2018年7月31日火曜日

EF510-1牽引 4091レ

2018年7月29日  EF510-1牽引の4091レ
猛暑の中定刻通りにやってきた。台風の吹き返しと思われる風が時折吹く。
EF510-1も今では古参となってしまった。

履歴(機関車表から)

EF510-1 川崎重工業兵庫工場=/=三菱電機 2001-12-12 E100.8tBBB(1067)
車歴;2001-12-12製造→2001-12-19性能試験開始→納入;JR貨物;EF510-1→
2002-02-15竣工→配置;新鶴見→2002-05-13借入;福島→
2002-06-28頃借入;仙台→2002-06-03借入;富山→2002-06-15発借入;青森→
返却?→2002-10-07富山機関区→

2018年7月30日月曜日

115系N34編成

2018年8月29日 燕駅付近 フェーン現象で山がくっきり。右手に見える山が弥彦山である。吉田からの225Mが燕に到着。 右側舗装道路はかつての新潟交通電車線の跡地。
東三条に向かう115系N38とN37のペア。時折風が吹くもののそれは暑い風だった。
東三条から寺泊に向かうN34編成。JR東日本新潟支社によるとN35編成、N36編成ともに塗装が変わるためこの編成のみが第3次新潟色のままの残るのみとなる。
115系の時代もいよいよ終わりが見えてきたが全部なくなるのは2020年以降になるのか?
(単なる都合のいい予測)
弥彦山の青と稲の黄色・・・のどかな光景である。このポイントも人気があるのか撮影者がかなりいた。

2018年7月29日日曜日

追悼写真集ふるさと~丸谷洋一さんを偲んで

ボンネットバス写真集
昨日参加した新津鉄道資料館のサンクスフェア2018で購入した書籍である。
昨年若くして他界された丸谷洋一さんの作品を集めた写真集である。
偶然鉄道資料館前の店舗群を通ったら1冊あったので購入した。
(ちなみに鉄道友の会新潟支部のブースである)発行にかかわられた柏崎市のT氏もおられたので久しぶりに鉄談をして過ごした。
T氏とは年賀状程度の交流しかなかったのであるが、この写真集のことが記載されていたことを思い出した。また故人の丸谷さんのサイトも偶然見つけて「ボンネットバス」や東南アジア、中国の鉄道の模様も楽しむことができた。惜しいのは丸谷さんのサイトはもう一切の記事の追加がないことであるが往年の活躍ぶりを記したサイトであり見返すだけでも新たな発見があるのがうれしい。

T氏そして丸谷さんは鉄道友の会新潟支部在籍時代に知り合ったものである。
「すいっちばっく」という通っていた学校の鉄研の機関誌があり新潟の在来線黄金時代末期の車両たちの調査記録が克明に紹介されて一級の資料となっている。
丸谷さんはその後新潟大学に進学されそのころボンネットバスの方に活路を見出されたためかお会いすることもなくなってしまった。その後鉄道友の会も退会され、筆者も同じころに退会しているためである。

それから35年近くになり再び丸谷さんの名前を拝見したときは「彼の地へ活路を見出された」後だった。(彼の地には瀬古龍雄先生もおられるのでご一緒に活動されておられるのか?)
没日は2017年4月16日。葬儀は勤務されていた高校の教え子たちにも見送られての旅立ちだったという。*丸谷さんは次の企画「ミャンマーで活躍する日本車」も予定されておられたが実現できなくて心残りだったかもしれない。

さて、追悼写真集「ふるさと」は前回のボンネットバス写真集「ふるさと」(東日本編)(西日本編)と同名のタイトルである。ただし内容は鉄道の方に重点が置かれている。
インドネシアのサトウキビを運ぶ軽便鉄道、中国の森林鉄道や産業鉄道、ミャンマーの日本から輸出された車両たち、もちろんボンネットバスも登場し風景部門も充実している。
もはや日本では見ることのできない釜で稲の収穫をするその後ろを蒸気機関車が走る光景、牛が線路の草をはむ光景、貨客混合列車なども多数・・・
レールバス重連の運財列車も見ごたえがあった(レールバスといっても機関車のような外観で貨車も日本の高速貨物列車並みの長い編成・・・軽便鉄道のイメージではない)
風景はミャンマーバガンの仏教寺院のお祈りの光景が圧巻である。またインレー湖の夕景も素晴らしい・・・さらに人物の作品もあり中国チベット自治区のラサ市の人々の姿など見事である。 筆者の知る丸谷さんのイメージはひたすら資料を突き詰めて研究しているという記憶しかなかったが情景写真の技法も見事ということで新たな発見だった。思い起こせば1979年の国鉄水上機関区見学会の折り二眼レフカメラを持参されて撮影しておられたことを思い出した。中判機材は画質が最高によいので使っている方が多かった。

