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2025年6月6日金曜日

磐越西線喜多方~会津若松間を走る455系快速ばんだい


 1990年5月6日 455系6連 喜多方行き 下り普通

今は架線が取り払われた会津若松~喜多方間であるが、このころはグリーン車を備えた編成が快速ばんだいとして行きかっていた。1985年の東北新幹線上野開業時にグリーン車サロ455の運用が無くなり、455系は普通列車の運用だけになりJR東日本に承継。JR東日本になってから観光需要に対応するため先頭車1両をグリーン車(半室で残りは普通指定)クロハ455‐1として運用された。

この時代会津若松と喜多方の区間は455系が11本行きかい全盛時代だった。 

2025年1月5日日曜日

妙高高原115系横須賀線色臨時列車雑感

2025年1月3日 しなの鉄道北しなの線 115系S9編成

昨年横須賀線色が復活。新春の初もうで列車に妙高高原~長野間に2往復運転。

山間部は大雪が予想されたが妙高高原は薄日が差して穏やか。寒いだけであって雪は豪雪地故たくさんあったが。 撮影者は30~40名列車で現れ思い思い行っていたというところであった。

115系の横須賀線色は別名「山スカ」(本家の横須賀線に対し山岳路線の中央本線の列車のため)と言って、最盛期にはサロ165を組み入れた急行「かいじ」なども運転されていた。1985年3月のダイヤ改正までは篠ノ井線で長野まで入線していたが、系統見直しで松本までに変更され中央東線(おもに高尾~塩尻)のローカル輸送に使われていた。

信越本線の妙高高原界隈は北陸新幹線開業前の数日間運用変更で直江津乗り入れを行っていたようだ。

この横須賀色は115系ではなく70系旧型電車 が長野~直江津間の主力だった時代の塗装だったようだ。そんなイメージで眺めている。えちごトキめき鉄道はねうまラインのET127系V8編成も横須賀色のラッピングで半室荷物車のイメージとなっている。

いったんは途絶えた横須賀線色 これも115系の終わりをイメージしての復活と言われているが末永く走ってほしいと思う。

2023年11月5日日曜日

185系 モグラループ


2017年10月9日 185系 

1981年にこの塗装で登場した185系はそれまでの特急塗装とは異なり斬新さを感じた。しかし座席がリクライニングしないことや通勤時間帯は普通列車として運用されるなど国鉄末期の荒れた時代を象徴する存在であった。登場後40年以上が経過静かにその姿も消えようとしているようだ。
 

2023年5月24日水曜日

485系番台区分4

 Ⅵ ジョイフルトレイン
A,きらきらうえつ 700番代(702番の編成)
2001年から2019年まで羽越本線に運転されていた。クハ484、モハ484、モハ485、クハ485で構成。クハ484はクハ481‐753、モハ484、485は モハ484、485の1078のユニット、クハ485はクハ481‐349だった。車内はシートピッチの広い座席とハイデッカー構造それにミニビュッフェとボックス席などがあり観光客に好評だった。
B,シルフィード~NODOKA (701番編成)
1990年 当初欧風電車シルフィードとして余剰の189系サロ189を改造 485系1000番代の予備の制御装置、主電動機、台車を用い車体は新造。リクライニングシートと前面展望が特徴で発電用エンジンを装備して非電化区間にも進出していた。2001年秋に和式改造されNODOKAとなった。シルフィード時代はクモロ485‐1、モロ485‐1、クロ484‐1という形式でありNODOKAとなり普通車格下げで、クモハ485‐701、モロ484‐701、クハ484-701となった。

