2020年7月12日日曜日

白き湖底の町にて~宮脇俊三著線路のない時刻表

2020年7月12日 ブックオフで見つけた名著。宮脇俊三著「線路のない時刻表」
この本は開通する前の主に第三セクターとして現在開業している路線を「架空時刻表」を用いてで紹介した作品。
智頭線=智頭急行、北越北線=北越急行、三陸縦貫線=三陸鉄道、樽見線=樽見鉄道、宿毛線=土佐くろしお鉄道宿毛線、瀬戸大橋、青函トンネル 以上の路線が紹介。
取材は1980年~1981年頃頃おこなわれていて青函トンネルと瀬戸大橋を除いて国鉄改革の荒波を受け廃止の危機を乗り越えて第三セクターとして開業した路線である。

北越北線は「白き湖底の町にて」で紹介され国鉄非監修の時刻表がついている。
この作品の時点で北越北線は工事凍結の直前であった。著者は十日町、松代を取材してこの作品を仕上げている。
このころ冬は豪雪で陸の孤島となる東頸地域に取材している。1981年は豪雪の年で十日町で4mの積雪を記録している。
十日町から松代へは車で柏崎へ出て急行赤倉で直江津そこから国道253号の経路で取材に入ったと記されている。豪雪で十日町~松代間の薬師峠が通行できなかったことによる。
松代に到着したのは14時、ここで当時の松代町の町長と面会している。
取材は難工事の鍋立山トンネルの内部の見学が行われている。トロッコで粘板岩で押し出されて一向に進まない工事現場の取材がされた。
その後松之山へ向かって温泉に入る記述もあった。

まつだいの駅前に石碑があるようにこの地域での鉄道への悲願は相当強いものだったようだ。自動車があっても道悪で除雪技術がないころ鉄道が望まれたが開通は平成9年(1997年)1931年に窮状を申し上げてから66年も経過した後だった。

当方も1982年にこの地に迷い込んだが国道の方もかなりひどいもので 現在立派な道路に生まれ変わったことが信じられない・・・

さて時刻表であるが越後湯沢乗り継ぎ特急「ゆきぐに」3本と上野からの急行「まつのやま」1本、特急「新雪」1本、全区間を走る普通列車が6本、松代までの区間列車2本という内容だった。宮脇氏は国鉄改革を見据えたダイヤ構成をとっているようだ。(この路線が国鉄によって開通した場合を考えて)

結果は第三セクターとなり1984年に「北越急行株式会社」として1980年で途絶えた工事が1985年に再開し高規格化鉄道への流れとなっていくのである・・・・