2018年3月3日 新潟駅 E129系が並んで発車待ち。4月16日より新潟駅高架部分が一部使用開始となるため1番~4番の乗り場が使用廃止となる。(8番と9番は高架の1番線ができるまで残る)
長年親しんだこの光景も見られなくなる。
2018年3月4日日曜日
E653系 3色並び~村上駅
2018年3月3日 村上駅 特急「いなほ」号E653系大集合 というイベントが行われ3色の「いなほ」編成が並んだ。左「ハマナス」色、中「瑠璃色」右「通常のいなほ色」
ちょうど「町屋の人形様巡り」がスタートした週末ということも会って大勢の人でにぎわっていた。
新潟より先頭のグリーン車 クロ E653の車内も公開された。
町屋の人形様巡りとタイアップして3種類の「いなほカード」を集めるイベントも行われていたので参加してみた。カードは表がE653系写真で裏面は運転時刻表となっていた。
ちょうど「町屋の人形様巡り」がスタートした週末ということも会って大勢の人でにぎわっていた。
新潟より先頭のグリーン車 クロ E653の車内も公開された。
町屋の人形様巡りとタイアップして3種類の「いなほカード」を集めるイベントも行われていたので参加してみた。カードは表がE653系写真で裏面は運転時刻表となっていた。
2018年3月3日土曜日
付喪神(つくもがみ)~旧長野電鉄屋代線廃線跡にて
2017年8月13日 15時30分 旧長野電鉄屋代線 信濃川田駅跡
表題の付喪神とは長い年月を経た道具などに神や精霊が宿ったもので人をたぶらかすとされている。最近読んだ「21世紀の民俗学」という書籍にこの記載を見つけた。これはいまはやりの自撮り棒のことについての考察である。自撮り棒もいずれ使われなくなって付喪神となって暴れる姿を想像する記述を見つけた。
この日の経路はお役御免の車両たちを訪ねる旅だった。長野県はこれらの宝庫のようで多数遭遇していたが信濃川田の車両たちは生かさず殺さずの状態であり日中であっても気味の悪い場所に成り果ててしまっていた。 雑草が高く生い茂りぼろぼろの塗装の電車が留置周りはなにもない・・・・24時間霊の出放題といった印象。とくに迷信を信じなくてもあまり気分のいい場所ではなかった・・・
この後体が重くなり(暑さと疲れだと思うが)残りの「取材」を続けた・・・
ここの車両たちも小布施の2000系と同じく美しく塗装され歴史をしのばせる駅跡に再生することを望む(本来はそういった趣旨でここに展示されるため置かれていると思うのであるが)
表題の付喪神とは長い年月を経た道具などに神や精霊が宿ったもので人をたぶらかすとされている。最近読んだ「21世紀の民俗学」という書籍にこの記載を見つけた。これはいまはやりの自撮り棒のことについての考察である。自撮り棒もいずれ使われなくなって付喪神となって暴れる姿を想像する記述を見つけた。
この日の経路はお役御免の車両たちを訪ねる旅だった。長野県はこれらの宝庫のようで多数遭遇していたが信濃川田の車両たちは生かさず殺さずの状態であり日中であっても気味の悪い場所に成り果ててしまっていた。 雑草が高く生い茂りぼろぼろの塗装の電車が留置周りはなにもない・・・・24時間霊の出放題といった印象。とくに迷信を信じなくてもあまり気分のいい場所ではなかった・・・
この後体が重くなり(暑さと疲れだと思うが)残りの「取材」を続けた・・・
ここの車両たちも小布施の2000系と同じく美しく塗装され歴史をしのばせる駅跡に再生することを望む(本来はそういった趣旨でここに展示されるため置かれていると思うのであるが)
2018年2月28日水曜日
夜のE129系
2017年8月14日 長岡車両センター 115系に変わってE129系が多数。2018年現在増備が続いていて115系は3月のダイヤ改正で長野から転入したものだけになると言われている。
1978年に老朽化した70系電車を置き換え通勤通学輸送に走り回った生え抜き115系立ちの終焉も間もなくである。
置き換えたE129系もいつまでも同じ塗装ではないかもしれない。数年後に変化があるかもしれない(ないかもしれない)
189系「あさま」色編成
2017年8月14日 長野駅で再開した189系「あさま」色編成。在来線の特急「あさま」は1997年9月30日限りで運転終了以降は信越本線長野~直江津間の「妙高号」で活躍しそれも2015年3月のダイヤ改正(北陸新幹線金沢延伸)で任を解かれたがいまだにこの編成は残存していたのでちょっと驚いたのであった。
189系の方もいよいよ終焉間近となっているが長野新幹線のE2系はすでに全廃となっていて189系より短命だったのにも驚かされる。
189系の方もいよいよ終焉間近となっているが長野新幹線のE2系はすでに全廃となっていて189系より短命だったのにも驚かされる。
2018年2月25日日曜日
鉄道ピクトリアルの特集は153系電車
1982年8月17日 広島にて 153系普通列車 下関~広島間では111系、115系などともに旅客列車の主力であった。しかし老朽化が進行していたためこの年のダイヤ改正では115系3000番代に役目を譲って引退した。
