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2020年4月25日土曜日

EF651065 専用貨物列車~向日町

1996年6月 向日町 セメント輸送で近江長岡への列車。今は見ることのできないセメントタンク車が多数連なる。向日町には駅裏にセメントの基地がありここから自動車輸送になっていた。

EF651065〔新〕はJR貨物発足当初に登場した 試験塗装であり奇抜な塗装は賛否が分かれていたが数少ない珍塗装であり人気も高かった。
また日本海側では絶対に見ることができない 貴重な車両なので存分に眺めることができてよかった・・・梅雨空を除けば・・・

2019年9月4日水曜日

EF64 1026+EF65 PF 3760レ

1982年6月 石打で補助機関車EF641026を連結して発車を待つ3760レ。本務機関車はEF65PFだった。今は日中に貨物列車を見ることがない上越線であるがこの時代はまだ貨物列車が多数運転されて、石打では補助機関車を連結して峠越えに挑んでいた。

2019年8月10日土曜日

EF641041とEF6556

1999年6月 JR高崎機関区 鉄道愛好団体の行事に参加して・・・
EF64はこのころは国鉄時代の色だけだった。後ろにはEF6556が見える。
茶色車体であるが国鉄時代のEF65に茶色のものはなくどういった理由でこの塗装が使用されたのかは不明である。

2018年8月6日月曜日

EF58150牽引20系

1993年8月 東海道本線を走るEF58150とEF65PFと20系寝台車。20系は臨時夜行急行「霧島」「雲仙」の回送。EF65PFとEF58は臨時列車を牽引後基地に帰区のため併結運転となった。

2017年10月28日土曜日

EF65535~新津にて

2010年10月  新津駅で発車待ちのEF655358〔高崎機〕DD51822(愛知〕 東新潟機関区の一般公開のため遠路はるばるやってきた。上越線経由で帰すこととなったが牽引は南長岡までEF510牽引。
 

2017年8月9日水曜日

EF65一般型牽引24系客車~甲子園臨

1990年8月16日 JR貨物のEF65が牽引する24系寝台車。九州方面からの甲子園出場校の応援団を乗せたいわゆる甲子園臨であった。

2017年8月6日日曜日

寝台特急「なは」

1995年6月 山陽本線東岡山駅  西鹿児島からの寝台特急「なは」が一路新大阪に向かう。
一方東京から四国に向かう寝台特急「瀬戸」も早朝に通過してゆく。
「なは」とは沖縄の県庁所在地那覇市のことである。

2017年7月4日火曜日

JR貨物高崎機関区

2010年10月 高崎機関区にて EF64 1017、EF65 535、EF64 39 機関車たちが並ぶ。

2017年6月5日月曜日

EF65の運転台

1999年6月 JR貨物高崎機関区 EF65の運転台に入る許可が出たので。 栄光の寝台特急牽引機の運転台はさほど広くはなかった。

2017年5月29日月曜日

夢空間TAP山陰~出雲市発上野行き

1992年4月6日 EF651024〔田端〕牽引 24系寝台車の夢空間TAP山陰路号 9032レ
上越線越後滝谷付近  この列車は出雲市~上野の運転であった。 正規の寝台特急「出雲」は東京~出雲市間を東海道本線、山陰本線で運用していたがこの臨時寝台特急「夢空間TAP山陰路」は北の玄関口の上野を終着とした。経路も出雲市から綾部まで山陰本線、そこから舞鶴線、小浜線を射経由して敦賀から北陸本線そして長岡から上越線を経由上野を目指す運用。4月4日運転の下り列車も同様のルートで日中の上越線や日本海沿岸の風景を楽しめる時間帯の運用だった。
近隣は北陸本線・信越本線はEF81149〔長岡〕が牽引。機関車にはこれといったマークなどもなく単なる寝台列車という印象だったが寝台特急がすべてなくなった今貴重なものとなっている。

北周りで東京~関西方面はすでに1988年に多数運転された「オリエント急行」で先例ができていた。
オリエント急行を楽しむため長時間停車と迂回運用という手段がされたものと考えられる。
この列車も上野~長岡~敦賀~大阪~山陽地方各地という運用が多かった。

