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2023年5月24日水曜日

485系番台区分4

 Ⅵ ジョイフルトレイン
A,きらきらうえつ 700番代(702番の編成)
2001年から2019年まで羽越本線に運転されていた。クハ484、モハ484、モハ485、クハ485で構成。クハ484はクハ481‐753、モハ484、485は モハ484、485の1078のユニット、クハ485はクハ481‐349だった。車内はシートピッチの広い座席とハイデッカー構造それにミニビュッフェとボックス席などがあり観光客に好評だった。
B,シルフィード~NODOKA (701番編成)
1990年 当初欧風電車シルフィードとして余剰の189系サロ189を改造 485系1000番代の予備の制御装置、主電動機、台車を用い車体は新造。リクライニングシートと前面展望が特徴で発電用エンジンを装備して非電化区間にも進出していた。2001年秋に和式改造されNODOKAとなった。シルフィード時代はクモロ485‐1、モロ485‐1、クロ484‐1という形式でありNODOKAとなり普通車格下げで、クモハ485‐701、モロ484‐701、クハ484-701となった。

2023年5月23日火曜日

485系番台区分3

 Ⅲ 食堂車
サシ481 1969年から1974年まで76両製造。厨房が奇数寄り(デッキ側)、テーブル席が偶数側に40人分通路を挟んで配置。一般的な構造。1968年製造サシ481-15からカーテンをブラインドに変更。水タンク(1000リットル)4基と調理電源として70KVAを装備。回送運転台を両端に設置。前照灯あり。
サシ489‐0番代 上記サシ481の489系用。これらは一部が客車に改造され寝台特急「北斗星」「トワイライトエクスプレス」に使用された。
サシ489‐100番代 特急「とき」181系のサシ181‐102、103を改造したもの。特急「雷鳥」などで使用。1986年12月23日廃車。
Ⅳ 普通車の付随車
サハ481、サハ489  それぞれモーターを持たない付随車。
Ⅴ 電動車
モハ484、485 0番代
1968年から1976年まで製造された。モハ485はパンタグラフ無し、奇数寄り(デッキのある方向)連結面に和式トイレと洗面所がある。定員はモハ485が72、モハ484は64。モハ484はそれまでの481系、483系と同じ形状で登場し冷房がAU12のため交直両用のため屋根上が危機で輻輳している関係で冷房の一部を車站に置いたためで、モハ484‐200番代からは冷房がに変更され客室もモハ485と同じになった。モハ485には200番代の区分は存在しないが200番以降の車両は存在している。
モハ484‐200番代、600番代
モハ485‐97以降とユニットを組む車両。冷房はAU12からAU71A集中型に変更。床置き冷房は無くなり定員がモハ485と同じ72になった。600番代は車掌室と業務用室をデッキとと客室の間に設置し定員は64。座席は非リクライニング。
モハ484、485 1000番代
耐寒耐雪仕様で1976年2月から1979年6月にかけて増備。番号がふたたび一致する。床下機器の集約と台車の耐雪構造等が特徴。モハ484は構造が600番代に準拠し定員が64となった。デッキを挟んで客室寄りに車掌室と業務用室がある。簡易リクライニングが装備され1978年8月以降増備のモハ484、485の1027、クハ481-1013からはロックできるようになった。
モハ484、485 1500番代
1974年5~6月に北海道用485系として増備。特急「いしかり」用として用いられた。落成時特急「白鳥」で試験走行している。耐寒耐雪が北海道の気候に適合せず粉雪による故障が多いため1980年6月に781系と交代し本州(青森~向日町~上沼垂)新津鉄道資料館にあるクハ481-1508が1500番代の制御車である。ユニットは全て一緒に移動している。(クハは上沼垂運転区と青森運転所に分かれていた)
モハ484、4853000番代
1997年特急「はくたか」用に1000番代車を改造し外装、内装、座席を一新したもの。主に秋田の車両を改造して充当されている。性能はほかの485系と同様。機器はMGをSIVとし、CPは三相誘導電動機駆動のものに変更している。上沼垂485系の晩年ではR編成が7本、T編成が7本と拮抗し主力といってよかった。

