ラベル 485系 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 485系 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2025年10月11日土曜日

E653系 長距離列車が走った日

2025年10月5日 E653系 H02編成 「しらゆき」1号 51M

この日勝田電車区E653系 K70編成国鉄色で団体臨時列車が運転された。

青森を9時10分発上野23時過ぎの到着。14時間の耐久レースである。

上野発青森行きは夜行区間がありかつての寝台特急「あけぼの」をイメージできた。

青森発上野行きは「いなほ」2号、3号と1982年11月15日に運転を開始した特急「鳥海」を思い出させた。

 

2024年7月11日木曜日

越後平野夕暮れ時

2013年6月2日  485系 3375M 「くびき野」5号

日没直後の越後平野を485系快速「くびき野」5号が通過。この列車が通過すると闇が迫ってくる。

国鉄特急色485系が消えてすでに9年近くが経過。
 

2024年3月15日金曜日

上沼垂色復刻


 2014年7月 485系北越 1054M

本年4月下旬よりE653系H202編成において上沼垂色が復刻する。短編成で越境しないため魅力をあまり感じない特急「しらゆき」であるがいくらか注目されるのであろうか?

 

2024年2月5日月曜日

つららが下がる直江津駅

1984年2月 信越本線 直江津駅 下り4001M「白鳥」3号

「59豪雪」とよばれ海岸部でも大量に積雪があった冬。485系は雪原を切り裂いて走り、使命を果たしていた。特急「白鳥」青森行き。北陸本線最古参の特急列車。

485系特急はこのころはまだ食堂車の営業もあり利用者も多く長距離特急のプライドを保持していた。

2023年5月24日水曜日

485系番台区分4

 Ⅵ ジョイフルトレイン
A,きらきらうえつ 700番代(702番の編成)
2001年から2019年まで羽越本線に運転されていた。クハ484、モハ484、モハ485、クハ485で構成。クハ484はクハ481‐753、モハ484、485は モハ484、485の1078のユニット、クハ485はクハ481‐349だった。車内はシートピッチの広い座席とハイデッカー構造それにミニビュッフェとボックス席などがあり観光客に好評だった。
B,シルフィード~NODOKA (701番編成)
1990年 当初欧風電車シルフィードとして余剰の189系サロ189を改造 485系1000番代の予備の制御装置、主電動機、台車を用い車体は新造。リクライニングシートと前面展望が特徴で発電用エンジンを装備して非電化区間にも進出していた。2001年秋に和式改造されNODOKAとなった。シルフィード時代はクモロ485‐1、モロ485‐1、クロ484‐1という形式でありNODOKAとなり普通車格下げで、クモハ485‐701、モロ484‐701、クハ484-701となった。

2023年5月23日火曜日

485系番台区分3

 Ⅲ 食堂車
サシ481 1969年から1974年まで76両製造。厨房が奇数寄り(デッキ側)、テーブル席が偶数側に40人分通路を挟んで配置。一般的な構造。1968年製造サシ481-15からカーテンをブラインドに変更。水タンク(1000リットル)4基と調理電源として70KVAを装備。回送運転台を両端に設置。前照灯あり。
サシ489‐0番代 上記サシ481の489系用。これらは一部が客車に改造され寝台特急「北斗星」「トワイライトエクスプレス」に使用された。
サシ489‐100番代 特急「とき」181系のサシ181‐102、103を改造したもの。特急「雷鳥」などで使用。1986年12月23日廃車。
Ⅳ 普通車の付随車
サハ481、サハ489  それぞれモーターを持たない付随車。
Ⅴ 電動車
モハ484、485 0番代
1968年から1976年まで製造された。モハ485はパンタグラフ無し、奇数寄り(デッキのある方向)連結面に和式トイレと洗面所がある。定員はモハ485が72、モハ484は64。モハ484はそれまでの481系、483系と同じ形状で登場し冷房がAU12のため交直両用のため屋根上が危機で輻輳している関係で冷房の一部を車站に置いたためで、モハ484‐200番代からは冷房がに変更され客室もモハ485と同じになった。モハ485には200番代の区分は存在しないが200番以降の車両は存在している。
モハ484‐200番代、600番代
モハ485‐97以降とユニットを組む車両。冷房はAU12からAU71A集中型に変更。床置き冷房は無くなり定員がモハ485と同じ72になった。600番代は車掌室と業務用室をデッキとと客室の間に設置し定員は64。座席は非リクライニング。
モハ484、485 1000番代
耐寒耐雪仕様で1976年2月から1979年6月にかけて増備。番号がふたたび一致する。床下機器の集約と台車の耐雪構造等が特徴。モハ484は構造が600番代に準拠し定員が64となった。デッキを挟んで客室寄りに車掌室と業務用室がある。簡易リクライニングが装備され1978年8月以降増備のモハ484、485の1027、クハ481-1013からはロックできるようになった。
モハ484、485 1500番代
1974年5~6月に北海道用485系として増備。特急「いしかり」用として用いられた。落成時特急「白鳥」で試験走行している。耐寒耐雪が北海道の気候に適合せず粉雪による故障が多いため1980年6月に781系と交代し本州(青森~向日町~上沼垂)新津鉄道資料館にあるクハ481-1508が1500番代の制御車である。ユニットは全て一緒に移動している。(クハは上沼垂運転区と青森運転所に分かれていた)
モハ484、4853000番代
1997年特急「はくたか」用に1000番代車を改造し外装、内装、座席を一新したもの。主に秋田の車両を改造して充当されている。性能はほかの485系と同様。機器はMGをSIVとし、CPは三相誘導電動機駆動のものに変更している。上沼垂485系の晩年ではR編成が7本、T編成が7本と拮抗し主力といってよかった。

