2022年11月7日月曜日

セイタカアワダチソウ

2022年11月6日 E653系「しらゆき」6号
 上越妙高までの短距離特急。この列車は先に満席で発車した特急「とき」とは異なり空気輸送状態で到着した。それでも窓側の席は乗客の姿を確認できた。これから先の停車駅でいくらかの乗車があるのかもしれない。


 駅構内は雑草だらけ・・・黄色い植物はセイタカアワダチソウ。

 

セイタカアワダチソウに見送られて発車。「しらゆき」6号はわずかに乗車があっただけだった。

2022年11月6日日曜日

特急「とき」上野行き

2022年11月6日 東三条駅 とき 上野の表示

東三条駅の国鉄色特急とき号復活運転のポスター。東三条駅には家族連れが多数押しかけていた。子供たちはもちろん親御さんも特急「とき」の時代は経験されていないはず。

1982年11月14日をもって新潟~上野間の特急「とき」の運転は終了し上越新幹線にその役割は引き継がれダイヤ改正ごとに増発され当初の大宮暫定開業から1985年3月14日上野駅開業、1991年6月東京駅開業と続く。当地も首都圏文化圏、経済圏に取り込まれ、新幹線駅周辺は大きく変化していった。一方在来線は衰退し駅前は空洞化した。東三条もその一つ。

E653系 K70編成 9078M 特急とき到着 新潟を12時46分に出て、東三条には13時20分着。上野には17時35分に到着する。列車は満席でかつての特急「とき」の光景が展開していた。東三条駅の構内に特急「とき」号上野行きが到着しますの放送が流れた。

かつて「とき」に使われた181系も183系も引退して、国鉄特急色に塗り替えられたE653系K70編成に白羽の矢が立った。もし新幹線が作られず183系の後継となるとするとこの形式だろうか?直流専用のE257系かもしれないが・・・・E653系は「いなほ」になっていたであろう。

1982年の現役時代の特急「とき」よりは30分以上も時間がかかるが新潟と上野を乗り換えなしで走る在来線特急であり深まる秋の魚沼盆地や上越国境を堪能し、紅葉に彩どられた山岳地帯を愛でながら往年の在来線特急時代を思い起こすのは大いに意義があると感じる。

この列車と同様なダイヤは2016Mとき16号で新潟12時48分上野着17時5分。停車駅は新津、長岡、越後湯沢、渋川、高崎、上野であった。東三条駅は通過で13時17分。



2022年11月5日土曜日

今は亡き人を偲んで~模型運転会




2022年10月30日 沼垂の鉄道模型運転会で。

亡くなられたメンバーのコレクション EF57とスハ44系特急「つばめ」編成。

東海道本線の客車特急を再現したものであろう。メーカーKATO

約40年ほど前の模型だという。

年式の古い模型で走行の不具合があり修理が終わったので試運転を行ってみた。

修繕担当の方もご満悦だった。 

運転会の前に寄贈品の棚卸をやるように指示があり確認したところ300両あった。現在撤退したメーカーのものもありエンドウのキハ30、35型もその一部。

キハ30、35型は新潟県内では弥彦線や越後線、磐越西線で普通列車で見かけた形式。通勤型気動車である。若かりし頃見た、弥彦線を走る8連の通勤列車の姿は忘れえない。

キハ30、35型そのものは実用本位の作りで車内は通勤仕様。そのため関心を引くものではなかったが 廃止から40年近い今では懐かしい車両。実車同様編成を長くすると全盛期に見た迫力を感じる。

この模型の所有者とは20年前にお会いしたのが最後だった。5月に会合がありその時に亡くなられたことを知った。

寄贈された模型は古いものが多くハイグレード品中心の今のものと比べると見劣りするものも多いが現行品に無い暖かさやおおらかさがある。前所有者氏の想いを感じながら走らせてみた。


2022年11月4日金曜日

模型で再現した特急「とき」

2022年10月30日 中央区沼垂  模型運転会会場にて

リバイバル「とき」の運転に際して模型で特急「とき」を再現

EF641000番代と並ぶ181系「とき」

先頭車は151系からの改造車で現実にはEF641000番代とは共存しない。


12系と181系 12系は臨時列車「佐渡」54号のイメージ。
181系と12系
EF5861 先日大宮の鉄道博物館に収蔵された。異例の車籍残籍で。再び本線に出ることはあるのか?台枠損傷で走行は厳しいとされている。

165系「佐渡」
183系1000番代「とき」 1982年の上越新幹線開業前までの主力。
模型運転会終了後帰宅する前に見た沼垂テラス 人ごみは途絶えた。
沼垂の街並み。18時30分すでに深夜の様だった。

