2025年1月31日金曜日

EF510-4 3098レ 雪の少ない1月

2025年1月19日 EF510-4 3098レ 復興マークが運転台の下に貼付

日没も遅くなって安定的に午後の貨物を眺めることができるようになった。

雪原を走るEF510貨物列車。気温が高いため雪が舞い上がらない・・・・

ことし(2025年)の雪の量も新潟県下越の平地では平年より少ないように感じる。

しかし時折重い雪が降って除雪に苦労させられる。2月は後半に暖かくなるという予報であるがその前に立春寒波が来るという。 


2025年1月30日木曜日

E231系宇都宮線・高崎線~からっ風を走る

2025年1月25日 高崎線 大宮~宮原 E231系
大宮に到着 15両編成 右手は東武野田線
大宮を後に宇都宮線がゆく

E231系は近郊型と通勤型を統合した一般型となった。一部にボックス席や二階建てグリーン車が連結されて近郊型仕様をアピールしている。 これらは新津で造られたものである。

用事を済ませ帰りの新幹線に乗るまでの間、日本海側では見られない(新製出場などを除く)長大編成の近郊列車をしばらくの間眺める。

都会を行きかう列車を眺め日没前の新幹線で帰路に就いた。

2025年1月29日水曜日

武蔵野線の電車たち 209系500番台とE231系


 2025年1月25日 武蔵浦和駅 府中本町行き

新秋津へ行くために乗り換えた電車。現在武蔵野線には209系500番台とE231系が用いられている。いずれもほかの線区からの転入であり、かつては205系や103系の時代もあった。

209系500番台はE231系への移行期の車両で車体が広くなっている。違いは機器の違いであり容易に見分けられない。E231系はそれまでの通勤型と近郊型を統合して一般型としたものでこれも前面スタイルにバラエティがある。

209系500番台とE231系は車体が同様で見分けにくい形式となっている。



 

2025年1月28日火曜日

埼京線E233系

りんかい線 70‐000 新木場行き 

 2025年1月5日 埼京線 武蔵浦和駅 E233系


下り秋田新幹線 「こまち」

1985年に通勤新線として開業した「埼京線」今年で開業40年を迎える。大宮~赤羽間は東北新幹線に並行して走る。東北新幹線の上野駅開業から本年で40年である。

車両は当初103系、205系と使われいまはE233系が走る。

2025年1月27日月曜日

武蔵野線 重連貨物

2025年1月25日 EH500-36+EF210‐349  武蔵野線
EF210-349  


 

貨物列車最後部 それにしても長い編成。久しぶりに眺めた太平洋側の貨物列車。

2025年1月26日日曜日

八王子総合訓練センター クモヤ145‐118

2025年1月25日 JR東日本 八王子総合訓練センター

行先は新宿 この車両は車籍はない。

クモヤ145‐118 行先表示大月
側面に横文字表記あり。 手前の209系も車籍はない。
ホームに209系と並ぶ。日によって209系とクモヤ145が入れ替わるようだ。昨年ここを通った時はクモヤ145が本線側にいた。
週末でも訓練は行われているようだ。陸軌車が通過していった。

掘割の中の不思議な小鉄道を横目に武蔵野線が行く。ここは新秋津駅から西に1キロいった場所。

 

2025年1月24日金曜日

遠くに雪山を望んで

2025年1月19日 越後線 上り吉田行き E129系2連

この列車はかつて115系で残った時間帯の列車で吉田で1時間程度停車して柏崎に向かう列車だった。弥彦線とは接続も悪く待たされる列車だった。 利用は内野付近で空席が目立ちそのまま吉田へ向かう。

巻付近では雪山は遠くなりすぎてしまった。単調な冬枯れの風景を列車が行き来するだけである。午前中郷土資料を読みながら私鉄だった時代を思い起こしていた。

古い払い下げのタンクSLが二軸客車を牽引して走る時代。じつはそのころがスピリットに満ちた時代だった。大正時代沿線では大河津分水の工事が行われ、西山付近では油田が全盛期を迎えていた。弥彦へ線路が伸びると行楽客が集中して吉田は弥彦へ、巻は岩室温泉への連絡駅としてにぎわいを見せていた。 

いまは油田もなくなり、並行道路が整備され、商業地も移転マイカー時代となり鉄道沿いの旧市街や町内の凋落が進んでしまった。それでも越後線は新潟と吉田の区間は電化後は列車本数の多い区間となっている。編成は短いものの信越本線と変わらない本数の列車が走っている。