2023年5月18日木曜日

485系番台区分2

 Ⅱ グリーン車(この項目は489系も一緒に扱います)
サロ481‐0番代 1964年10月~1976年2月にかけて133両が製造。デッキ外側に和式トイレと洗面所、内側に車掌室と業務用室、客室はフルリクライニングでシートピッチは1160㎜定員48、冷房は1~52はキノコ型AU12、53~はAU13Eとなっている。台車はTR69Aで115からはブレーキシリンダー改造のTR69Hに変更された。上沼垂運転区に1986年転入のものは初期型が38号で1994年に廃車まで使用。他は100番以降の車両で屋根のエアコンユニットはAU13Eとなっている。
サロ481‐500番代
向日町運転所配置の食堂車サシ481からの改造車。内部をお座敷に改造し「和風車だんらん」として特急「雷鳥」でつかわれ、新潟地区では向日町運転所485系の運用の雷鳥1往復で用いられていたが運用期間は1986年11月から1988年3月までの短い期間だった。「スーパー雷鳥」のグリーン車サロ481‐2000番台に再改造された。
サロ481-1000番代
耐寒耐雪装備の1000番代グリーン車で1976年2月から1979年6月に製造。床下に210KVAのMG(電動発電機)とC2000コンプレッサー装備。秋田運転区配置の「いなほ」で用いられた。
サロ481-1500番代
1978年製造の181系特急「とき」で使用された後青森運転所485系用に配置された。外観は1000番代と同じ。北海道用の1500番代とは無関係。特急「いなほ」「白鳥」などで使用後1985年3月に勝田に転属。最近引退した「リゾートやまどり」に改造されたものもある。
サロ489 
0番代と1000番代がある。どちらも構造はサロ481と同様。0番代は1971~1974に製造。
サロ489‐1000番代は特急「白山」「はくたか」から食堂車が廃止され編成から外されたためMGとCPを備えたもの。容量補充が目的であった。どちらも特急「はくたか」「白山」で使用。
サロ489‐1050番代
サロ481-1052、1053を489系のサロ489‐1051と1052に1990年長野で改造。「あさま」で使用。VIP仕様とされ任務に就いたこともあった。上沼垂には1996年8月転入し予備車的存在だった。

