1984年3月 上野 秋田からの寝台特急「出羽」 足回りに雪が付着。この年の冬は豪雪であり3月でも積雪が多かった。当時はヘッドマークもなく地味な印象の寝台特急だった。(というよりも前身が普通客車主体の急行「鳥海」でありどうしてこんなレベルの列車を特急にしたのか今でも理解に苦しむ)
この時代未だ庄内地方は新幹線などの恩恵を受けず鉄道が有利だったようだ。
そのための積極策だったのかもしれない。
1985年3月14日改正ではヘッドマークも新設され風格が増したが夜の区間が長いため撮影の機会はなかった。(むしろ寝台特急「なは」の方がなじみがあるかもしれない)
2019年9月5日木曜日
2019年9月4日水曜日
EF64 1026+EF65 PF 3760レ
1982年6月 石打で補助機関車EF641026を連結して発車を待つ3760レ。本務機関車はEF65PFだった。今は日中に貨物列車を見ることがない上越線であるがこの時代はまだ貨物列車が多数運転されて、石打では補助機関車を連結して峠越えに挑んでいた。
2019年9月3日火曜日
EF58141 急行「津軽」
1984年2月 上野駅 夜行急行「津軽」 残り少ないEF58牽引。右端は撮影する人。
この時点で上り「津軽」下り「八甲田」がEF58牽引だった。
「津軽」は14系寝台車を3両連結して全盛期の夜行列車の面影を残していた。
この時点で上り「津軽」下り「八甲田」がEF58牽引だった。
「津軽」は14系寝台車を3両連結して全盛期の夜行列車の面影を残していた。
2019年8月31日土曜日
EF641017牽引の20系寝台車急行「天の川」
1984年2月 上野に着いた寝台急行「天の川」 EF641017牽引寝台車は20系。
列車は狭い寝台だったが下段だったのであまり狭さを感じなかった。
雪の有る長岡~水上の区間は静かだったが雪がない渋川付近になると走行音がうるさくなり目が完全に冷めてしまった。
EF641017は新潟~上野間を牽引
寝台急行「天の川」は1985年3月14日の東北・上越新幹線上野開業で役割を終えて上野~酒田間の臨時列車のみになり運転も年末年始やゴールデンウイーク、旧盆のあたりの運転となった。
列車は狭い寝台だったが下段だったのであまり狭さを感じなかった。
雪の有る長岡~水上の区間は静かだったが雪がない渋川付近になると走行音がうるさくなり目が完全に冷めてしまった。
EF641017は新潟~上野間を牽引
寝台急行「天の川」は1985年3月14日の東北・上越新幹線上野開業で役割を終えて上野~酒田間の臨時列車のみになり運転も年末年始やゴールデンウイーク、旧盆のあたりの運転となった。
2019年8月30日金曜日
中央本線高尾駅の201系と115系
2001年8月17日 中央本線高尾駅 都会と山岳地帯との接点。115系は松本から立川まで。201系は東京~高尾、青梅線、中央本線大月・河口湖が主な運用区間だった。
高尾の天狗と201系、115系横須賀線色。
高尾の天狗と201系、115系横須賀線色。
2019年8月29日木曜日
東北本線115系
2001年8月16日 東北本線 115系の通勤電車が首都郊外へ向かう。
当時はまだ多数の115系が走っていたがこの頃からE231系の増備が進んで引退していった。
115系は上野~高崎線、東北線で通勤時間帯は15両編成が多数走っていて乗客で大混雑していた。
当時はまだ多数の115系が走っていたがこの頃からE231系の増備が進んで引退していった。
115系は上野~高崎線、東北線で通勤時間帯は15両編成が多数走っていて乗客で大混雑していた。
2019年8月28日水曜日
大糸線 大糸線色の気動車
1988年8月14日 大糸線南小谷 右手はキハ58、左手はキハ52とキハ58国鉄急行色!
糸魚川から乗ったのは急行色編成で、車内販売が来たのを記憶している。
洗練された塗装とは言えないが国鉄色を廃して新たな塗装を導入したことは新時代を象徴する出来事だった。当初は編成が長めだったが年々縮小し現在は単行が主力となっている。(このころでも3両は長すぎのようで利用者は多くなかった)
糸魚川から乗ったのは急行色編成で、車内販売が来たのを記憶している。
洗練された塗装とは言えないが国鉄色を廃して新たな塗装を導入したことは新時代を象徴する出来事だった。当初は編成が長めだったが年々縮小し現在は単行が主力となっている。(このころでも3両は長すぎのようで利用者は多くなかった)
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