貨物列車は汽笛を鳴らして、長大編成のコンテナを牽引して夕暮れの上越線を走り抜ける。
照明にカバーがあるがこれは特急「秋田リレー」に使われた痕跡である。ほかにデッキの名残りやロングシート部分にテーブルがあったりもする。
「秋田リレー」はキハ110、111、112型の300番台を名乗り1996年から1997年のダイヤ改正までのおよそ1年を北上~秋田間で運転された。田沢湖線の秋田新幹線改軌工事で特急「たざわ」が運休となりその代替列車であった。
秋田新幹線開業後は300番台を解消して一般型に戻し座席はE217系のグリーン車充当された。