2023年5月23日火曜日

485系番台区分3

 Ⅲ 食堂車
サシ481 1969年から1974年まで76両製造。厨房が奇数寄り(デッキ側)、テーブル席が偶数側に40人分通路を挟んで配置。一般的な構造。1968年製造サシ481-15からカーテンをブラインドに変更。水タンク(1000リットル)4基と調理電源として70KVAを装備。回送運転台を両端に設置。前照灯あり。
サシ489‐0番代 上記サシ481の489系用。これらは一部が客車に改造され寝台特急「北斗星」「トワイライトエクスプレス」に使用された。
サシ489‐100番代 特急「とき」181系のサシ181‐102、103を改造したもの。特急「雷鳥」などで使用。1986年12月23日廃車。
Ⅳ 普通車の付随車
サハ481、サハ489  それぞれモーターを持たない付随車。
Ⅴ 電動車
モハ484、485 0番代
1968年から1976年まで製造された。モハ485はパンタグラフ無し、奇数寄り(デッキのある方向)連結面に和式トイレと洗面所がある。定員はモハ485が72、モハ484は64。モハ484はそれまでの481系、483系と同じ形状で登場し冷房がAU12のため交直両用のため屋根上が危機で輻輳している関係で冷房の一部を車站に置いたためで、モハ484‐200番代からは冷房がに変更され客室もモハ485と同じになった。モハ485には200番代の区分は存在しないが200番以降の車両は存在している。
モハ484‐200番代、600番代
モハ485‐97以降とユニットを組む車両。冷房はAU12からAU71A集中型に変更。床置き冷房は無くなり定員がモハ485と同じ72になった。600番代は車掌室と業務用室をデッキとと客室の間に設置し定員は64。座席は非リクライニング。
モハ484、485 1000番代
耐寒耐雪仕様で1976年2月から1979年6月にかけて増備。番号がふたたび一致する。床下機器の集約と台車の耐雪構造等が特徴。モハ484は構造が600番代に準拠し定員が64となった。デッキを挟んで客室寄りに車掌室と業務用室がある。簡易リクライニングが装備され1978年8月以降増備のモハ484、485の1027、クハ481-1013からはロックできるようになった。
モハ484、485 1500番代
1974年5~6月に北海道用485系として増備。特急「いしかり」用として用いられた。落成時特急「白鳥」で試験走行している。耐寒耐雪が北海道の気候に適合せず粉雪による故障が多いため1980年6月に781系と交代し本州(青森~向日町~上沼垂)新津鉄道資料館にあるクハ481-1508が1500番代の制御車である。ユニットは全て一緒に移動している。(クハは上沼垂運転区と青森運転所に分かれていた)
モハ484、4853000番代
1997年特急「はくたか」用に1000番代車を改造し外装、内装、座席を一新したもの。主に秋田の車両を改造して充当されている。性能はほかの485系と同様。機器はMGをSIVとし、CPは三相誘導電動機駆動のものに変更している。上沼垂485系の晩年ではR編成が7本、T編成が7本と拮抗し主力といってよかった。

2023年5月18日木曜日

485系番台区分2

 Ⅱ グリーン車(この項目は489系も一緒に扱います)
サロ481‐0番代 1964年10月~1976年2月にかけて133両が製造。デッキ外側に和式トイレと洗面所、内側に車掌室と業務用室、客室はフルリクライニングでシートピッチは1160㎜定員48、冷房は1~52はキノコ型AU12、53~はAU13Eとなっている。台車はTR69Aで115からはブレーキシリンダー改造のTR69Hに変更された。上沼垂運転区に1986年転入のものは初期型が38号で1994年に廃車まで使用。他は100番以降の車両で屋根のエアコンユニットはAU13Eとなっている。
サロ481‐500番代
向日町運転所配置の食堂車サシ481からの改造車。内部をお座敷に改造し「和風車だんらん」として特急「雷鳥」でつかわれ、新潟地区では向日町運転所485系の運用の雷鳥1往復で用いられていたが運用期間は1986年11月から1988年3月までの短い期間だった。「スーパー雷鳥」のグリーン車サロ481‐2000番台に再改造された。
サロ481-1000番代
耐寒耐雪装備の1000番代グリーン車で1976年2月から1979年6月に製造。床下に210KVAのMG(電動発電機)とC2000コンプレッサー装備。秋田運転区配置の「いなほ」で用いられた。
サロ481-1500番代
1978年製造の181系特急「とき」で使用された後青森運転所485系用に配置された。外観は1000番代と同じ。北海道用の1500番代とは無関係。特急「いなほ」「白鳥」などで使用後1985年3月に勝田に転属。最近引退した「リゾートやまどり」に改造されたものもある。
サロ489 
0番代と1000番代がある。どちらも構造はサロ481と同様。0番代は1971~1974に製造。
サロ489‐1000番代は特急「白山」「はくたか」から食堂車が廃止され編成から外されたためMGとCPを備えたもの。容量補充が目的であった。どちらも特急「はくたか」「白山」で使用。
サロ489‐1050番代
サロ481-1052、1053を489系のサロ489‐1051と1052に1990年長野で改造。「あさま」で使用。VIP仕様とされ任務に就いたこともあった。上沼垂には1996年8月転入し予備車的存在だった。

