2025年7月7日月曜日

越後線の駅~桐原駅

2025年6月28日 越後線 桐原駅 農村地帯の小さな駅
柏崎方面
吉田方向 太い架線柱は中越地震で交換したものか?
桐原駅近くの踏切で 吉田行き普通 E129系2連

水田と農村だけの単調な風景をのどかに走る。越後線吉田~柏崎間は1日8往復程度の運転でワンマン列車が主力
 

2025年7月6日日曜日

越後線の駅~小木ノ城

2025年6月28日 越後線 小木ノ城
右手の盛り土は国道116号線  
吉田方向 出雲崎への道路が覆いかぶさる
柏崎方面 左手は国道116号 国道は3桁ながら国土交通省直轄の幹線道路 新潟市から北陸や関西への大動脈となっている。
竣工記念碑 田中角栄の書
駅裏手はのどかな集落が広がる

この付近は3桁ながら改修が進んで(バイパス道路)大動脈となった国道116号線と幹線となることができず衰退が続く越後線との対比を感じる場所である。1984年に電化されても増発されず減便される結果となって今日に至っている。ほとんどがワンマン列車であり、電化当時の架線柱も劣化が見られる。

2025年7月5日土曜日

越後線の駅~石地駅2025

2025年6月28日 越後線石地駅 駅舎に最寄りの石地海岸をイメージした絵が描かれていた
石地駅待合室 手前の木造のオブジェは?今年の正月は蛇のオブジェが置かれていたようだった。
開札側 窓口はない。証明書発行機のみ
柏崎方面 かつては交換可能だったが1990年代に棒線化された。
吉田方面 ホームは雑草に 埋もれた。

駅前は郵便局がある。ほかは集落のみであり、静かな農村地帯。海岸へは車で10分以上かかる。

柏崎を出て吉田までの交換可能駅は、西山、出雲崎、小島谷、寺泊となっている。分水駅も交換設備はあるが春臨の発着のみで交換はない。

越後線は低い丘陵と水田のみの単調な車窓。水田も耕作放棄が目立ったり、空き家も多くみられ過疎化が加速している様子が見受けられる。。集落も活気はなく衰退する地方の苦悩を感じる

列車は4連が1往復、他は2連ワンマン。 

2025年7月4日金曜日

越後線の駅~礼拝駅

2025年6月28日 越後線 礼拝駅 
かつて交換可能な駅だった名残り。
改札口 窓口の名残りがある。
柏崎方面 礼拝駅は住宅地の中
出雲崎方面 
待合室 駅前広場には店舗が何件かあったが営業しているかどうかわからない。

 旧国道116号線から 住宅は多数あっても鉄道利用には結びつかない・・・

2025年7月3日木曜日

穀倉地帯


 2025年6月28日 越後線 桐原 E129系

穀倉地帯を走る列車。梅雨であるがあまり雨も降らなくてただただ暑いだけ。

水田を見回る農家もこの異常気象に気が気ではない。

越後線沿線は穀倉地帯であり、かつては多くの駅から米が送り出された。カプセル駅舎となっている駅も交換設備と側線を有していた。また農協の倉庫なども駅近くにあった。

いまは遠くなった記憶である。 

 

2025年7月2日水曜日

越後線の駅~荒浜

2025年6月28日 越後線荒浜 中越沖地震(2007年7月発生)損壊して再築
今では貴重な電話ボックス 
柏崎方面 低い丘陵を超えて西中通に。 太い架線柱は地震で倒れたものを交換したもの。
吉田方向 架線柱は太いものが多い。 線路はコンクリートと木の枕木が混在。

越後線の吉田~柏崎間は本数も少なく軌道強化もあまり必要ないかもしれない。1984年に電化した際も架線は直接吊架線であり、単に「電化をしました」という印象だった。そもそも幹線でもないのに電化がされることが奇跡的であったと思われる。

 

2025年7月1日火曜日

ケーブルとどう向き合うか?~信越本線鯨波の場合

2025年6月28日 EF510-23 4076レ
EF510-6 4076レ
下り普通 E129系4連
キハ40系 shukura回送
E653系「しらゆき」2号 52M 新井行
E129系 長岡8時3分~直江津8時41分着の普通列車
EF510-508 4091レ 海の青さが出てきた・・・

 

2018年3月ころからケーブルの新設がされた。かなり太いもので見た目もよくない。

ケーブルは流しても消えない厄介者。ただ、場所によっては悪影響も少ないそして広角気味にすると目立たなくなるということだった。あまり深く気にする必要はないのかもしれない。

久しぶりに海を背に走る列車たちを楽しんだ後は越後線の未撮影駅舎などをしながら帰路に就いた。午後は「トランスイート四季島 001系」からスタートである。