2025年7月31日木曜日

EF510-501 高速貨A 4061レ 昼下がり

2025年7月12日 EF510-501 秋田駅 羽越本線から奥羽本線に入る。
乗務員の交代のためか数分の停車
宅急便コンテナも積載


 

男鹿行きのEV-E801‐3の車内から 土崎で待機中の4061レ

交流電化区間に付き前のパンタグラフを下ろしている。

海岸部の羽越本線を離れ内陸の奥羽本線を北上 して東青森までがEF510-1の行路。4061レはEH800に牽引されて青函トンネルを経由して札幌貨物ターミナルに向かう。

2025年7月30日水曜日

EH200-16 2088レ 北越コーポレーション

2025年7月26日 EH200-16 2088レ
北越コーポレーションコンテナが積まれていた。

夏の朝、農家の方々は野菜の収穫や水田の水の見回りに余念がない。朝はいくらか涼しいがすぐに高温になってしまう。

2025年7月29日火曜日

色づき始めた水田地帯を走る

2025年7月26日  EF510-19 3098レ
EF510-15 3097レ

 水田が色づいて稲の穂が出ているものがある。この日の気温は35℃ 梅雨時は雨が少なく水の管理が大変になっている。また不作となるとかなり深刻なことになってしまう・・・

2025年7月28日月曜日

EH200-16 2088レ ONE

2025年7月27日  EH200-16 2088レ
EH200-16
ONEとKLINE
海上コンテナが多数乗っかると迫力が増す。

この日は親族の初盆のため寺院へ。読経、法話、お斎と行われた。蒸し暑い一日で少し厳しかったが無事にお勤めが終わった。


 

法話後にふるまわれた精進料理 手前から豆腐、野菜天ぷら、野菜と車麩と油揚げ煮付け、豆腐の味噌汁、一番奥はキュウリからし漬け、たくあんこのほかにご飯である。

冷房の効いた庫裡で参列者各位と静かに頂いた。精進料理は肉や魚を用いないが日常生活では食べる機会はない。葬儀でも肉が出るご時世となってしまった・・・・ 

2025年7月27日日曜日

柏崎花火関連の臨時列車

2025年7月26日  E653系「しらゆき」92号柏崎行き 全車指定席 花火の観客で混んでいたようだった。臨時「しらゆき」本年最初の運転となる。

ことしの春の高田観桜会関連では臨時「しらゆき」はなかった。


E129系4連 2連を2編成はこの時間帯はなく乗客の姿もない回送だった。柏崎の花火輸送に関連するものか?この花火も臨時列車を多数走らせるほど観客が多い。

気が付くと水田の稲には穂が出て、あと1ケ月で収穫をする時期が来ることを知らせていた。

2025年7月26日土曜日

EF510-509 3093レ マークなしになった。

2025年7月26日 EF510-509 3093レ
車体はきれいになったがなんと復興マークがはずされた。

しょうしょう 残念ではある。しかし久しぶりにきれいなEF510-509を見ることができ良かった。

2025年7月25日金曜日

取り残されし者~秋田総合車両センタークハネ583

2025年7月12日 奥羽本線 クハネ583 

秋田総合車両センターでポツンと1両583系クハネ583が。引退はかなり昔と思うがまで解体されないで残っていた。左手には直流電車E233系中央線色も。ほかに255系やE701系の中間車らしきものも・・・・

かつては国鉄色電気機関車もこの付近で見かけることがあったようである。JR東日本移行後は工場に関しては直流や交流の区別を行っていないようで首都圏を走る列車が入場して修繕や改造を受けることは当たり前に行われているという。 

2025年7月24日木曜日

羽越本線の駅~羽後亀田

2025年7月12日 羽越本線 羽後亀田
現在普通列車のみ駅舎側にて列車の発着を行っている。特急と貨物は右手の線を使用している。

羽後亀田は映画「砂の器」に登場する駅。東京の蒲田で起きた殺人事件を羽後亀田まで捜査のために訪れると設定。実際には山陰の木次線「亀嵩」であった・・・・

東北の訛りのある声で「カメダは相変わらずか・・・」という発言を手掛かりに操作する刑事・・・

羽後亀田の駅舎は映画「砂の器」のロケで行われたころと同じ木造駅舎のままだった。 

 