2022年11月3日木曜日

赤谷・鉄山・廃鉄橋





 2017年6月3日 新発田市 旧日鉄鉱業赤谷鉱業所専用鉄道の廃線跡地

2022年10月30日 沼垂にて模型運転を行っていたら会員の一人がそわそわしてTVのスイッチを入れたら紀行番組を行っていた。今回は柏崎市と新発田市の廃道を訪ねる番組だった。

番組は男女2名のレポーターが廃道を訪ねるというもの。柏崎では鯨波駅から海岸線に沿う廃道が、新発田では山間部の廃道が紹介された。見覚えのある風景が続き、赤谷という地名が出てきたので赤谷の鉄山に向かうのだなと思い番組を見てしまった。

1984年3月31日限りで廃止された国鉄赤谷線の廃線遺構が出た後、鉄山に向かう道路が紹介された。ここが日鉄の専用鉄道を転用してできた道路でありスノーセットは鉄道の名残であることを女性リポーターが紹介していた。最後にたどり着いたのが飯豊川にかかる廃鉄橋だった。

2017年ふと思い立ってこの地を訪ねた。宿場の名残を残す赤谷から旧赤谷線の東赤谷に向かうが、東赤谷があった場所は原野に帰っていた。 東赤谷から鉄山への専用鉄道は県道に転用されてスノーセットは鉄道の遺構であり天井のすすは蒸気機関車のものであることが推定される。山峡を走る風光明媚な路線であり一般の利用も許されていたことで知られている。

京都鉄道博物館にかつてここで使われていた蒸気機関車1080が保存されていることは有名である。

豪雪地帯のこの路線は11月中旬から4月の冬場は操業できないためバッテリー式の軌道が設置されて通年早暁に切り替わり1956年9月30日廃線になった。

軌道の方は1984年3月31日の赤谷線廃止跡も操業は続いたが元号が平成に変わったころ操業も行われなくなったようで跡地は消滅している。TV番組では取り上げられなかったが軌道の廃線跡も存在する。

女性レポーターの解説も見ごたえがあったが廃道の世界では有名な方。離婚歴があるということだったが平凡な人生を捨て廃道研究を選ばれた旨がこの女性レポーターから伝えられたのが印象に残った。

2022年11月2日水曜日

晩秋の沼垂


 2022年10月30日 中央区沼垂テラス 紅白の煙突は北越紀州製紙

小雨が降る商店街 。人影はまばら

紅葉の沼垂テラス裏通り 寺町となっていて古都の佇まいを感じる。右手の建物は飲食店。20歳未満はお断りの看板もあった。

寺院と飲食店街
 このあたりは工業地帯でもあり勤務を終えた労働者が仕事終わりの一杯を楽しむ場所だった。

奥に見える踏切りは信越本線の沼垂支線のもの。2011年に廃線となり今も線路が残る。北越鉄道の終点沼垂駅のすぐ近く。国有化されて沼垂駅となった。のちに新潟駅に延伸し戦後新潟駅が今の場所に移転すると沼垂駅は貨物専用となり全国に貨物を送り込んでいったが1990年代に入り新潟貨物ターミナルが設置されると沼垂は石油輸送だけとなった。1998年には輸送が終了し駅の存在も失われた。

沼垂駅跡地 雑草と雑木に覆われた線路跡。架線柱がまだ残っていた。

上沼垂方向 線路は残っているが架線柱は少しづつ撤去が進んでいるようだ。

沼垂駅の中心部 雑草が無ければまだ現役に見える。

無人踏切 向うは工業地帯。


踏切は渡らないで沼垂テラスに戻る。古びた商店街はいまはリノベーションされてカフェやレストランとして再生され多くの人で賑わっている。

寺院、工業地帯、廃線跡、賑わう店舗 雑多な空間が広がる。


大根を切ったものだろうか?初冬の風物詩。


 モダンなカフェ。すでに客が満席。

わずかな散策を終えて目的地の模型運転会の会場に向かった。






2022年11月1日火曜日

雨上がりの朝

2022年10月30日 EF510-14 4076レ 夜間降っていた雨が上がった。

この日は4059レも4061レも定刻には来なかった。E129系下り内野行き

4061レは4075ㇾの時間で。銀釜ことEF510-509が牽引。機関車は汚れもなく清潔な車体であった。

 


切株の田んぼとE129系 青空とひつじぐもとあしらってみた。ちいさなコンデジでもこの程度の「仕事」ができる。

この後沼垂に模型運転をするため向かったが田上を過ぎたあたりから雨に見舞われた。寒気を持った低気圧が北海道にありそこに向かって湿った空気がぶつかって雨をもたらして、新潟県では時雨の天気となった。