お値段も10~20万円台が主流だったようであるが人気がすごく競争率もかなりだったようだった。
このオリエント急行のノウハウはトワイライトエクスプレスやこの夢空間そしてカシオペアなどに引き継がれていく。

2017年5月21日日曜日

EF65 524 高崎機関区

1999年5月  高崎機関区にて  台車検査中のEF65524  見学会の際の撮影。

2016年3月13日日曜日

EF65 1043〔田〕12系白樺

 1985年5月6日 東北本線 EF651043牽引12系座敷「白樺」 窓周りは淡い緑でそれ以外は白の車体で1983年に登場。所属は長野であり遠く日光方面への運用の様だった。
185系「新特急 なすの」4号 1985年3月14日ダイヤ改正でそれまでの165系急行の「なすの」を東北新幹線上野開業で余剰となった185系200番台で置き換えたものである。9往復が上野~宇都宮・黒磯間に運転された。停車駅は黒磯を出ると西那須野、矢板、氏家、宇都宮、小山、古河、久喜、大宮、浦和(一部列車)、赤羽、上野であった。写真の「新特急なすの」4号は黒磯が9時20分発で上野到着が11時30分であり2時間10分。改正前の急行が黒磯8時27分発で上野10時44分着なのでさほどスピードアップはされていない。また185系も「新幹線リレー号」のおさがりで急行から特急への実質値上げとなったため利用は伸びず、1988年3月改正では一部が快速「ラビット」に格下げ1989年3月改正では1往復が「おはようなすの」「ホームタウンなすの」として残ったにとどまっている。「なすの」は1995年12月1日のダイヤ改正で那須塩原までの東北新幹線に愛称を移動して新たに「おはようとちぎ」「ホームタウンとちぎ」となった。
「おはようとちぎ」「ホームタウンとちぎ」は2010年ダイヤ改正で列車そのものが廃止された。
「新特急 なすの」は1990年ダイヤ改正で上野から新宿に首都の発着を変更している。
「新特急」の愛称は2002年のダイヤ改正で廃止(高崎線方面の「草津」「あかぎ」「水上」など)

1985年ダイヤ改正では東北本線の上野日中の急行列車が すべて廃止されたので165系や455系はローカル輸送に用いられることになり東北本線のこの区間では見かけなくなった。

2016年2月11日木曜日

EF65PF牽引急行「銀河」大阪到着

 1984年12月30日大阪駅 AM8:00東京からの寝台急行「銀河」到着。
大阪駅3番線着 牽引機関車のEF651000番台(PF)にも雪がついていた。
20系の寝台編成で撮影者に人気のあった「銀河」ではあったが52センチ幅の狭い寝台はすでに時代遅れであり1985年3月ダイヤ改正で14系に変更されることが決定していた。
 最後尾のナハネフ22の行先表示もうまもなく見納めだった。 星ひとつは3段式寝台車を表す表記。

最後尾。テールマークはイラスト入りであったが関ケ原越えで雪が付いたようで見ることができなかった。なお、窓上の線が消去されコミカルな顔つきになってしまった。
 101レ 銀河 東京22時45分発 大阪8時0分着  102レ大阪21時20分発東京6時35分着

20系寝台車12両編成(電源車含む)1号車はA寝台、2~11号車は52㎝の3段式B寝台
牽引のEF65PFは1128~1139が宮原機関区に配置。20系客車は宮原客車区所属。

2016年2月6日土曜日

EF58 100 回送「つるぎ」とEF65PF「サロンカーなにわ」

1983年12月30日   EF58 100〔宮原〕 回4005レ 向日町から宮原までの24系25型回送。 大阪からはEF81〔敦賀二〕牽引の新潟行「つるぎ」4005レとなる。  
EF65PF〔宮原〕に牽引されてきた14系欧風客車サロンカーなにわ 
大阪から西鹿児島への臨時特急「サロンカー明星」となる。
消えゆくEF58の寝台特急編成と欧風客車の多客臨時列車投入ということでホームは撮影者でごった返していた。