2023年5月18日木曜日

485系番台区分2

 Ⅱ グリーン車(この項目は489系も一緒に扱います)
サロ481‐0番代 1964年10月~1976年2月にかけて133両が製造。デッキ外側に和式トイレと洗面所、内側に車掌室と業務用室、客室はフルリクライニングでシートピッチは1160㎜定員48、冷房は1~52はキノコ型AU12、53~はAU13Eとなっている。台車はTR69Aで115からはブレーキシリンダー改造のTR69Hに変更された。上沼垂運転区に1986年転入のものは初期型が38号で1994年に廃車まで使用。他は100番以降の車両で屋根のエアコンユニットはAU13Eとなっている。
サロ481‐500番代
向日町運転所配置の食堂車サシ481からの改造車。内部をお座敷に改造し「和風車だんらん」として特急「雷鳥」でつかわれ、新潟地区では向日町運転所485系の運用の雷鳥1往復で用いられていたが運用期間は1986年11月から1988年3月までの短い期間だった。「スーパー雷鳥」のグリーン車サロ481‐2000番台に再改造された。
サロ481-1000番代
耐寒耐雪装備の1000番代グリーン車で1976年2月から1979年6月に製造。床下に210KVAのMG(電動発電機)とC2000コンプレッサー装備。秋田運転区配置の「いなほ」で用いられた。
サロ481-1500番代
1978年製造の181系特急「とき」で使用された後青森運転所485系用に配置された。外観は1000番代と同じ。北海道用の1500番代とは無関係。特急「いなほ」「白鳥」などで使用後1985年3月に勝田に転属。最近引退した「リゾートやまどり」に改造されたものもある。
サロ489 
0番代と1000番代がある。どちらも構造はサロ481と同様。0番代は1971~1974に製造。
サロ489‐1000番代は特急「白山」「はくたか」から食堂車が廃止され編成から外されたためMGとCPを備えたもの。容量補充が目的であった。どちらも特急「はくたか」「白山」で使用。
サロ489‐1050番代
サロ481-1052、1053を489系のサロ489‐1051と1052に1990年長野で改造。「あさま」で使用。VIP仕様とされ任務に就いたこともあった。上沼垂には1996年8月転入し予備車的存在だった。

2023年5月17日水曜日

485系番台区分1

 新潟県内で見られた485系(含む481系、483系)の番台区分について簡単にまとめてみた。外観上では以下の通りである。なお、489系は485系の信越本線碓氷峠対応車(EF63型電気機関車と強調運転できる)であり485系と連結運転できる事例も多くあるため485系に含める。今回は新潟県内定期列車で見られたもののみを記す。
Ⅰ 先頭車
1,ボンネット先頭車 クハ481‐0番代(MGはボンネット内150KVA)とMG床置き210KVA強化型100番代 同仕様の489系‐0番代と補助機関車連結用の500番代 乗車定員56 0番代は1986年から上沼垂運転区に配置、100番代は特急「雷鳥」で1970年代後半から「北越」「雷鳥」で運用。489系は特急「白山」「はくたか」「北越」などクハ481-100番代はJR西日本向日町運転所配置分は気動車牽引のためスカート部分を改造し各種配線が備えられていた。126号は原型のままで人気が高かった。
2、貫通型(非ボンネット)200番代、489系‐200番代、補助機関車連結用の600番代 (東北本線で秋田方面と仙台方面の特急を併合分割する目的で開発されたため登場。実際は紀勢本線「くろしお」で短期間使われただけ。乗車定員が64となった。特急「白鳥」「いなほ」「雷鳥」「北越」など。489系は以下の300番代と同様に「白山」「はくたか」「北越」など
3、非貫通型(非ボンネット)300番代、489系‐300番代 補助機関車連結用の700番代 併結運転は行われないことになり登場。運転時の隙間風対策のため非貫通型とした。座席は簡易リクライニングとなった。定員は64 特急「白鳥」「いなほ」「鳥海」など。
4,非貫通型(非ボンネット)1000番代
寒冷地豪雪用として登場。特急「とき」用183系1000番代の耐寒耐雪仕様を導入した。特急「いなほ」などで使用。
5,非貫通型(非ボンネット)1500番代 北海道向け 特急「いしかり」に使われた。構造は300番代と同様で運転台屋根上に前照灯2灯が特徴。1980年に781系に置き換えられて本州の特急に用いられた。特急「白鳥」「いなほ」「雷鳥」「北越」など
6,改造車(非ボンネット)
A、クハ481‐700番代 サハ489‐200番代に運転台を取り付けた車両。 上沼垂運転区に753が在籍。外観上は運転台後ろのエアコンユニットの間隔が短く置かれたのが特徴。特急「白鳥」「雷鳥」など(のちに「きらきらうえつ」用に改造)
B,クロ480‐1000番代 金沢運転所のサロ489を1988年先頭車改造したもの。主に特急「北越」に使用。「かがやき」用に座席を1対2に改造した2301がある。
C、クロハ481‐2000番代 クハ481‐200番代改造が2200番代、クハ481‐300番代改造が2300番代となっている。クロハ481-2201はクハ481‐224を1991年に改造。2300番代は1990年である。
D,クロハ481‐300番代、1000番代 それぞれ半室グリーン席を装備したもの。特急「いなほ」「北越」「ムーンライトえちご」で使用された。クロハ481‐303がクハ481‐348を改造したもので他は1000番代からの改造となっている。
7、3000番代
1997年北越急行ほくほく線経由の特急「はくたか」用に改造されたもの。車体、外装、内装を大幅に一新したもの。番号は種車の1000番代に2000を加えたものである。300番代改造車は3000を加えている。