下関運転所の153系はかつては山陽本線急行の運用で用いられていたが山陽新幹線が開業後はローカル輸送に転じていた。
宇部から広島まで乗車したことがあるがデッキ付の構造のため寒さに凍えることもなく快適な車中だった記憶がある。途中駅で弁当を買って食べ夜の山陽線を堪能した。
ただ、駅のアナウンスが徳山駅を除いて不気味な女性の声のテープでしかもただ駅名を流して終わりというものだったのでこれだけはいただけなかった。
例「あさ~(厚狭)あさ~ ここは美祢線乗換駅」 他に詳細な案内はなかったようだった。
さてピクトリアルの特集なので車歴と形式集などがあるので楽しんで眺めたいところである。
新潟県内では1962年6月10日の新潟~長岡電化の際上越線の準急「ゆきぐに」にもちいら
れていたが 1963年には山岳路線向けの165系に置き換わっている。
153系は1982年11月ダイヤ改正のころまでは東京駅から伊豆方面の列車にも長大編成で走っていて東海道新幹線開業前の優等列車時代の残り香を感じたのも思い出であった。
下関運転所の153系はかつては山陽本線急行の運用で用いられていたが山陽新幹線が開業後はローカル輸送に転じていた。
宇部から広島まで乗車したことがあるがデッキ付の構造のため寒さに凍えることもなく快適な車中だった記憶がある。途中駅で弁当を買って食べ夜の山陽線を堪能した。
ただ、駅のアナウンスが徳山駅を除いて不気味な女性の声のテープでしかもただ駅名を流して終わりというものだったのでこれだけはいただけなかった。
例「あさ~(厚狭)あさ~ ここは美祢線乗換駅」 他に詳細な案内はなかったようだった。
さてピクトリアルの特集なので車歴と形式集などがあるので楽しんで眺めたいところである。
新潟県内では1962年6月10日の新潟~長岡電化の際上越線の準急「ゆきぐに」にもちいら
れていたが 1963年には山岳路線向けの165系に置き換わっている。
153系は1982年11月ダイヤ改正のころまでは東京駅から伊豆方面の列車にも長大編成で走っていて東海道新幹線開業前の優等列車時代の残り香を感じたのも思い出であった。
名誉市民渡邉義雄生誕110周年記念展
2018年2月25日 三条市の東公民館で表題の記念展が行われたので見学に。
三条市の名誉市民渡邉義雄の生誕110周年ということで建築写真の大家の作品を堪能できた。展示場所は2部屋あって第一会場は伊勢神宮と皇居、迎賓館が第二会場が薬師寺、唐招提寺、法隆寺、東大寺と海外のイタリアとモスクワ(ロシア)の作品で構成されている。
建築写真は寸分の狂いのない作品に圧倒され、スナップ系の写真が中心のイタリアとモスクワも人々の表情が素晴らしかった。映画のワンシーンを彷彿された。
廊下には1977年(昭和52年)の三条市内を撮影した写真が・・・「アサヒカメラ」の企画で撮影した三条市の様子であるが鍛冶職人、凧の絵師、六斎市での様子、冬の小路を行く女性、2004年(平成16年)水害で大きな被害を受ける前の五十嵐川の岸に建つ3~4階建ての木造住宅、東三条駅前の通りの様子など・・・・このころはまだ街の中が元気だった時代である。多くの店が賑っていた・・・国道沿いには大型店はなかったからだ。
作品以外の展示品では第一会場に初期の撮影機材である蛇腹構造のエネルマン ミニチュア クラップというカメラと三条市で生産された和釘と金具(伊勢神宮におさめられた)それに主力の大型カメラの写真と撮影を行っている渡邉氏の写真が
第二会場にはキャノンのCanonⅣsb セレナ―50㎜ f1.8が展示されていた。
スナップ撮影の用いられた機材である。今のカメラにはない外観が特徴である。
三条市の名誉市民渡邉義雄の生誕110周年ということで建築写真の大家の作品を堪能できた。展示場所は2部屋あって第一会場は伊勢神宮と皇居、迎賓館が第二会場が薬師寺、唐招提寺、法隆寺、東大寺と海外のイタリアとモスクワ(ロシア)の作品で構成されている。
建築写真は寸分の狂いのない作品に圧倒され、スナップ系の写真が中心のイタリアとモスクワも人々の表情が素晴らしかった。映画のワンシーンを彷彿された。
廊下には1977年(昭和52年)の三条市内を撮影した写真が・・・「アサヒカメラ」の企画で撮影した三条市の様子であるが鍛冶職人、凧の絵師、六斎市での様子、冬の小路を行く女性、2004年(平成16年)水害で大きな被害を受ける前の五十嵐川の岸に建つ3~4階建ての木造住宅、東三条駅前の通りの様子など・・・・このころはまだ街の中が元気だった時代である。多くの店が賑っていた・・・国道沿いには大型店はなかったからだ。
作品以外の展示品では第一会場に初期の撮影機材である蛇腹構造のエネルマン ミニチュア クラップというカメラと三条市で生産された和釘と金具(伊勢神宮におさめられた)それに主力の大型カメラの写真と撮影を行っている渡邉氏の写真が
第二会場にはキャノンのCanonⅣsb セレナ―50㎜ f1.8が展示されていた。
スナップ撮影の用いられた機材である。今のカメラにはない外観が特徴である。
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