2016年1月24日日曜日

EF65 1048牽引の「あけぼの」1号

1984年12月29日 上野駅7番線 EF651048〔田〕牽引1001レ あけぼの1号
上野(入線20時36分で20時50分発)~福島から奥羽本線経由で青森は9時9分着。
高架の7番線発である。尾久から回送されて到着した直後のため前照灯も尾灯も点灯。
となりに583系がいるが正体が不明。また「あけぼの」と「ゆうづる」はヘッドマークの取り付けがされたと言われていたがこの列車にはなかった。
EF651048は1972年2月17日川重・富士電機で製造、宇都宮運転所配置、1984年2月1日田端機関区転属、1986年11月1日に新鶴見機関区に転属してJR移行を迎える。

1984年の暮れは大雪に見舞われ日本海側は特にひどかった。寝台特急「北陸」などは米原・東海道線経由に迂回したり、東京~富山間の臨時急行も運転されていた。(12系使用)

当時あまり関心のなかったEF65牽引寝台特急であり記憶はあいまいである。撮影時間帯は夕刻上野駅でEF58牽引列車を撮影している。このあとEF58 103〔宇〕牽引「おが」20系を見届けて、東京駅で22時発大阪行き臨時「銀河」51号に乗車している。
富山方面臨時列車は東京駅でEF58160牽引12系見ているが撮影できなかった。

2015年5月6日水曜日

1985年東北本線 特急「あけぼの」「はくつる」

 1985年5月5日 東北本線 EF641016上り荷物列車 1985年3月の東北新幹線上野開業のダイヤ改正で宇都宮運転所EF58は定期運用がなくなり、代わって貨物列車廃止で余剰が出た高崎第二機関区EF641000番台が荷物列車を牽引。
 青森からの583系「はくつる」 この日の朝は雨だったが雨をついて寝台特急が目的地上野へと駆け抜けていった。すでに食堂車は抜かれ12連に減車されていた。
寝台特急「あけぼの」復活したヘッドマークも凛々しく走る。24系の編成。
EF651037は宇都宮運転所の所属。 1986年11月1日ダイヤ改正では新鶴見機関区に転属して「あけぼの」牽引に関与しなくなる。
この1037号は最近まで番号を2037(高速運転をしない機関車区分番台らしい)とされて頑張っていたが2015年3月の北陸新幹線開業のダイヤ改正で運用がなくなったらしい


貨物列車の大幅合理化1984年2月ダイヤ改正に次ぐ更なる合理化が押し進められた1985年3月の東北新幹線上野開業ダイヤ改正は在来線の合理化が徹底して進められた。
電車特急の編成減車や食堂車の廃止、貨物列車の減便と車掌車廃止など。また急行も多くが消え客車の置き換えに急行型が使われた。

2014年10月25日土曜日

2014年8月16日土曜日

EF65牽引寝台急行「銀河」101レ

1984年8月18日 東京からの寝台急行「銀河」 この時間すでに気温が上がり30度を超えていた。
東海道本線のこの場所関西では有名なポイント。情報を交換し合ったのもいまは遠い思い出である。

2014年8月12日火曜日

EF651002牽引 寝台特急「なは」

1984年8月17日 22ㇾ「なは」 西鹿児島~新大阪間運転。向日町の24系25型編成。牽引はEF651002〔関〕 2月のダイヤ改正で「明星」から変わったものである。それ以前は583系で運転されていた。大型パンタグラフを持つEF651002が牽引する関西の寝台特急は新鮮に見えた。
EF651002は1984年2月6日宇都宮運転所から下関運転所に転属した。

2014年1月19日日曜日

急行「銀河」と「立山」

1981年1月3日 EF651132〔宮〕牽引20系急行「銀河」東京行きと475系〔金サワ〕北陸本線富山方面急行「立山」 前年の10月まで「銀河」はEF58牽引だった。
銀河はその後1985年3月ダイヤ改正で 14系寝台車にさらに1986年11月1日ダイヤ改正で24系25型にグレードアップしてJR時代を迎えた。一方の「立山」は1982年11月14日限りで583系の季節列車となり1985年3月ダイヤ改正で廃止された。役目は583系を引き継いだ急行「きたぐに」が 富山県内を停車することで解決している。

大阪駅を23時台にでるこれらの列車・・・・・今は伝説となっている。
わたしはこの後臨時の「銀河」52号の乗車した。EF5868〔東〕牽引で14系座席編成。中途半端な座席で寝苦しい夜を過ごした。岐阜県内では相当な雪があったことと静岡県内で見た朝の富士山の景色だろうか