115系N34編成とN35編成 227M
115系N37編成
12月になり晴れる日は少なくなって時雨の日が多くなってきた。もうすぐ1年が終わる。
弥彦は多くの観光客でにぎわっていたコロナの方もかなり落ち着いていたため県外からの方々も多かった。紅葉は盛りを過ぎたためか鮮やかさはなかった。時雨が来れば散ってしまうその前の最後の晴天に映えているそんな紅葉だった。
しらゆき4号案内員女性 より「しらゆき号」が到着すると同時に発車しますというメッセージが。
二本木駅のスノーシェッド この中に入って後ろ向きに動き出す。二本木駅はスイッチバック駅。
レンガ庫の内部 油脂類の保管が行われていた。
二本木を後に終点妙高高原へ 妙高山の裾野が旅愁をそそる。大田切からの関川遠望 1978年5月この付近を土石流が発生し信越本線(当時)が長期にわたり不通になり多数の犠牲者が出る災害があった。妙高高原駅 北陸新幹線開業後は一気に衰退したが一軒だけ商店がありここでお土産を購入。しなの鉄道115系とET122の並び めったに見られない光景。関山にて 左の女性が案内員さん 長い道中お世話になりました。
直江津は定刻に到着しお世話になった方々に一礼し帰途に就いた。かえりは「しらゆき7号」で、久しぶりに在来線の特急を楽しんだ 。
D51レールパークのD51827と車掌車改造の客車 一日4本の運転
筒石にて
EF510牽引の3093レをすれ違いざまに 脇におられた女性の案内員Nさんに見せたら目を丸くされていた。