2023年5月17日水曜日

485系番台区分1

 新潟県内で見られた485系(含む481系、483系)の番台区分について簡単にまとめてみた。外観上では以下の通りである。なお、489系は485系の信越本線碓氷峠対応車(EF63型電気機関車と強調運転できる)であり485系と連結運転できる事例も多くあるため485系に含める。今回は新潟県内定期列車で見られたもののみを記す。
Ⅰ 先頭車
1,ボンネット先頭車 クハ481‐0番代(MGはボンネット内150KVA)とMG床置き210KVA強化型100番代 同仕様の489系‐0番代と補助機関車連結用の500番代 乗車定員56 0番代は1986年から上沼垂運転区に配置、100番代は特急「雷鳥」で1970年代後半から「北越」「雷鳥」で運用。489系は特急「白山」「はくたか」「北越」などクハ481-100番代はJR西日本向日町運転所配置分は気動車牽引のためスカート部分を改造し各種配線が備えられていた。126号は原型のままで人気が高かった。
2、貫通型(非ボンネット)200番代、489系‐200番代、補助機関車連結用の600番代 (東北本線で秋田方面と仙台方面の特急を併合分割する目的で開発されたため登場。実際は紀勢本線「くろしお」で短期間使われただけ。乗車定員が64となった。特急「白鳥」「いなほ」「雷鳥」「北越」など。489系は以下の300番代と同様に「白山」「はくたか」「北越」など
3、非貫通型(非ボンネット)300番代、489系‐300番代 補助機関車連結用の700番代 併結運転は行われないことになり登場。運転時の隙間風対策のため非貫通型とした。座席は簡易リクライニングとなった。定員は64 特急「白鳥」「いなほ」「鳥海」など。
4,非貫通型(非ボンネット)1000番代
寒冷地豪雪用として登場。特急「とき」用183系1000番代の耐寒耐雪仕様を導入した。特急「いなほ」などで使用。
5,非貫通型(非ボンネット)1500番代 北海道向け 特急「いしかり」に使われた。構造は300番代と同様で運転台屋根上に前照灯2灯が特徴。1980年に781系に置き換えられて本州の特急に用いられた。特急「白鳥」「いなほ」「雷鳥」「北越」など
6,改造車(非ボンネット)
A、クハ481‐700番代 サハ489‐200番代に運転台を取り付けた車両。 上沼垂運転区に753が在籍。外観上は運転台後ろのエアコンユニットの間隔が短く置かれたのが特徴。特急「白鳥」「雷鳥」など(のちに「きらきらうえつ」用に改造)
B,クロ480‐1000番代 金沢運転所のサロ489を1988年先頭車改造したもの。主に特急「北越」に使用。「かがやき」用に座席を1対2に改造した2301がある。
C、クロハ481‐2000番代 クハ481‐200番代改造が2200番代、クハ481‐300番代改造が2300番代となっている。クロハ481-2201はクハ481‐224を1991年に改造。2300番代は1990年である。
D,クロハ481‐300番代、1000番代 それぞれ半室グリーン席を装備したもの。特急「いなほ」「北越」「ムーンライトえちご」で使用された。クロハ481‐303がクハ481‐348を改造したもので他は1000番代からの改造となっている。
7、3000番代
1997年北越急行ほくほく線経由の特急「はくたか」用に改造されたもの。車体、外装、内装を大幅に一新したもの。番号は種車の1000番代に2000を加えたものである。300番代改造車は3000を加えている。

2023年5月12日金曜日

1985年ダイヤ改正での485系

特急「白鳥」は1往復となり青森から向日町運転所485系に変更された。福井「白鳥」は「いなほ」と「北越」に再編されどちらも編成が減車された。特急「雷鳥」は全て向日町運転所の受け持ちとなり「白鳥」と同様食堂車は廃止され編成は10両編成でTsは1両、食堂車はT(サハ481)になった。なお、サシ481のうち一部はお座敷改造され和風車「だんらん」となったが新潟「雷鳥」や「白鳥」には連結されなかった。
「いなほ」は6連が基本となり1往復が酒田始発となったが1986年11月ダイヤ改正以降はこれが標準になっていく。(1986年改正で9連になる)
「雷鳥」「白鳥」 TcM’M Ts T M’M M’M Tc 向日町運転所
「白山」「北越」 TcM’M Ts TM’M M’M Tc  金沢運転所
「北越」     TcM’M Ts  M’M Tc  金沢運転所
「いなほ」    TcM’M  M’M Tc 青森運転所

