ラベル EF64 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル EF64 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2025年6月1日日曜日

カシオペア最後の旅~EF8181 

2025年6月1日  EH200-15? 2081レ 4時18分。日の長い時に楽しめる下りEH200貨物。

寝静まった越後路を走る。(休翌日運休)今年の5月は週末天気が悪く見に行けていない。

この時間ここにいたのは下り最終カシオペアの運転(上越線・羽越本線経由について)があるということだった。もし暗い時間帯なら見て帰るだけに留めればいいし、行ってしまったのであればそれでもいいということで。見られたら幸運ということで深追いする気はない。

2081レ通過後に周辺があわただしくなってきたようだ。首都圏からの追っかけ 各位さんたちか?

EF641031とEF8181そしてカシオペア・・・非常に暗く30分の1の軽めの流し 

平坦区間での補機連結は面白い。もちろんこれが最後である。

EF64はどこで切り離し?新津まで? シャッターは30分の1 とにかく流す・・・
最後尾も流すしかなかった・・・・


EF8181の車体の帯は1985年のつくば万博で 昭和天皇のお召列車に充当の際用いられたものだった。平成に入り北斗星の運用に充当の際「北斗星色」に変更されたが何年か前にこの塗装となった。すでにお召列車はE655系「なごみ」編成が受け持つようになりお召し列車の先頭に立つことはかなわなかった。

思えばこのEF8181が動くのを見るのは初めてかもしれない・・・と同時にEF64もEF81も今後は動いているのを見ることはないのかもしれない。国鉄型電気機関車は研究の対象外のため遠隔地に見に行くことは考えていない。

運行を終えたカシオペアはどうなるのか?解体?保存?再利用?今後の発表を待ちたい。

小雨の水田地帯を引き上げもう一休み。追っかけの各位は事故や事件にご注意のこと。安全第一で。 (東北線方面は6月に最後の運行が行われる)

2025年1月3日金曜日

EF641001 〔高〕 茶色時代末期

2008年8月20日 新津 レール輸送
2010年10月8日 高崎車両センター

茶色塗装としては末期の頃。以降原色に戻された。この塗装は1052が引き継いだがすでに存在していない。

EF641001も昨年運用を終えて解体待ちのようである。


追記 2025年4月10日 長野車両センターに解体のため送致された。45年間の活躍に終止符が打たれた。

 

2024年11月22日金曜日

無蓋車でコンテナを運ぶ


 1993年 信越本線 EF64とその後ろのトキ25000無蓋車にはC20型などのコンテナが。冷静に考えると不思議な光景である。

2024年6月8日土曜日

EF641030 早朝の単回

2024年6月3日 EF641030 下り単回

この日新津製作所から落成車の配給がされるため機関車の送り込みがなされた。EF641000番台新潟車のいまの活動内容は配給と冬の架線霜取りだけとなって、あまり見かけることのない状況である。

EF641000番台はJR東日本ではほかに高崎にも配置があるがこちらもこの秋に運用がすべてなくなると言われている。

もっとも利用者の立場で言うと運賃の値上げを申請しそれがどれくらいのものになるのかが最大の関心事ではあるが・・・・・

2024年5月12日日曜日

新潟駅開業120周年記念列車~EF641053〔群〕旧型客車

2024年5月12日 EF641053〔群〕 9722レ

オハニ3611、オハ472246、オハ472261、スハフ422173、オハ472266、スハフ422234

スハフ422234は青15号塗装。スハフ422173はラウンジカーに改造されている。


 

EF641030 列車の機回しを避けるため新潟車両センター~新潟駅~新津駅の区間連結された。新津で切り離したあと長岡へ回送。一日でEF64を2両見ることができた。

新潟駅ではイベントが行われ、この客車編成も有料撮影会に供されている。

しばらくぶりに充実した撮影をすることができた。このほか準メインで185系の団体列車も45分ほど前に通過している。こちらも昨年以来の見聞。MT54モーターのうなりを久しぶりに楽しんだ。

2024年3月20日水曜日

新潟駅開業120周年記念列車

2014年3月25日 EF641030牽引高崎車両センター旧型客車

本年の5月中旬に越後湯沢~新潟の区間に画像のような編成で新潟駅開業120周年号が運転される。

田植えの終わった初夏の水田地帯を旧型客車が走る場面を見ることができそうだ。時刻表に時間は出ているが下りは昼前後、上りは午後となっている。
 

2023年8月16日水曜日

特休車~EF641051

2023年8月15日 EF641051

区名札「新潟」 その脇の札に「特休車」 

特休はひと月以下の休車を意味するらしい。この処置をすることで検査期限を延長できる。引退が近い車両に多く用いられる手続。

2023年4月28日金曜日

EF6442〔長野〕信越本線


 1986年10月 信越本線 EF6441 〔長野運転所〕

EF64一般型が信越本線に姿を見せるようになったのは1985年11月。以降臨時列車牽引で各地のEF64が現れるようになった。長野運転所には41号と42号が在籍し、時折現れていた。