2023年5月17日水曜日

485系番台区分1

 新潟県内で見られた485系(含む481系、483系)の番台区分について簡単にまとめてみた。外観上では以下の通りである。なお、489系は485系の信越本線碓氷峠対応車(EF63型電気機関車と強調運転できる)であり485系と連結運転できる事例も多くあるため485系に含める。今回は新潟県内定期列車で見られたもののみを記す。
Ⅰ 先頭車
1,ボンネット先頭車 クハ481‐0番代(MGはボンネット内150KVA)とMG床置き210KVA強化型100番代 同仕様の489系‐0番代と補助機関車連結用の500番代 乗車定員56 0番代は1986年から上沼垂運転区に配置、100番代は特急「雷鳥」で1970年代後半から「北越」「雷鳥」で運用。489系は特急「白山」「はくたか」「北越」などクハ481-100番代はJR西日本向日町運転所配置分は気動車牽引のためスカート部分を改造し各種配線が備えられていた。126号は原型のままで人気が高かった。
2、貫通型(非ボンネット)200番代、489系‐200番代、補助機関車連結用の600番代 (東北本線で秋田方面と仙台方面の特急を併合分割する目的で開発されたため登場。実際は紀勢本線「くろしお」で短期間使われただけ。乗車定員が64となった。特急「白鳥」「いなほ」「雷鳥」「北越」など。489系は以下の300番代と同様に「白山」「はくたか」「北越」など
3、非貫通型(非ボンネット)300番代、489系‐300番代 補助機関車連結用の700番代 併結運転は行われないことになり登場。運転時の隙間風対策のため非貫通型とした。座席は簡易リクライニングとなった。定員は64 特急「白鳥」「いなほ」「鳥海」など。
4,非貫通型(非ボンネット)1000番代
寒冷地豪雪用として登場。特急「とき」用183系1000番代の耐寒耐雪仕様を導入した。特急「いなほ」などで使用。
5,非貫通型(非ボンネット)1500番代 北海道向け 特急「いしかり」に使われた。構造は300番代と同様で運転台屋根上に前照灯2灯が特徴。1980年に781系に置き換えられて本州の特急に用いられた。特急「白鳥」「いなほ」「雷鳥」「北越」など
6,改造車(非ボンネット)
A、クハ481‐700番代 サハ489‐200番代に運転台を取り付けた車両。 上沼垂運転区に753が在籍。外観上は運転台後ろのエアコンユニットの間隔が短く置かれたのが特徴。特急「白鳥」「雷鳥」など(のちに「きらきらうえつ」用に改造)
B,クロ480‐1000番代 金沢運転所のサロ489を1988年先頭車改造したもの。主に特急「北越」に使用。「かがやき」用に座席を1対2に改造した2301がある。
C、クロハ481‐2000番代 クハ481‐200番代改造が2200番代、クハ481‐300番代改造が2300番代となっている。クロハ481-2201はクハ481‐224を1991年に改造。2300番代は1990年である。
D,クロハ481‐300番代、1000番代 それぞれ半室グリーン席を装備したもの。特急「いなほ」「北越」「ムーンライトえちご」で使用された。クロハ481‐303がクハ481‐348を改造したもので他は1000番代からの改造となっている。
7、3000番代
1997年北越急行ほくほく線経由の特急「はくたか」用に改造されたもの。車体、外装、内装を大幅に一新したもの。番号は種車の1000番代に2000を加えたものである。300番代改造車は3000を加えている。

2023年5月12日金曜日

1985年ダイヤ改正での485系

特急「白鳥」は1往復となり青森から向日町運転所485系に変更された。福井「白鳥」は「いなほ」と「北越」に再編されどちらも編成が減車された。特急「雷鳥」は全て向日町運転所の受け持ちとなり「白鳥」と同様食堂車は廃止され編成は10両編成でTsは1両、食堂車はT(サハ481)になった。なお、サシ481のうち一部はお座敷改造され和風車「だんらん」となったが新潟「雷鳥」や「白鳥」には連結されなかった。
「いなほ」は6連が基本となり1往復が酒田始発となったが1986年11月ダイヤ改正以降はこれが標準になっていく。(1986年改正で9連になる)
「雷鳥」「白鳥」 TcM’M Ts T M’M M’M Tc 向日町運転所
「白山」「北越」 TcM’M Ts TM’M M’M Tc  金沢運転所
「北越」     TcM’M Ts  M’M Tc  金沢運転所
「いなほ」    TcM’M  M’M Tc 青森運転所

 

2023年5月11日木曜日

485系1982年11月14日ダイヤ改正の備忘

 1982年11月15日上越新幹線開業に関するダイヤ改正で485系は大幅な運用変更が行われた。新潟県内では特急「とき」「はくたか」が全廃。特急「いなほ」は急行「羽越」「きたぐに」を格上げして新潟~秋田、青森間特急に再編。「いなほ」のうち青森運転所持ちの1往復は特急「鳥海」として東北新幹線上野駅開業までの間運転されることになった。特急「白鳥」は気動車急行「しらゆき」を格上げして青森~福井間で1往復増発。特急「白山」は特急「雷鳥」「北越」と共通運用のため食堂車が復活した。特急「北越」は「はくたか」廃止分を新潟~金沢間追加し3往復に増強され長岡駅での上越新幹線接続列車の任務を受け持つことになった。
特急「雷鳥」は本数の増加はないが新たに489系での運用が1往復発生した。
4003M「雷鳥」3号と4032M「雷鳥」32号が特急「白山」と共通運用の489系。
Tc M’M M’M Ts Td M’M M’M  Tc
この編成は「北越」3041M1号、3045M5号、3042M2号、3044M4号で3043M3号と3046M6号は向日町運転所485系であった。

