2019年12月15日日曜日

国鉄色美食旅~首都圏色キハ47のフィナーレ

2019年12月14日 東三条駅 信越本線下り新潟方面の表示が団体になっている。

新潟~糸魚川間運転の団体列車「国鉄色美食旅」の下り列車の案内がされていた。

本来的には海岸部においてこの列車を見送るつもりだったが激しい暴風雨で大幅遅延や高波などの障害で打ち切りなども考えられたので結局は上越線に「きらきらじょうえつ」を撮影し長岡付近で狙うつもりだった。
ただ15時過ぎに天候が悪化し風雨が強くなってきたので撮影を見合わせ東三条まで戻ってきた。(長岡でおそい昼食を コーヒーとドーナッツ程度)
上越線の越後滝谷の榎峠付近もトラスビームがきれいに塗装されそこそこ残っていてのどかな情景は変わっていないのでまたチャレンジしてみたい・・・
EH200牽引の2071レあたりがいいみたいだ。
上越線と言えばこの日越後湯沢界隈は天候が良好だった。

14時30分頃東三条に。ここでEH200-17牽引の6082レを
その後駅に入場した。最初に運行状況を確認しに改札前へ。ここで時刻が表示されていたので待機することとした。
遅れ貨物 3098レ? 青いEF510だった。ヘッドライトをまともに拾ってご覧のような画像にしかならなかった。

キハ471514を先頭に団体列車「国鉄色美食旅」到着。急行色は夜間でもめりはりがある。
首都圏色の方は闇に埋没した。
わずか1分程度の停車で東三条を発車。首都圏色のキハ47は2両が後部に。この運用が最終運用となる。キハ47はエンジンをうならせ闇に消えていったが直線区間を走るためテールライトはずっと視界にあった。
2007年に新潟色(青髭=115系N37編成と同じ色で現在も新津のキハ40、47はこの色が多い)から首都圏色に戻されて12年。いよいよこの色を見ることはなくなる。
一番最初にキハ47の首都圏色を見たのも東三条駅で1977年の2月。当時多数生産されて試運転も行われていた。変わった通勤電車だと思っていたらローカル線に入る気動車だったとわかったのはしばらくしてからのことだった・・・
当時見たあでやかな朱色は忘れることができなかったが汚れてしまうのもはやくこの塗装は不評だった。二色塗が首都圏色だけになった時は気動車に対しての関心もなくなったが首都圏色の時代もそれほど長くはなかった。国鉄の分割民営化で急激に塗装変更が進んで1993年(平成5年)ころには無くなっていた。

ローカル用キハ47の首都圏色 歴史の彼方に消えていく。