2024年10月10日木曜日

水田のグラデーション

2024年10月6日  423M  E129系

秋が深まってきて朝夕と日中の気温差が大きくなってきた。夏の記憶がどこかに消えて、深まった秋の移ろいに心を奪われる。

刈り取られた水田は再び緑色の夏の頃のようになり、手前のまだ刈られていない水田は黄色に。グラデーションが秋の水田の特徴。ひと月前は観光列車から全体が黄色だった水田を眺めていたがそんなことも遠い記憶になったように感じた。
 

2024年10月9日水曜日

弥彦線の秋

2024年10月6日  弥彦線西燕付近 E129系 228M 4種踏切りを通過
なだらかに裾を引く弥彦多宝山とE129系

115系があったころはそれなりに撮影者がいたと思うがE129系だけになると誰も見かけなくなった。これが本来の姿と言えよう。

誰もいない分静かに見分ができよう・・・・
 

2024年10月8日火曜日

信越本線 栄郷の朝

2024年10月6日 E129系 2連 420M
EF510-500番台 4059レ
E129系 423M  米山が背後に入る

信越本線 東光寺付近 かつての南蒲原郡栄町の小駅 水田の中にたたずむ無人駅は秘境駅のような風情を見せる。この付近は穀倉地帯の真ん中を線路が通り町らしい風情も郊外の風情も存在しない。

栄郷とは新潟県南蒲原郡の南のはずれ栄地区の別名である。かつて米のほかに石油などの資源がこの界隈から生産され、栄えていた時代があった。

 

2024年10月7日月曜日

EH200-901 2088レ 夜明けを走る

2024年10月6日 EH200-901 2088レ

夜明けが遅くなり2088ㇾの見聞もきつくなってきた。ここ数日間はEH200-901が連日運用に入っている。運転区間は酒田~新潟貨物ターミナル~東京貨物ターミナルの運転であるが羽越本線の村上付近での災害のため新潟貨物ターミナル発となっていて編成も幾分短い。

あす、ようやく羽越本線が完全復旧するようで所定に戻るのであろう。
 

2024年10月6日日曜日

帰ってきた「四季島」


 2024年10月5日 下りトランスイート四季島 9011M

6月で運休して全般検査を行っていたトランスイート四季島が運用を復活した。秋の昼下がり柔らかい光を受けてゆったりとした速度で走り抜けていった。

検査明けで金色が一層あでやかになったように感じた。

この列車を目当てにか家族連れが現れて手を振るう光景があった。特に母親と思われる人は歓声を上げて喜びをあらわにしていた。女性たちのあこがれの的に違いない。

2024年10月4日金曜日

稲刈りが終わった水田地帯

2024年9月29日 423M E129系
水田地帯の稲刈りはほとんど終わった。気温は朝晩と日中の差が大きくなってきた。夏が終わって秋が深まりつつあることを意味する。もう熱帯夜の心配をする必要はない。

稲刈りが終わった水田地帯を列車は淡々と走る。あたりの農村風景がクロードモネの「コロンブの平原」のようにみえる。 もっともこの作品で描かれる季節は秋ではなく初冬の頃である。

長岡の近代美術館に展示されている。


穀倉地帯のほとんどで稲は刈り取られ新米が市場に出回った。とりあえず不足する心配はないと思うが値段が高すぎるのが痛いところと言える。
 

2024年10月3日木曜日

EF510-1 4059レ

2024年9月29日 EF510-1  4059レ
北越コーポレーションのコンテナはわずか1個。
列車は一気に平野の彼方に走り去っていった。

気温差で総長は霧が発生することが多くなってきた。2088レは霧を背後に走る光景だったがこの時間は消えていた。

もう少し粘りたいが家の法要を執り行うため寺院に出向かなければならないため午後の3093レまで中断となる。寺院の庫裡は広々として清潔に整えられた和風空間であり、非日常を体感できた。ここで法要を勤め昼前に終了した。参列者に式菓子を配布して解散。コロナ以降は会食を行わないのが主流となっている。

最終日曜は所属している客車研究会のオンライン会合であるがこれは前日夕方青森県の会場で行われた。当地から青森は北海道より遠い土地になってしまった。

羽越本線いなほでは秋田乗り換えで15時過ぎ、飛行機も飛んでいなくて、高速道路もない。