さて国内だけではなく東南アジアや中国にも進出各地をまたにかけた活躍ぶりが圧巻であった。非常に充実した生涯を送られたのは間違いのないところだったと思う。
これだけのことが行えたことが素晴らしいと感じるとともに「自らの生きざまをも問いただす」機会を受けたと言える。わずか一度だけの人生ですので悔いのないようにとおもうのですが・・・・

丸谷さんのサイトは「ボンネットバス写真集」といいこの文言で検索するとご覧いただけます.また追悼写真集「ふるさと」は新潟日報事業社より発売されています。税込み2800円です。書店にない場合新潟日報事業社に直接注文を。筆者もあちこち探したがなかったのであきらめかけていたところ入手できた。

追記 8月5日に三条市の国道289号線沿い(消防署となりで道沿いにケンタッキー・フライド・チキンがある)書店をのぞいたら新潟日報事業社の書籍のフェアが行われたらしく2冊置いてあった。

弥彦線115系6連とミズベリング三条他


2018年7月28日 弥彦線燕三条付近 湘南色のN38編成が
先頭だった。台風のためか曇りがちでまだ気温もそれほどではない。
山の方角を見ると八海山がうっすら望めた。
三条市の防災ステーションにて。かつて三条競馬場があった場所。2000年の開催を最後に廃止された。小規模の競馬場であり新潟県競馬のレースの一部が行われていたが中央競馬の馬券も発売される時がありその時は賑わっていた。
画像は競馬場に隣接する乗馬クラブの様子。
かつて競馬場があった場所は2004年7月13日の豪雨で五十嵐川が氾濫し大きな被害をもたらしたその際に出た水害のごみなどを補完する場所として使われた。その後復興するにつれて改修がされて2009年秋に新潟国体の馬術競技会場となった。
防災ステーションに隣接する競馬場跡地は公園として整備された。
水辺を楽しむ場所に変わったようで家族連れが遊ぶ光景が見られた。
信越本線を走るE653系「いなほ」編成。団体列車だろうか?
EF510-8牽引の貨物4060レ
115系快速 3481M N40編成 車内は混雑していた。


ミズベリングとは(朝日新聞より引用)

 「ミズベリング」は、「水辺+RING(輪)」「水辺+R(リノベーション)+ING(進行形)」の造語。三条市では、2016年9月、三条防災ステーションが都市・地域再生等利用区域として国土交通省に指定されたことを機に取り組みが始まり、今年5月から月1回、市主催でイベントを行ってきた。バーベキュー用の炊事場やエア遊具、水遊びができる水路が完成し、29日にグランドオープンする。
 当日は、熱気球の搭乗やヘリコプタークルーズ(いずれも有料)など、様々なイベントが催される。

残念なことに29日のイベントは38度の猛暑となり危険なため中止されました。
三条防災ステーションは見学できました。

2018年7月28日土曜日

新津鉄道資料館サンクスフェア2018

2018年7月28日 新潟市秋葉区の新津鉄道資料館でサンクスフェア2018が開催された。
新津地域の鉄道商店街他多数の出店があり、夏休みの週末ということで相当な賑わいだった。画像は駅弁の店。
他商店街からは食品、呉服など多数・・・
JR忘れ物掘り出し市・・・国鉄の銘版等も販売されていた。主に傘が多かった。
ほか鉄道の作業服など・・・
200系新幹線とC5719とからめて 三脚と時計も販売品。
駅弁タオル・・・ほか靴下も各種
ミニSL・・・お昼休み中!
新津のアイドル「きてきち」 485系(クハ481-1508)のヘッドマークは「ムーンライトえちご 」新潟~新宿間の列車で2003年から2014年春まで運転。以降は運転もなくなり485系も2015年に引退した。
車内公開が行われていたのでまだ入ったことのないDD14332を見学。ロータリーヘッドの雪を飛ばす「フランジャ」(グレーの部分)と雪をかき集める羽根
除雪では雪を飛ばす場所に非常に神経を使われたとの事。
運転席から・・・機関車そのものを運転するのは機関区が、除雪作業は保線区が管轄し 3名態勢だったという。運転はDD13やDE10とおなじく横向き運転である。解説の国鉄OB 様によるとそれでも視界が十分確保されているとの事。
中央のレバーが「フランジャ=排雪装置」左右は羽根を動かすレバー。
固定線路のD51498と65系客車 2両目が電源車で一般客車が連なるというスタンスらしい。
資料館内部は特別展「新潟・液図鑑ー駅と鉄道の120年ーが開催。鉄道が創設された時代から今日までの歩みが紹介され新津駅や新潟駅は詳細に紹介。(撮影等不可)
ほかは鉄道模型の運転が。画像はしまうまとE653系の「いなほ」
貨物駅を通過するEF510貨物とばんえつ物語 
新潟交通バスとキハ30・キハ35 電化前の越後線などの光景。