 

2023年5月1日月曜日

モハ480‐1~特急「有明」博多

1981年1月 鹿児島本線 博多

 1964.10.27川崎車輛製造で向日町配置、1975年3月10日鹿児島転属、1983年12月26日廃車

2023年4月27日木曜日

583系「はつかり」


2000年8月15日 青森 583系

臨時「はつかり」 すでに583系の定期運用はなかったが多客期に運転がされていた。新潟から485系「いなほ」で6時間かけて青森駅に到着。出迎えてくれたのはこの列車だった。

 

2023年4月21日金曜日

169系第一次信州色~上沼垂

1995年4月 上沼垂運転区

並行する道路から169系が見えたので・・・この編成は車両不足で借り入れたものだった。この年E127系の導入が開始され、165系も検査が切れたものから廃車になっていった。その間のつなぎとして169系を長野から借りてしのいでいた。

169系は165系の碓氷峠対応車でEF63と強調運転できる車両。長野~上野間の急行「信州」などで運用された。

2023年4月20日木曜日

167系海水浴臨時列車

1992年 信越本線 長鳥付近

167系4連の海水浴臨時列車。7月の後半から8月上旬の運転で信州や首都圏から日本海沿岸に多くの海水浴利用者を乗せて臨時列車が運転されていた。

この編成は信州から日本海を目指す「スカイビーチ」で 小諸~柏崎の運転。167系は田町電車区所属。

167系は修学旅行電車として知られたがいったん湘南色となったあと画像の塗装に変更。車内もリクライニング席となっていた。クハ167の前面も補強がされたりライトが旧型前照灯の台座を流用したものがあった。167系「スカイビーチ」は当初湘南色の編成だったが1990年代に改造車に変わった。
 

2023年4月19日水曜日

115系変形車

1995年6月 山陽本線 先頭クハ115はクハ111からの改造車、中間の2両は2つ扉の3500番代車で117系からの改造。
クハ115の600番代 ライトが原型でまるで115系にグローブベンチレーターのある初期車のようなスタイルだったが1984年度改造のクハ111からの編入車。

山陽本線岡山付近は画像の115系変形車(600番代)が 多数走る路線で見ていて飽きることが無かった。

2023年4月18日火曜日

117系サンライナー~梅雨入り前の山陽本線

1995年6月 山陽本線 庭瀬~中庄

117系サンライナー 岡山~福山間を結ぶ都市間連絡快速列車。1989年3月11日SUnライナーとして運転開始。115系と213系が用いられた。117系が導入されたのは1992年のこと。京阪神の頃とは異なる塗装で快速運転の使命を担っていた。30分に1本の運行。2016年に画像の塗装から黄色1色となり2021年に大幅減便、2022年ダイヤ改正で運転が終了。

この列車は都市型ワンマン列車とされ車内では運賃の収受を行わなかった。自動改札機が設置された駅のみに停車する処置がとられていたためである。

山陽本線も岡山から福山の区間は人口も多く人の移動も旺盛に行われて列車者利用も多かった。

2023年4月17日月曜日

381系やくも

1995年6月 伯備線 上り岡山行き

先頭はクモハ381 中間車の先頭車改造で前面に関通路があり多客時に増結がされた。

紀勢本線の特急「くろしお」用の485系にもクハ481に同様の仕様がある。

2023年4月16日日曜日

さみだれやくも

1995年6月 山陽本線 庭瀬~中庄 出雲市行き「やくも」

岡山から出雲市に向かう381系「やくも」4連に編成が減車されたがグリーン車サロ381が健在な頃。伯備線では振り子運転をするためパンタグラフを2上げて高速運転に供えていた。

閑散期のため4連や3連の特急であり物足りない印象だった。しかし繁忙期には編成が増結された。

田植が終わったばかりの水田地帯と特急「やくも」ほかに貨物列車が頻繁に走り115系や103系の普通列車、117系快速サンライナーもあり大動脈風格の衰えない山陽本線で初夏のひと時を過ごした。
 