 

2025年7月23日水曜日

秋田新幹線「こまち」E6系

2025年7月12日 秋田駅 E6系

ミニ新幹線である秋田新幹線E6系「こまち」が一路東京へ向かう。秋田と首都圏をつなぐ最重要路線である。かつて485系特急「たざわ」が果たしていた役割は1997年3月22日ミニ新幹線としてスタートした。盛岡乗り換えが東京直通となって利便性が向上した。しかし、メインから外れた奥羽本線や羽越本線は特急減便となった。

 


 

風っこVSお座トロ 只見線にて

2025年7月19日 キハE120‐1と並ぶキハ48系ビューコースター風っこ
風を感じながら一路終点の只見へ キハ48547+キハ471541 仙ココ

会津鉄道お座トロ 会津田島行き AT350型 

最後尾はキハ40からの改造 AT400型

この季節あえて冷房のない車両に揺られ、開け放たれた窓からの風を感じながら走るのは気持ちがいいことであろう。

 

E751系特急「つがる」

2025年7月12日  E751系 特急「つがる」 A101編成 クロハE751-1
折り返し「スーパーつがる」 秋田駅でE653系「いなほ」1号を受けて青森に向かう。

停車駅は東能代、鷹ノ巣、大舘、弘前、新青森、青森となっている。


 

2025年7月22日火曜日

夏の午後かなとこ雲が大きく伸びる。

2025年7月20日 しらゆき5号 55M
EF510-1 3098レ
下り普通 E129系4連
EF510-501 牽引 3097 レ  背後に大きなかなとこ雲(積乱雲)

山間部は夕立に見舞われているようだ。 

2025年7月21日月曜日

DD51 661急行「おが」


1984年5月5日  奥羽本線秋田 8番乗り場 

新潟から特急「いなほ1号」2011M7時20分発秋田11時24分着そして青森行きの急行「むつ」613Dは秋田11時28分発 青森14時35分着。このダイヤで移動していたがDD51661〔秋〕牽引の20系がやってきたのを撮影してすぐに急行「むつ」に乗り換えた。

秋田駅8番乗り場はご覧の写真を撮影するしかなく、編成などを入れることは困難だった。

このDD51661牽引の 20系客車は季節急行「おが」であり、上野21時24分発6401レ秋田着8時34分秋田から8131レとなって9時発で男鹿着は10時9分。男鹿を10時24分発8132レ秋田着11時26分着の運用だった。上りは男鹿18時36分上野着6時54分である。男鹿線内は普通列車で一部通過駅ありであった。

運用番号は北東1で尾久客貨車区受け持ちで、車両は1980年10月改正まで10系寝台車(A寝台あり)と旧型客車、1980年10月改正以降14系10両編成で運転、1983年7月1日より急行「津軽」の混雑緩和のため「津軽」に使用している20系と交換した。男鹿線の乗り入れは1985年3月14日改正で終了し秋田~上野間の急行「おが」としてJR東日本に引き継がれた。

参考までに手持ちの1992年7月時刻表によると上野22時23分発9405レ北上発5時50分、秋田着は8時49分着 。秋田20時発9406レ北上23時1分、上野到着6時54分であった。すでに山形新幹線があり北上線経由となった。運転日数も少なく旧盆や年末年始の運転であった。

*20系客車としては1992年春臨までで、以降14系に置き換わったものの1994年冬で運転を終えたようだった。最晩年は14系の寝台と座席の混合だった。

 

参考資料 国鉄客車ガイド 1983年交通新聞社、時刻表各号 

2025年7月20日日曜日

残雪と猛暑 ばんえつ物語

 