このダイヤ改正では特急「とき」181系のサロ181‐1100番代(1978年製造)がサロ481‐1500番代に改造され目的を果たした。青森運転所485系に組み込まれ「はつかり」「いなほ」「白鳥」「鳥海」に使われたと考えられるが期間は短く1985年3月ダイヤ改正で勝田電車区に転属し「ひたち」に使われ国鉄時代を終える。一部は団体用の「やまどり」で最近まで運用されたのは周知のとおり。


2023年5月10日水曜日

雑木林と水田

2014年5月21日 下り485系NODOKA 信越本線

緑も濃くなり水田の稲も成長のころ。

2023年5月9日火曜日

1986年11月ダイヤ改正 上沼垂運転区485系の編成

 ←大阪・青森                      新潟→
  クハ481モハ484モハ485サロ481モハ484モハ485モハ484モハ485クハ481
T1  102  251  149  106  1502 1502  241  138  21
T2   30   86   86  107  1503 1503   85   85  27
T3  260  1505  1505  104  1504 1504   66     66    261
T4  258  1507  1507  105  1506 1506   65   65   29
T5   28  1501  1501  38   87  87   83   83   23
T6  1502  1020  1020  124  1012 1012  1011 1011  1503
T7  753  1078   1078  125  1007 1007  1013 1013  1505
T8 1504  1010  1010  114  1068 1068  1024 1024  1507
運用は特急「雷鳥」4003M3号、4013M13号、4018M18号、4030M30号
「白鳥」5001M、5002M 「北越」1003M3号、1008M8号
「雷鳥」向日町運転所 4014M14号、4025M25号 和風車「だんらん」連結
「北越」金沢運転所1002M2号、1011M11号 489系9連
「北越」上記以外金沢運転所 485系7連
「いなほ」2006M6号と2009M9号は秋田運転区それ以外は青森運転所485系。JR移行後の新潟車両センター所属となるクハ481-1508はこの時点では青森運転所に所属している。
クハ481‐753はサハ489に運転台を取り付けて先頭車改造したもので1986年8月7日幡生工場にて改造された。姉妹車クハ481‐701は金沢にあり1985年8月29日松任工場でサハ489‐11を改造しこちらも「北越」に使われていた。分割民営化後はアコモデーション改造が1988年に開始されボンネット車両は自由席に集約された。 

2023年5月8日月曜日

新潟雷鳥がやってきた時代

 

特急「雷鳥」が新潟県に姿を見せたのは1978年10月2日のダイヤ改正からである。それまでの新潟~大阪間気動車急行「越後」501D大阪10時06分発新潟19時27分着、502D新潟8時55分発大阪18時08分着 (キハ57、キハ65などで長野運転所所属)の格上げによるもの。このとき特急「北越」は大阪乗り入れが廃止され金沢~新潟間1往復のみとなった。大阪~新潟間には「雷鳥」2往復が充当され白鳥と合わせ4往復となった。
編成は増発分の12号(4004M)と21号(4007M)は金沢運転所の「しらさぎ」編成。
←大阪・青森     新潟→
Tc M’M TsTs Td M’M T M’M Tc 特徴TsとTd及びTは489系でTdには181系「とき」で使用されたサシ181を改造したサシ489‐101と102を配置していた。この編成は1985年3月15日に向日町運転所485系に変更されるまで続いた。
「北越」大阪乗り入れ廃止分補充は向日町運転所485系で編成は上記と同じで先頭はボンネットが入る。金沢は「白山」「はくたか」にボンネット489系が使われ「雷鳥」「しらさぎ」のクハ481は200番代貫通型と300番代非貫通型だけが配置。