現在直江津で信越本線は切られ、長野方面も北陸方面も直通が無くなり信越本線の宮内~直江津間もローカル線になってしまった。他の線区からの旅客列車の入込はなく、まして機関車牽引の客車列車などありえないこととなった。

 現在の信越本線宮内~直江津間は輸送密度も2000人台まで落ち込みこれは国鉄時代の廃止基準と同じになってしまった。

2022年9月18日日曜日

EF641051 長岡車両センター

2022年9月5日 長岡車両センター EF641051

参考文献 沖田祐作著 機関車表(2014年)より引用

 EF641051 川崎重工業兵庫工場=692/=富士電機 1982-10-07 E96.0tBBB1067
車歴;1982-10-07製造(竣工?)→納入;国鉄;EF641051→配属;関東支社→
1982-10-07配置;長岡→1982-10-09長岡着→1982-10-15使用開始→
1987-04-01JR東日本;EF641051→配置;長岡運転所→
1997-09-05改称;長岡運転区→2004-04-01改称;長岡車両センター→
2010-04-01現在;長岡車両センター
2011-04-01現在;JR東日本旅客鉄道高崎車両センター高崎支所

EF641000番代 最終組1050番以降も廃車が進んで1051と1053が残存しているだけである。この機関車もデビュー40年である。

2022年6月16日木曜日

待機

2022年6月11日 長岡車両センター

珍しくEF641000番代が庫の外に出ていたので・・かつて客貨輸送で上越線の主力機関車として走り回った当該形式もいまは配給輸送などわずかな運用があるだけになっている。

ふだんは機関庫の奥側にいることが多くこのあたりで見かけることは多くない。

私的にはもうずいぶんとEF641000番代が動いているところを見ていない・・・
 

2022年5月26日木曜日

安息

2022年5月16日 長岡車両センター

公道から。 運用がない車両たちが休息。EF641000番代も配給輸送だけで普段は庫の中で激動の時代を思い起こしているのであろう。左手のキハ40系「越乃shu*kura」も最期のキハ40系となってしまい先行きは不透明である。観光列車と言えいつまでも走ることはないと考えられる。 


 

2020年5月4日月曜日

下積み時代のEF510

2004年8月4日 EF510-2他 EF81とEF641000も後ろに着く。さらに化学薬品タンクとセメント、コンテナが連なる・・・
EF510もようやく花開いたころの一幕。 JR貨物は新型機関車の増備は東海道本線のEF210の方を急ぎさらに中央本線のEH200や東北本線のEH500の整備に力を注いだため縦貫線は後回しにされることとなった。主力はまだまだEF81で老体に鞭を入れて走り続ける結果となりさらにEF81400番代や450番代も駆けつけることになる。

2019年11月5日火曜日

ひと時の邂逅~EF641051

2019年11月4日 115系N35編成新井行きの快速とEF641051牽引のEL上越線美食旅との一瞬の邂逅。いまはEF64が日中走る光景を見かけることは少なくなった。そして客車牽引列車となるとほぼ見かけない。新潟庄内DCに関連した新津~水上間臨時快速列車としてばんえつ物語12系を牽引して晩秋の上越線へ運転された。停車駅は新津始発、東三条、長岡、越後湯沢、水上で停車駅だけ見ればかつての特急「とき」をおもわせた。

この列車は東三条の次は終点新津。全席指定で指定券が必要なことをアナウンスしていた。撮影者は30~40名ほど。多くは首都圏などから来られた方々。いまではEF64自体が珍しい存在なので多く撮影者が集結したようだ。

列車停車中の下り本線のホームにも何名か撮影をしている人がいて女性撮影者はミラーレスで素早く撮影し、瞬時にバッグにしまった。まるで「必殺」を見ているような雰囲気で重装備な三脚組に対し極めて鮮やかに見えた。

2019年10月22日火曜日

南長岡貨物駅界隈

2019年10月20日 南長岡駅付近 手前にはコンテナのヤードが。
EF510-503は臨時貨物牽引機 さらに奥にはコンテナが多数。
架線下荷役で貨物列車から直接コンテナを積み込んだり降ろしたりの作業が見られる。
この場所は長岡駅から最初の通りを宮内方向に歩いて跨線橋を渡って少し行った場所の階段から撮影したものである。