2023年3月17日金曜日

踊り子と白鳥


 

1987年2月 信越本線 長岡操車場

石打へ回送途中の185系〔田町電車区〕と青森行きの特急「白鳥」との一瞬のすれ違い。

185系は寒冷地仕様の200番代で新前橋電車区で関東周辺の列車で運用されたが1985年3月改正で田町電車区の183系が中央本線に転属したため一部が新前橋電車区から田町電車区に移動したものである。雪景色の「踊り子」も新鮮な光景であった。この185系はシュプール上越(石打~横浜)に用いられた。シュプール号は国鉄末期のヒット商品でありJRにも引き継がれ冬の風物詩となっていたが新幹線の増強や高速道路へのスキー利用者の転移、さらに景気低迷などスキーの需要も減少し2000年代には運転されなくなった。

2023年2月25日土曜日

木漏れ日にたたずむ


 2023年1月4日 新津鉄道資料館 クハ481-1508

誰もいない日・・・函館本線の特急「いしかり」として走り、粉雪で機器を破壊され後身の781系に北辺の輸送を託し本州に舞い戻る。今度は日本海縦貫線と東北本線の「白鳥」「はつかり」「ひばり」など長距離特急として走破徐々に走行区間は狭くなるものの盛岡~青森間「はつかり」青森~新潟間「いなほ」など東北地方の新幹線接続列車で 走り続けた。後に2001年新潟に転入して「北越」「いなほ」などで2015年まで使われたのち廃車となりこのクハ481-1508がこの場所で安住の地を得た。

冬の日を側面に受けながら厳しい北の大地を走ったことや東北地方や北陸地方の長い旅路を思い出しているのであろうか・・・・

2023年1月8日日曜日

望郷


 2023年1月3日 えちごトキめき鉄道直江津駅 ET127系

点検中のこの編成の行先が新潟となっていた。現在の運用区間は長岡までであるためこの塗装で新潟というのは貴重な場面かも知れない。新潟近郊を離れてもう8年となる。

ET127系V1 田島ルーフィング編成 懐かしの70系新潟色115系N40編成は使命を終えて新潟車両センターの片隅で鉄塊へと帰っていった現在ではこの編成があの「N40編成懐かしの70系新潟色」を伝えている編成である。

本年は70系新潟色が引退して45年となる。70系電車が吊り掛けモーターの重い音を響かせて各地を走り抜け最後の活躍の舞台は信越本線直江津~関山間の急こう配区間であった。この70系電車の活躍も遠い記憶になってしまった。


2022年12月24日土曜日

最後の冬

2022年2月27日 115系N38編成 新井快速 3374M

暮れも押し迫り暴風雪。12月18日に襲った寒波では新潟県中越は豪雪となりJR運転見合わせのほか高速道路の閉鎖、国道は柏崎と長岡での渋滞と立ち往生で災害救助法による自衛隊出動という事態。通勤経路だった国道8号や17号の立ち往生を見ると背筋が凍る。

一方豪雪の聖地の妙高や越後湯沢付近は小雪だった。冬が始まって早々の異常な降り方である。波乱に満ちた本年を象徴する冬の始まりかも知れない。

 豪雪になったかと思えば春は爆発的にやってきて桜の開花も一気に満開、本来の桜の季節より早く咲いて一気に散り、また寒い日がやってきて、いきなり猛暑で、梅雨が早く開けたと思ったら豪雨災害、残暑が長く続いて突然寒くなる・・・今年の気候はこのような展開で、今は異常な雪の降り方積もり方・・・例年通りの異常気象。おそらく異常気象にならなかった年はここ数年は記憶にない・・・

さて115系であるが新潟からはすべて解体処分されもう存在していない。最も近くではしなの鉄道北しなの線の接続地点妙高高原に出入りするものだけになっている。あとは山陽本線だろうか・・・記憶から遠ざかりつつあるがあれだけあった115系がすべて引退したのは感慨深いことであった。何の未練もなく静かな引き際は地域輸送に貢献した115系にとって最高の散り方だったと言える。

画像は非情の掟に従って消える数週間前の撮影のものである。厳しい冬を長年にわたって走るつづけた115系の最後の冬。