ほか鉄道友の会コーナーの写真は「飯山線」となっていて蒸気時代から現在までが展示。
仮面ライダーときてきちそしてオコミ!(猛暑なのにこの着ぐるみは非常に大変と思う)
ただ台風の風と思われる風が時折吹いて暑さはいくらか和らいだかもしれないが。
着ぐるみたちは人気があり順番待ちだった。ほかに新潟県警のパトカーも公開されていたので子供達には夏の楽しい思い出になったと思う。








2018年7月27日金曜日

EF58 128荷物列車~京都にて

1982年12月30日 京都駅に停車中のEF58128〔宮〕牽引の荷物列車。
 列車は汐留~熊本間運転の荷33レ  暖房の湯気が構内に流れてどこか蒸気機関車時代を思わせる情景であった。この光景が見られなくなるのは1984年3月のことである。

2018年7月26日木曜日

夕暮れを走るEF15135〔長岡〕~1981年7月

1981年7月 EF15135〔長岡〕牽引貨物 この時代はほとんどがEF81の牽引貨物ばかりになるEF15は日中は数本という状況だった。いまの115系の運用に似ているかもしれな。い。この時代は信越本線新潟~長岡間で見られる機関車はEF15、EF58、EF651000番代そしてEF81だった。この時代はまだまだ貨物列車の本数は多く時間帯によっては次々現れるそんな時代だった。
夕日を側面に受けて・・・・

EF15は1982年11月ダイヤ改正で引退しEF81とEF641000番代に置き換わったがさらに現在はEH200とEF510に代わっている。


機関車表から
EF15135 東芝府中工場=302700-1 1957-07-15(7/19?) E102t1CC1(1067)
車歴;1957-07-15(7/19?)製造→納入;国鉄;EF15135→1957-07-19竣工→
配属[達505];新潟支社→1957-07-20配置;長岡二→1969-09-15東新潟→
1979-09-08(9/9?)長岡運転所→1981-12-12廃車;長岡運転所

2018年7月25日水曜日

配給電車クモル145系

1981年8月17日 東海道本線田町 クモル145系電車がやってきた。この電車は旧型のクモル23系などの置き換えとして1980年代に101系電車の部品を用いて作られた。MMユニット方式ではなくクル144+クモル145といった1M方式が特徴であった。
車輪やクーラーなど部品を運ぶのを使命として工場と電車区を結んでいた。トラックのような不思議なスタイルは人気があったようだ。

現在は自動車輸送に置き換わり運転されておらずJR東日本管内ではすべて廃車になっている。JR西日本に1編成残るだけだという。

2018年7月24日火曜日

夏の朝を走るEH200貨物2092レ

 2018年7月21日 EH200-4牽引 2092レ
水沢化学のコンテナが積載。

車扱い貨物が無くなった現在タンクコンテナでの化成品輸送が目立つ。
当地で化成品やセメントのタンク車が走らなくなったのが2008年3月のダイヤ改正からである。

2018年7月23日月曜日

バーベキューの合間に~新潟市西区木場の公園にてE3系現美新幹線

2018年7月15日 新潟市西区木場の公園で職場のバーベキューを開催。炎暑の中での焼肉とビールであった。たまたま近くに鉄道に詳しい人がいたので「現美」の時間を聞いて。
10~16両の長大編成ばかりの上越新幹線の中では黒い車体に花火のイラストそれに6両の短い編成は 目立つ存在。
ほかE2系やE4系は通り過ぎるのを眺めた程度。

