2014年4月6日日曜日

越後線電化開業30年

4月6日 朝9時くらいから雪が強くなってきた。1984年(昭和59年)4月8日越後線と弥彦線電化。
電化とともに増発がされて越後線の内野~新潟間は都市近郊区間らしくなった。ほかの区間は単なる合理化の色彩が強いが・・・・
国鉄末期、新車を作らないで、各線の編成の見直しで余剰となった車両を改造して充当する方法がとられた。転入は広島、岡山、沼津、松本などから115系を集結して越後線・弥彦線電化に投入した。ほとんどが初期型で占められた。いまも初期型は健在である。
新津駅にたたずむ115系L6編成も1000番台、初期型、2000番台で構成されている。
この編成も1984年に新潟にやってきたものである。当初は越後線と弥彦線に限定運用されていたが1985年以降に白新線、羽越本線に。1987年のJR移行後は165系電車の置き換えたのため信越本線や上越線にも運用区間が広がり現在に至っている。

新潟駅で開業式典を見学したのも遠い記憶である。
まもなくおきかえのためのE129系の生産がはじまる。初期の115系も予断を許さないかもしれない。
最近になり115系L9編成も湘南色に戻された。L6の後釜か単純な湘南色の増備かはわからない。