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2023年4月6日木曜日

早朝のお座敷客車~京都駅


 1984年8月 京都駅 留置線にスロ81お座敷客車 右手に奈良線の気動車列車。

今はこの付近に乗場が増設されて奈良線の乗り場となっている。

スロ81系は鋼体化改造客車60系客車からの改造車で品川と宮原の2編成が画像と同じ車体様式であった。(旧型客車であるが城帯を入れ12系と同様の塗装となったもの)この頃12系改造のお座敷客車も多く登場し今では古豪となって後継 の車両が登場するといううわさもあった。

この81系お座敷編成は1979年9月高砂工場にて落成している。1986年に後継の14系お座敷「みやび」に置き換えられ引退。

2022年11月3日木曜日

赤谷・鉄山・廃鉄橋





 2017年6月3日 新発田市 旧日鉄鉱業赤谷鉱業所専用鉄道の廃線跡地

2022年10月30日 沼垂にて模型運転を行っていたら会員の一人がそわそわしてTVのスイッチを入れたら紀行番組を行っていた。今回は柏崎市と新発田市の廃道を訪ねる番組だった。

番組は男女2名のレポーターが廃道を訪ねるというもの。柏崎では鯨波駅から海岸線に沿う廃道が、新発田では山間部の廃道が紹介された。見覚えのある風景が続き、赤谷という地名が出てきたので赤谷の鉄山に向かうのだなと思い番組を見てしまった。

1984年3月31日限りで廃止された国鉄赤谷線の廃線遺構が出た後、鉄山に向かう道路が紹介された。ここが日鉄の専用鉄道を転用してできた道路でありスノーセットは鉄道の名残であることを女性リポーターが紹介していた。最後にたどり着いたのが飯豊川にかかる廃鉄橋だった。

2017年ふと思い立ってこの地を訪ねた。宿場の名残を残す赤谷から旧赤谷線の東赤谷に向かうが、東赤谷があった場所は原野に帰っていた。 東赤谷から鉄山への専用鉄道は県道に転用されてスノーセットは鉄道の遺構であり天井のすすは蒸気機関車のものであることが推定される。山峡を走る風光明媚な路線であり一般の利用も許されていたことで知られている。

京都鉄道博物館にかつてここで使われていた蒸気機関車1080が保存されていることは有名である。

豪雪地帯のこの路線は11月中旬から4月の冬場は操業できないためバッテリー式の軌道が設置されて通年早暁に切り替わり1956年9月30日廃線になった。

軌道の方は1984年3月31日の赤谷線廃止跡も操業は続いたが元号が平成に変わったころ操業も行われなくなったようで跡地は消滅している。TV番組では取り上げられなかったが軌道の廃線跡も存在する。

女性レポーターの解説も見ごたえがあったが廃道の世界では有名な方。離婚歴があるということだったが平凡な人生を捨て廃道研究を選ばれた旨がこの女性レポーターから伝えられたのが印象に残った。

2018年9月13日木曜日

赤谷線 東赤谷

1983年5月 赤谷線東赤谷にて 新発田から乗った東赤谷行きの列車。
駅構内と赤谷線の「本線」 終着駅「東赤谷駅」はスイッチバックでありさらに赤谷駅から1000分の33の勾配があることで知られていた。
新発田からのった列車も赤谷までは平凡な風景であるが赤谷を出ると人家が無くなり加治川の渓流にそって走る。急こう配をあえぎ登っていったんスイッチバックして東赤谷に到着。
赤谷線は1984年3月31日に廃止されている。
いまこの付近は全ての人の営みは消えて無人の地に還っている。
ことしからバスも運転されていない。

2017年6月30日金曜日

赤谷線廃線跡で見かけた車掌車

2017年6月3日 旧国鉄赤谷線赤谷駅近くにて  「赤谷の駅」という国鉄貨車を用いた建物が。
貴重な車掌車である。1985年3月14日のダイヤ改正で使用されなくなり一般に売却されたものがこうして使用されている。 
場所は新発田~赤谷~三川を結ぶ県道沿い。 この車掌車よりしばらく行くと本当の赤谷駅の跡地に出る。