2025年7月19日 HB-E300「あいづSATONO」 8251D

会津鉄道AT700型 会津田島行き普通 8216D


 

キハ111‐203 4254Ⅾ 飯豊の山に残雪が見える。山に雪があっても盆地は真夏日を超えた。

わずかにまだ雪がある飯豊の山を背にC57180「ばんえつ物語」

煙はもう薄くなった。


 

架線やブラケット、き電線が外され非電化路線に戻った喜多方~会津若松間

いくらかはすっきりした風景をあまり煙を上げないで走り去っていった。猛暑の日でも撮影者は10名以上あった。

残雪の飯豊の山々・・・


 

会津坂下町から見た磐梯山 

 

3連休となったので会津へ出かけてみた。猛暑であっても観光客は多い。 

2025年7月19日土曜日

奥羽の盟主701系

2025年7月12日 羽越本線酒田 GV-E400系 GV-E402‐15 新津から秋田までの直通列車はなく酒田で乗り換える必要がある。酒田~秋田間は701系オールロングシート車に揺られることになるがロングシートなんてあちらこちらにたくさんあり特段苦痛になることもない。
酒田駅の701系 N19編成 ワンマン列車 



 

秋田駅における701系並び・・・わずかに写っているN11編成弘前行き、N30編成湯沢方面行き、折り返しのN33編成酒田行き。先頭のクモハ701はモーターをうならせてすっ飛ばし95キロ運転。酒田~秋田間は1時間50分程度の運転。ちなみに客車時代は酒田でかなり待たされて秋田到着が14時台だった・・・・新津始発と酒田乗り継ぎでいなほ1号より酒田に早くつけるので普通乗り継ぎを選択した。


 秋田駅留置線でのサハ701‐1 貴重なトップナンバー編成であるが顔を拝むことはできなかった・・・新幹線ホームからだと先頭車も狙えたのかもしれない・・・


 701系車内 オールロングシート 2時間以内の移動だとそれほど苦にならない。座席は最近の電車より柔らかめ・・・

701系が登場当初は かなり非難されたが今はもうローカル輸送の主力として大活躍をしている。気が付くともう30年が経過・・・

 

 

2025年7月18日金曜日

25年ぶりの秋田で変わった電車と触れ合う

2025年7月12日 奥羽本線秋田 EV-E801系
2両連結で非電化区間の男鹿までの運用である。
EV-E801‐3車内 ロングシートである。秋田の近郊輸送限定であればこれで足りる。

昨年の長野県諏訪地域のJR東海213系5000番台に続き、JR東日本管内を走る変な電車ということで本年はかねてから関心のあった男鹿線のEV-E801系を訪問することにした。運用開始からまだ10年も経過しておらず特に話題になっていない現在がいい機会ととらえ25年ぶりの秋田地域とともに見聞することとした。

男鹿線はかつては原油輸送や上野からの直通急行~快速列車「おが」号の運転でも知られていた。通勤のピーク時にはDD51牽引の客車列車も走る亜幹線であった。キハ40系が存在の頃は6~7連の長大編成も運転されていた。

いまは秋田市近郊路線として架線のない区間を行く電車が走る路線となっている。
 

2025年7月17日木曜日

EH200-12 2088レ 北越コーポレーション

2025年7月12日 EH200-12 2088レ 

北越コーポレーションコンテナ  まだ6082レは運休なのか?

家事の合間に貨物列車の見聞をするのが休日の楽しみであるが、今回は勝手が少し違う。

券売機では買えない切符のエリアを訪れてみたいと前々考えていた。今回はそちらに移動するため検討をした結果特急を利用しなくても日帰りができることが判明!そこで一日普通列車の乗車を楽しむことにした・・・・ 

 新津から羽越本線の始発に乗るためこの界隈にきてみた。最近は駅の窓口の閉まるのが早く、開くのが遅い、あるいはみどりの窓口が廃止され乗車券購入が不可能となった駅も多い。新津は指定席券売機がありこれで遠距離切符を買うことにした。