E3系現美新幹線履歴
製造は2002年11月18日 川重兵庫 JR東日本秋田車両センターのR19編成
改造は2016年01月04日 700番代に改番
転出は2016年01月05日 秋田から新潟新幹線車両センターに

営業開始は2016年04月29日
立席特急券発売は2016年05月21日
作品の一部入れ替えは2018年03月31日

編成はE322-702    映像
   E325-702  立体
   E328-702  写真 
   E329-702  絵画・彫刻**この車両はカフェとキッズスペースあり
   E326-702      平面
   E321-702  絵画**指定席 

EF58123〔宇〕牽引急行「八甲田」

1982年5月23日 EF58123〔宇〕牽引の急行102レ「八甲田」スニ41と12系客車で計10両の陣容。(この日は臨時に回送の荷物車連結)102レ青森は0時2分発上野着11時2分着 で下りは上野19時10分発青森到着は6時15分。北海道連絡を目的にしていて上りが函館19時40分出航青森23時30分着24便、下りは青森7時23分出航函館到着11時20分の23便だった。周遊券利用の方々に絶大な人気を誇り、帰省や出稼ぎの足としても愛用された。

機関車表からEF58123履歴引用
 EF58123 日立製作所水戸工場=191721-3 1957-04-00 E115.0t2CC2(1067)
車歴;1957-04-00製造→納入;国鉄;EF58123→1957-04-19竣工→
配属[達371];関東支社→1957-04-19配置;沼津→1958-03-26東京→
1969-05-28借入;新小岩→1970-11-21返却→1970-12-29借入;宇都宮→
1974-01-08返却→1975-01-26事故東海道線 国鉄東海道線品川駅にて荷第41列車
EF58123号機関車暖房蒸気漏洩→1976-10-13宇都宮→1983-03-11廃車;宇都宮

**電気暖房改造1976年10月12日大宮工場にて電気暖房に改造
(EF58ものがたり下巻P328)

2018年7月22日日曜日

115系N40編成快速

2018年7月22日 115系N40編成の快速 3481M 加茂発車の時点でかなりの混雑だった。

近江鉄道のED14~1984年1月2日彦根

1984年1月2日彦根にて ED14型電気機関車。この時代まだ貨物輸送が行われていて多数の電気機関車が保有されていた。貨物輸送はセメントと石灰石だった。
当日は貨物輸送は運休だったので機関車は側道から見ることができた。
思えば動いている場面も見てみたかったが国鉄末期の頃に貨物は廃止されている。
彦根も通常は急行「きたぐに」の車中から見るだけの場所でなかなか降りることのできない場所となってしまっていた。この日彦根で降りたのは名古屋へ移動の途中で彦根界隈でEF58の荷物列車を撮影するためだった。

ED14は国鉄仙山線で使われた経歴を有する。それが理由かはわからないが由緒ある貴重な機関車ということで一度見たかったのかもしれない。(動機がはっきりしない)

 機関車表から
 ED141 ALCO=/9661= General Electric 1925-04-00 E59.97tBB(1067)
車歴;1925-04-00製造→納入;国鉄;1060→1926-03-01横浜港着→大宮工場組立→
1926-03-31使用開始[達550]→配属;東京局→
1926-06-19大宮工場構内試運転→1926-06-20田町分庫着→
1926-07-16配置;東京→1928-10-01改番[達380];ED141→配置;?→
1933-06-30現在;甲府→1944-04-29作並→1959-00-00一休指定→
1960-08-00指定解除→1965-09-14廃車[達430];作並→
1965-12-23届譲渡;近江鉄道(滋賀県);ED141→1965-12-23使用開始→廃車→

2018年7月20日金曜日

EF15129~猛暑の長岡操車場にて

1981年7月 EF15129〔長岡〕が牽引する760レが発車待ち。機関区と操車場の間に当時公道がありそこから列車を眺めることができた。(側溝に落ちないように注意)
梅雨も明けて暑い日冷房のない機関車は貫通扉を開けて熱い空気を逃がしていたようだった。
上越線の日中はEF15貨物、EF65貨物、181系「とき」そして臨時のEF58牽引12系などが走る絶好の舞台だった。長岡界隈ではそれに新潟方面列車や縦貫線列車も加わってにぎやかであった。

EF15129履歴(沖田祐作著 機関車表より)
EF15129 川崎車両兵庫工場=177 1956-07-05 E102t1CC1(1067)
車歴;1956-07-05製造→納入;国鉄;EF15129→配属[達549];東京局→
1956-07-05使用開始→1956-07-07配置;新鶴見→1958-01-25長岡二→
2628
1982-01-05廃車;長岡運転所