2023年5月1日月曜日

モハ480‐1~特急「有明」博多

1981年1月 鹿児島本線 博多

 1964.10.27川崎車輛製造で向日町配置、1975年3月10日鹿児島転属、1983年12月26日廃車

2023年4月29日土曜日

代掻きが終わった水田と新緑の塚山峠~485系「雷鳥」


1990年5月 信越本線 長鳥~塚山間 485系〔上沼垂〕 4013M

柏崎から開眼を離れ信越本線は平野を目指す。長岡に向かう間に小さな峠越えがある。塚山峠で信越本線の前身「北越鉄道」はこの区間の工事で資金を使い果たし、新潟駅まで乗りいれることができなくなったと言われている。

複線電化の線路は塚山トンネルで一気に峠を貫くが明治の頃の土木技術ではトンネル工事は厳しいものであった。現在も旧線のトンネルが残っている。

画像は並行する道路で塚山峠を越えてきて長鳥駅を見下ろす見晴らし台から。新緑の山峡と水田、代掻きが終わって田植えを待つばかり・・

長鳥駅は秘境駅の風情があるが駅前には人家が多数あり、この画像撮影の頃は商店もあったように記憶している。平野部の東光寺と同等レベルだったようだ。

特急「雷鳥」はグレードアップ編成となり収容人数を担保しなければならない自由席はそのままだったが指定席は座席が改善されハイデッカー構造となっていた。この区間多くの乗客でごった返し長岡で上越新幹線に乗り継ぐ混雑区間。それは1997年3月の北越急行開業前まで続いた。

2023年2月25日土曜日

木漏れ日にたたずむ


 2023年1月4日 新津鉄道資料館 クハ481-1508

誰もいない日・・・函館本線の特急「いしかり」として走り、粉雪で機器を破壊され後身の781系に北辺の輸送を託し本州に舞い戻る。今度は日本海縦貫線と東北本線の「白鳥」「はつかり」「ひばり」など長距離特急として走破徐々に走行区間は狭くなるものの盛岡~青森間「はつかり」青森~新潟間「いなほ」など東北地方の新幹線接続列車で 走り続けた。後に2001年新潟に転入して「北越」「いなほ」などで2015年まで使われたのち廃車となりこのクハ481-1508がこの場所で安住の地を得た。

冬の日を側面に受けながら厳しい北の大地を走ったことや東北地方や北陸地方の長い旅路を思い出しているのであろうか・・・・

2023年2月22日水曜日

485系1500番代特急「鳥海」

1984年9月 羽越本線水原 上り2042M 特急「鳥海」

上野~青森間1往復運転 485系〔青森運転所 〕 1982年11月15日から1985年3月14日までの運転であった。1982年11月ダイヤ改正までの特急「いなほ」を「鳥海」に変更したもので前日までは夜行急行列車として上野~秋田間旧型客車で運転されていた。変則的な愛称格上げである。夜行急行列車は寝台特急「出羽」となったがこちらは上野~山形~酒田運転の気動車急行を転用しており複雑な愛称の格上げであった。

485系1500番代は北海道特急「いしかり」で運用されたが冬場の故障が多発のため1979年に781系に置き換えられ本州の特急として再出発した。現在新津鉄道資料館に先頭車クハ481-1508が保存されている。

2022年12月29日木曜日

485系T18編成特急「いなほ」


 2011年1月2日 485系T18編成特急「いなほ」

酒田からの特急で新潟駅で上越新幹線で乗り継ぐ乗客で満席であった。国鉄特急色485系は3編成あり、フル回転で運用に入っていた。

白新線のこの場所は海岸部に近く降雪は少なかった。わずかに残る雪の中を特急「いなほ」は走り去っていった。

2022年12月28日水曜日

非情の掟に散る~485系リゾートやまどり大宮駅にて

2017年1月28日 大宮駅を発車した485系リゾートやまどり

先頭車は181系サロ181‐1100番代からの改造で1978年に特急「とき」に用いられた181系の体質改善のため製造、1982年11月特急「とき」廃止後は本来の目的である485系として運用がなされた。以後特急「ひたち」に先頭車に改造され末期にはご覧の姿で各地を走り抜けた。先日すべてのミッションをおえて郡山に送られた模様。またひとつ国鉄改革を知る車両が「非情の掟」に消えていった。

 

2022年12月21日水曜日

485系快速列車

1985年1月 北陸本線泊 485系快速列車

1982年11月ダイヤ改正で登場。通勤時間帯において特急の間合い運用の利用で実現。扉が1箇所のため乗り降りに時間がかかったと考えられるが地方では無償で特急車両を利用できることでおおむね好評だったようだ。この界隈電車は475系他に客車列車と気動車列車が主力だった。