2021年5月29日土曜日

越後路に鉄道ができる前の話~明治11年明治天皇御巡幸

信越本線保内駅近くの保内公園にある明治天皇がここに来られたことを記念する碑。

明治天皇が来県されたのは明治11年9月 保内にご休憩に立ち寄られた。

そのあと西大崎で休憩されて三条市の真宗大谷派三条別院に宿泊される。

保内公園のすぐ前の道路。この道路は長岡から三国街道より別れて丘陵地帯を進んで新発田に向かう。三国中通り街道である。明治天皇来県の時は鉄道は未開業。道路の方も今は生活道路となった丘陵地伝いの狭い道が重要な幹線だった。

当時の御巡幸は馬車と騎馬で行われ、大隈重信と伊藤博文岩倉具視も随行する壮大なもので628人の多数の移動だった。その7割は警備警護要員。

その年5月大久保利通が不平士族に殺害され、動揺しがちな新政府を一本化し地方の人民に天皇制の支配の浸透を図ることを目的とした。

孝子節婦や高齢者に下賜金を与え民心を掌握することに努めた。新潟県は眼病者が多く1000円が下賜された。(三条市史下巻)