2018年9月30日日曜日
2018年9月28日金曜日
115系N36編成まもなく第二次弥彦線色に
2018年9月15日 3374M 新井快速115系N36編成
115系N36編成のこの色も間もなく見納め。11月3~4日に本編成が弥彦線色(2015年に廃車になるまで走っていた塗装)となり新潟~弥彦~吉田~東三条~新津~新発田~新潟の経路で臨時運転される。(時刻は新潟支社のサイトに)
この第三次新潟色もN34編成だけになる。N35編成は第二次新潟色となってすでに運転している。しばらくは各種塗装で楽しめる。
復刻版の第二次弥彦線色は弥彦線に運用があるので3両編成であるが往時を思い起こすことができると思う。(ワンマン化はされないようだ)
115系N36編成のこの色も間もなく見納め。11月3~4日に本編成が弥彦線色(2015年に廃車になるまで走っていた塗装)となり新潟~弥彦~吉田~東三条~新津~新発田~新潟の経路で臨時運転される。(時刻は新潟支社のサイトに)
この第三次新潟色もN34編成だけになる。N35編成は第二次新潟色となってすでに運転している。しばらくは各種塗装で楽しめる。
復刻版の第二次弥彦線色は弥彦線に運用があるので3両編成であるが往時を思い起こすことができると思う。(ワンマン化はされないようだ)
2018年9月26日水曜日
115系N38編成~燕にて
2018年9月23日 222M 弥彦線燕にて 115系N38編成が走る。
227Mは115系N37編成とN34編成であった。
E127系 224M
右手の道路は新潟交通電車線の廃線を利用したものである。快晴ではあるが海側方面は霧に覆われていたようだ。
おまけ
新潟市西蒲区の上堰潟公園の稲わらアート 象?
かば?
上堰潟・・・新潟市内にある潟湖 公園は大勢の人で賑わっているが湖面は静けさが漂う。
コスモスもあったがあまり多くなかった。
227Mは115系N37編成とN34編成であった。
E127系 224M
右手の道路は新潟交通電車線の廃線を利用したものである。快晴ではあるが海側方面は霧に覆われていたようだ。
おまけ
新潟市西蒲区の上堰潟公園の稲わらアート 象?
かば?
上堰潟・・・新潟市内にある潟湖 公園は大勢の人で賑わっているが湖面は静けさが漂う。
コスモスもあったがあまり多くなかった。
2018年9月25日火曜日
2018年9月24日月曜日
弥彦線弥彦駅
2018年9月23日 弥彦線弥彦駅 月潟の後は午後から西蒲区へ
弥彦駅前は廃墟だったホテルが取り壊されて駐車場と足湯が新設されていた。
JRの列車を降りて駅からすぐに弥彦山を眺めることが可能となった。
大正時代の弥彦駅前 すでに旅館などが多数並んでいる。手前側が弥彦公園。
大正時代の弥彦駅舎 今と変わっていないが正面の屋根が少し違っているのと今よりあっさり目に見える。
弥彦駅のあゆみ~開業から現在までの歴史が記載。
これら資料は弥彦駅の玄関の右手の壁に掲示されていた。
弥彦駅コンコース 列車まで間があり人の気配はない。キオスクも16時に閉店した。
弥彦公園の久須美東馬(1877~1947)の銅像.北越鉄道(現信越本線の直江津~新潟間)に尽力した父の久須美秀三郎とともに越後鉄道を創設し鉄道経営を行った。弥彦公園も越後鉄道によって造られた。桜、新緑と紅葉の頃は賑わいを見せ臨時列車の運転も行われる。
久須美父子は越後線の小島谷出身で駅から与板方面にしばらく進んだところに住雲園という庭園を持つ旧宅が生家である。
弥彦駅前は廃墟だったホテルが取り壊されて駐車場と足湯が新設されていた。
JRの列車を降りて駅からすぐに弥彦山を眺めることが可能となった。
大正時代の弥彦駅前 すでに旅館などが多数並んでいる。手前側が弥彦公園。
大正時代の弥彦駅舎 今と変わっていないが正面の屋根が少し違っているのと今よりあっさり目に見える。
弥彦駅のあゆみ~開業から現在までの歴史が記載。
これら資料は弥彦駅の玄関の右手の壁に掲示されていた。
弥彦駅コンコース 列車まで間があり人の気配はない。キオスクも16時に閉店した。
弥彦公園の久須美東馬(1877~1947)の銅像.北越鉄道(現信越本線の直江津~新潟間)に尽力した父の久須美秀三郎とともに越後鉄道を創設し鉄道経営を行った。弥彦公園も越後鉄道によって造られた。桜、新緑と紅葉の頃は賑わいを見せ臨時列車の運転も行われる。
久須美父子は越後線の小島谷出身で駅から与板方面にしばらく進んだところに住雲園という庭園を持つ旧宅が生家である。
新潟交通保存電車~たそがれの商店街賑わう~新潟市南区月潟
2018年9月23日 南区月潟 新潟交通月潟駅近く 普段は閑散として人通りの少ないこの付近「月潟大道芸フェステバル」が行われるためか賑わっていた。左側の祭りの旗が華やかさを添える。
商店街中心部の様子 野菜を販売する出店。ほか木工や衣料、血圧測定などもあった。
月潟名物の保存電車 この日はトロッコの運行日だった。ごくわずかな距離を残っている線路上を手製トロッコが走る。
コスモスの中からトロッコ折り返しの駅名標
保存電車モハ11 ホーム奥に売店があり菓子類が多数発売されていたので彼岸の仏前用に買い求めた。
モワ51内部 電動貨車である 廃止駅の駅名標が展示
月潟駅の窓口
時間の関係で「大道芸」を見ることはできなかったが大勢の人が歩く月潟の商店街の賑わいを見ることができた。
商店街中心部の様子 野菜を販売する出店。ほか木工や衣料、血圧測定などもあった。
月潟名物の保存電車 この日はトロッコの運行日だった。ごくわずかな距離を残っている線路上を手製トロッコが走る。
コスモスの中からトロッコ折り返しの駅名標
保存電車モハ11 ホーム奥に売店があり菓子類が多数発売されていたので彼岸の仏前用に買い求めた。
モワ51内部 電動貨車である 廃止駅の駅名標が展示
月潟駅の窓口
時間の関係で「大道芸」を見ることはできなかったが大勢の人が歩く月潟の商店街の賑わいを見ることができた。
2018年9月21日金曜日
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