2018年7月19日木曜日

新潟交通電車線クハ37~1983年5月燕にて

1983年5月 燕にて クハ37型制御車。このころワンマン化が達成されて日中の閑散時間帯はモハの単行運転となっていた。ラッシュ時間帯まで待機するクハ各種の中に運転台のない4枚窓を見せて待機するクハ37はかつての機械式気動車のままだった。運転台側は見ることができなかった。車内はロングシートだった。

機関車表から
キハ41080 新潟鉄工所= 1934-03-00 DC19.78t1A-2(1067)
車歴;1934-03-00製造→納入;国鉄;キハ41080→配属;?→配置;?→1934-06-29現在;尻内→
1941-07-31現在;尻内→1942-01-31現在;長町→1943-03-31現在;長町→
1943-04-13[達第113号3/18達発]長町発西吉田支区→1944-01-31現在;西吉田支区→1947-01-31現在;大館→1949-07-22廃車;大館→譲渡;新潟交通(新潟県);クハ37→廃車(1989)

EF58106〔高崎第二〕~1982年4月長岡駅

1982年4月 長岡にて EF58106〔高崎第二〕牽引の荷物列車が発車待ちである。
上越線経由の隅田川行きであった。撮影していたら機関士さんが下りてきてしばし歓談したのも思い出である。
このEF58106は1979年まで長岡運転所にあり宇都宮運転所に転属となった。そのため廃車の時期がかなり遅くなった幸運の1両である。長岡運転所の残ったEF58は1980年10月のEF641000番代の投入ですべて廃車となった。



機関車表から
EF58106 東芝府中工場=302300-4 1956-09-00 E115.0t2CC2(1067)
車歴;1956-09-00製造→納入;国鉄;EF58106→1956-09-18配属[達766];東京局→
1956-09-18配置;東京→1956-09-19竣工→1965-12-29借入;宇都宮→
2780
1966-01-09返却→1966-07-31借入;高崎二→1966-08-20返却→
1967-07-31(7/29?)借入;宇都宮→1967-08-31(8/20?)返却→
1967-12-30借入;宇都宮→1968-01-07返却→1968-10-02長岡→1979-11-07宇都宮→
1982-02-07借入;高崎二→1982-08-03返却→1984-12-06廃車;宇都宮

2018年7月18日水曜日

栃木植樹祭のお召し列車


1982年5月23日 東北本線を走る昭和天皇のお召し列車。栃木植樹祭での運転。
この日は宇都宮と矢板の区間の運転。(5月21日は原宿~日光までの運転で東北本線がEF5861で日光線がEF58172牽引であった)
この日は日曜日でしかもまもなく東北新幹線の盛岡暫定開業が近づいていて特急「やまびこ」全廃、「ひばり」も大幅削減となっていたため沿線は大勢の人でにぎわっていた。

機関車表から引用
EF5861 日立製作所水戸工場=191160-2 1953-07-09 E115.0t2CC2(1067)
車歴;1953-07-09製造→納入;国鉄;EF5861→1953-07-14機関車試運転 国鉄EF5860・EF5861
号機関車品川~平塚駅間にて試運転実施→1953-07-15竣工→配属[達573];東京局→
1953-07-15配置;東京→1971-10-23借入;竜華→1971-10-26返却→
1985-03-14新鶴見→1986-11-01田端→1987-04-01JR東日本;EF5861→
配置;田端運転所→2008-04-01現在;田端運転所〔保留車〕→
2010-04-01現在;田端運転所〔保留〕→
2011-04-01現在;JR東日本旅客鉃道田端運転所(保留車)

2018年7月16日月曜日

DE101680 「ばんえつ物語」編成

2018年7月15日 新津に到着したDE101680牽引の「ばんえつ物語」編成。
C57180の不具合による代走である。18時40分到着。
右手に羽越本線新発田方面のキハ47514+キハ471518+キハ471517の普通列車が。先頭が首都圏色のため一瞬の国鉄色並びとなった。
新津駐在のもう1両DE101700が入れ替えを開始。
客車の入れ替え開始。操車掛のと運転士の打ち合わせの様子。