かつては南長岡貨物駅と長岡操車場があったが1984年2月ダイヤ改正で操車場が廃止、以降基盤整備がされて1995年に新しい南長岡駅として生まれ変わった。
一気に階段を降りたところ。
跨線橋前の通りに合同庁舎のビルや新潟地方法務局長岡支局やスーパーがあるあたりが旧南長岡駅だった。このEF510がいるあたりが長岡操車場で信越本線下り線があった。
一気に下まで降りてみた。南長岡駅と上越新幹線が見える。砂利の場所には入ることができない。ここもかつての貨物駅の跡地。
EF510牽引の下り貨物列車が到着。乗務員が交替後すぐに発車した。東新潟機関区南長岡派出が設置されていて乗務員の交替ができるようだ。
コンテナの向こうにはEH200がパンタグラフをおろして待機。これも臨時貨物列車牽引のようだ。奥の建物はJR東日本の長岡車両センター。
かつての長岡第二機関区時代の遺構の赤い屋根の建物。機関車のたまり場だった場所の名残。長岡車両センターの配置は機関車若干あるだけ。それも定期運用を持たない。
EF641030 長岡車両センターで待機。おもに配給列車の運用を受け持つ。
こちらにはJR貨物の機関車は見ることができなかった。
新津運輸区のキハ40系 運用は只見線である。来年までに只見線以外のキハ40系気動車が使用停止になると言われている。
右手2本が信越本線の線路で新幹線高架付近のものは長岡車両センターから長岡駅に向かう線路。中央は長岡車両センターの出入り、左手は南長岡駅の線路でコンテナ車の留置線もある、
(貨物列車のウォチングは可能だがアクリル板越しになることに留意が必要)






2019年9月5日木曜日

EF641015 寝台特急「出羽」

1984年3月 上野 秋田からの寝台特急「出羽」 足回りに雪が付着。この年の冬は豪雪であり3月でも積雪が多かった。当時はヘッドマークもなく地味な印象の寝台特急だった。(というよりも前身が普通客車主体の急行「鳥海」でありどうしてこんなレベルの列車を特急にしたのか今でも理解に苦しむ)

この時代未だ庄内地方は新幹線などの恩恵を受けず鉄道が有利だったようだ。
そのための積極策だったのかもしれない。
1985年3月14日改正ではヘッドマークも新設され風格が増したが夜の区間が長いため撮影の機会はなかった。(むしろ寝台特急「なは」の方がなじみがあるかもしれない)

2019年9月4日水曜日

EF64 1026+EF65 PF 3760レ

1982年6月 石打で補助機関車EF641026を連結して発車を待つ3760レ。本務機関車はEF65PFだった。今は日中に貨物列車を見ることがない上越線であるがこの時代はまだ貨物列車が多数運転されて、石打では補助機関車を連結して峠越えに挑んでいた。

2019年8月31日土曜日

EF641017牽引の20系寝台車急行「天の川」

1984年2月 上野に着いた寝台急行「天の川」 EF641017牽引寝台車は20系。
列車は狭い寝台だったが下段だったのであまり狭さを感じなかった。
雪の有る長岡~水上の区間は静かだったが雪がない渋川付近になると走行音がうるさくなり目が完全に冷めてしまった。

EF641017は新潟~上野間を牽引 
寝台急行「天の川」は1985年3月14日の東北・上越新幹線上野開業で役割を終えて上野~酒田間の臨時列車のみになり運転も年末年始やゴールデンウイーク、旧盆のあたりの運転となった。

2019年8月10日土曜日

EF641041とEF6556

1999年6月 JR高崎機関区 鉄道愛好団体の行事に参加して・・・
EF64はこのころは国鉄時代の色だけだった。後ろにはEF6556が見える。
茶色車体であるが国鉄時代のEF65に茶色のものはなくどういった理由でこの塗装が使用されたのかは不明である。

2019年7月4日木曜日

EF641042〔長岡〕牽引の新潟座敷



1984年2月新津にて EF641042〔長岡〕牽引のお座敷客車(新ニイ)
牽引機関車から推定すると上越線方面への団体のようだった。
豪雪の新潟から晴れの巻頭への旅・・・・
特殊な塗装のないこのころEF64も12系座敷客車もこれといった特徴のない列車だった。
東日本地区で目立つ列車は14系「サロンエクスプレス東京」往復客車。
長野のお座敷「白樺」あたりと思う。気動車系では秋田のお座敷気動車が特殊な塗りわけだった。

2019年3月29日金曜日

薄闇にたたずむ

2019年3月23日 新津駅で入れ替えのため停車中のEF641051牽引の12系客車
遠目で見るとかつて走っていた寝台特急「出羽」を思い出してしまう。
深夜新津駅で機関車をEF81からEF64に交換して一路上野に向かう列車だった。
1993年12月のダイヤ改正で利用者が減少し廃止されている。