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2024年2月10日土曜日

弥彦線の165系普通列車


1991年10月 弥彦線 普通列車 165系3連

1984年4月8日の電化当初は弥彦線は吉田~弥彦間115系2連。吉田~東三条間は通勤時間帯115系2連+4連、日中4連、早朝と夜間2連だったがJR東日本へ移行後は減車となり朝方の3往復が165系3連に置き換わった。(1993年12月改正では115系2連にさらに減車)

115系の4連は信越本線などに振り向けられて編成増強に使われていった。この傾向は各地に見られ閑散区間は165系、混雑が多い区間は113系、115系となった。

かつてキハ30、35の通勤型気動車が走り抜けて多くの乗客でひしめいていた路線に急行型が走る光景はこ利用者が相当に減少したことを物語っていた。

弥彦線も燕三条での接続がよくなく結果マイカー乗り入れが上越新幹線利用の中心となり、乗り換え客は多くない。

JR東日本移行時はワンマン化が行われたが一方で行楽時期の増発もされたことがあったが成果には結びつかなかった。

2023年4月21日金曜日

169系第一次信州色~上沼垂

1995年4月 上沼垂運転区

並行する道路から169系が見えたので・・・この編成は車両不足で借り入れたものだった。この年E127系の導入が開始され、165系も検査が切れたものから廃車になっていった。その間のつなぎとして169系を長野から借りてしのいでいた。

169系は165系の碓氷峠対応車でEF63と強調運転できる車両。長野~上野間の急行「信州」などで運用された。

2023年4月20日木曜日

167系海水浴臨時列車

1992年 信越本線 長鳥付近

167系4連の海水浴臨時列車。7月の後半から8月上旬の運転で信州や首都圏から日本海沿岸に多くの海水浴利用者を乗せて臨時列車が運転されていた。

この編成は信州から日本海を目指す「スカイビーチ」で 小諸~柏崎の運転。167系は田町電車区所属。

167系は修学旅行電車として知られたがいったん湘南色となったあと画像の塗装に変更。車内もリクライニング席となっていた。クハ167の前面も補強がされたりライトが旧型前照灯の台座を流用したものがあった。167系「スカイビーチ」は当初湘南色の編成だったが1990年代に改造車に変わった。
 

2019年12月5日木曜日

弥彦線を走る165系

1991年12月 弥彦線 165系の普通列車 朝方に3往復設定されていた。1993年12月改正で115系弥彦色ワンマン列車に置き換えられた。

2019年9月29日日曜日

2019年9月28日土曜日

165系系急行「とがくし」1号


1982年7月 鯨波を走る165系急行「とがくし」1号311M
上田~新潟間運転の急行。1978年10月改正まではグリーン車指定席も連結していたが、以降は普通車のみの編成であった。(1982年夏までは海水浴の季節のみ12両の長大編成での運転があった)
国鉄時代は「とがくし」として運転されJR東日本に移行後は「赤倉」となって1997年秋まで運転された。一時期特急「みのり」として走ったが2001年12月より新潟~新井間の快速「くびき野」として走り、今は夕方の115系快速(新潟~新井間)に名残をとどめている。
(特急「しらゆき」は特急「北越」の代替という考え方であるようだ)

2019年8月16日金曜日

サロ169-12

1980年11月2日 165系のグリーン車サロ169-12 
今年はグリーン車登場50周年。等級制運賃を廃止してモノクラスとし別料金として利用できるようにした。

グリーン車も運用の都合で料金が不要の時がありその時は狙い目。
筆者が一番最初に乗ったのは高校時代1970年代最晩年、梅雨末期の水害で運用が乱れて165系急行の編成が普通列車に入ったことだ。
 165系グリーン車のサロ165は料金不要の通勤仕様になっていたのでシートカバーはなかったがそれ以外の設備は使えた。リクライニングを倒しフットレストに足を置いた。初めて乗る現役グリーン車に興奮した。今となっては貴重な記憶である。