 ばんえつ物語編成はいったん長岡寄りに移動して客車を留置線に移動してDE10は切り離されて入庫する。
機関車表から・・・
 DE101680 日本車輌豊川工場=3177 1974-10-16 D65.0tAAAB(1067)
車歴;1974-10-16製造→納入;国鉄;DE101680→配属;旭川局→配置;旭川→
1985-10-15長岡→1987-04-01JR東日本;DE101680→配置;長岡運転所→
2003-04-01現在;長岡運転区→2010-04-01現在;JR東日本旅客鉄道長岡車両センター

 DE101700 川崎重工大阪工場=3837 1974-06-00 D65.0tAAAB(1067)
車歴;1974-06-00製造→納入;国鉄;DE101700→配属;名古屋局→1974-07-05配置;米原→1975-02-07名寄→旭川→1985-07-02長岡→1987-04-01JR東日本;DE101700→
配置;長岡運転所→2003-04-01現在;長岡運転区→
2010-04-01現在;JR東日本旅客鉄道長岡車両センター


2018年7月14日土曜日

メルカリで機関車表

1999年6月 高崎にて かつて所属していた全国組織の鉄道愛好団体の会合に出席したときに撮影。午前は高崎機関区」で午後は横川の碓氷峠鉄道文化むらを見学して国道18号線の碓氷バイパス経由で軽井沢に。そのあとしなの鉄道に乗って長野に向かうスケジュールだった。この機関車は昼食終了間際にふと見ると停車していたので撮影できたものである。(ちなみにD51498+12系の試運転列車もあった)
北関東の田部井先生や長野の村本先生などと歓談したのも思い出である。

さて機関車ということでネコパブリッシングより2014年に機関車表というDVD文献が発売されたがタッチの差で買うことができなかった。それから4年以上経過したが最近メルカリに登録したので検索したら格安で出ていたので購入した。

沖田祐作氏の労作で国鉄編は蒸気機関車、電気機関車、内燃機関車、補助車両(貨車移動機等)事業用車(客車、電車、気動車、貨車)気動車(旧型式気動車 含む蒸気動車)
船舶、官公署編、私鉄専用線編、建設業編、鉱山編、極東地域外国編 機関車製造台帳国産機編、機関車製造台帳外国製編、三大事故編となっている。
機関車好きで車歴研究者にとってはまさにのどから手が出る資料だったと言える。

この資料には機関車履歴簿の写しもサンプル的に掲載されて高崎機関区になじみの深い、旧国鉄高崎第二機関区所属のEF15166、EF5887、EF6048、横川機関区のEF631の履歴簿が載っていた。履歴簿は移動欄、走行距離欄、形式寸法重量欄で細かい検修記録は乗っていない。資料そのものは2万ページ以上ある大作である。国鉄型のほかJR型も記載されている。貴重な資料をお譲りいただきありがとうございました。


 EF8195 日立製作所水戸工場=10220-2 1974-03-08 E100.8tBBB(1067)
車歴;1974-03-08製造→納入;国鉄;EF8195→配属;関西支社→1974-03-08配置;富山二→1980-10-21田端→1987-04-01JR東日本;EF8195→配置;田端運転所→
2003-04-01現在;田端運転所→2013-04-01現在;JR東日本旅客鉃道田端運転所

2018年7月13日金曜日

キハ183系特急「北斗」

1998年11月1日 千歳線  函館に向かう特急「北斗」 このあたりうしろに病院らしき建物があるが他は何もない原野が広がる場所だった。

2018年7月8日日曜日

弥彦線北三条付近の115系N37編成

2018年7月8日 小雨の朝 弥彦線225M 最近は弥彦線ばかり狙っている。風光明媚な区間は吉田~東三条間には無く低層住宅と町工場や倉庫の中を走り抜けるだけの単調な路線。
燕三条から来た列車は築堤とトラスの橋で信濃川を渡って高架区間に入るがいったん踏切りのある県道と並行する区間を走る。ここは信濃川の堤防の一部。そのあと東に進路をとって北三条に到着。後ろの樹木は八幡宮のちかくのものだ。
東三条から寺泊に向かう224M 燕駅のホームには夏祭りの提灯が。梅雨が明けると夏本番だが今年の梅雨は立ちが悪く西日本は大きな被害に見舞われた。

本日の楽しみは226M 燕駅の跨線橋から。115系N38編成の湘南色がやってきた。
後ろは「懐かしの70系新潟色」N40編成。70系新潟色はあまり見る機会もなく引退してしまいこの塗りわけも撮影していない(と思う)
115系となって帰ってきたので機会があれば狙っている。