2023年5月9日火曜日

1986年11月ダイヤ改正 上沼垂運転区485系の編成

 ←大阪・青森                      新潟→
  クハ481モハ484モハ485サロ481モハ484モハ485モハ484モハ485クハ481
T1  102  251  149  106  1502 1502  241  138  21
T2   30   86   86  107  1503 1503   85   85  27
T3  260  1505  1505  104  1504 1504   66     66    261
T4  258  1507  1507  105  1506 1506   65   65   29
T5   28  1501  1501  38   87  87   83   83   23
T6  1502  1020  1020  124  1012 1012  1011 1011  1503
T7  753  1078   1078  125  1007 1007  1013 1013  1505
T8 1504  1010  1010  114  1068 1068  1024 1024  1507
運用は特急「雷鳥」4003M3号、4013M13号、4018M18号、4030M30号
「白鳥」5001M、5002M 「北越」1003M3号、1008M8号
「雷鳥」向日町運転所 4014M14号、4025M25号 和風車「だんらん」連結
「北越」金沢運転所1002M2号、1011M11号 489系9連
「北越」上記以外金沢運転所 485系7連
「いなほ」2006M6号と2009M9号は秋田運転区それ以外は青森運転所485系。JR移行後の新潟車両センター所属となるクハ481-1508はこの時点では青森運転所に所属している。
クハ481‐753はサハ489に運転台を取り付けて先頭車改造したもので1986年8月7日幡生工場にて改造された。姉妹車クハ481‐701は金沢にあり1985年8月29日松任工場でサハ489‐11を改造しこちらも「北越」に使われていた。分割民営化後はアコモデーション改造が1988年に開始されボンネット車両は自由席に集約された。 

2023年5月1日月曜日

モハ480‐1~特急「有明」博多

1981年1月 鹿児島本線 博多

 1964.10.27川崎車輛製造で向日町配置、1975年3月10日鹿児島転属、1983年12月26日廃車

2023年4月27日木曜日

583系「はつかり」


2000年8月15日 青森 583系

臨時「はつかり」 すでに583系の定期運用はなかったが多客期に運転がされていた。新潟から485系「いなほ」で6時間かけて青森駅に到着。出迎えてくれたのはこの列車だった。

 

2023年4月17日月曜日

381系やくも

1995年6月 伯備線 上り岡山行き

先頭はクモハ381 中間車の先頭車改造で前面に関通路があり多客時に増結がされた。

紀勢本線の特急「くろしお」用の485系にもクハ481に同様の仕様がある。

2023年4月16日日曜日

さみだれやくも

1995年6月 山陽本線 庭瀬~中庄 出雲市行き「やくも」

岡山から出雲市に向かう381系「やくも」4連に編成が減車されたがグリーン車サロ381が健在な頃。伯備線では振り子運転をするためパンタグラフを2上げて高速運転に供えていた。

閑散期のため4連や3連の特急であり物足りない印象だった。しかし繁忙期には編成が増結された。

田植が終わったばかりの水田地帯と特急「やくも」ほかに貨物列車が頻繁に走り115系や103系の普通列車、117系快速サンライナーもあり大動脈風格の衰えない山陽本線で初夏のひと時を過ごした。
 

2023年3月17日金曜日

踊り子と白鳥


 

1987年2月 信越本線 長岡操車場

石打へ回送途中の185系〔田町電車区〕と青森行きの特急「白鳥」との一瞬のすれ違い。

185系は寒冷地仕様の200番代で新前橋電車区で関東周辺の列車で運用されたが1985年3月改正で田町電車区の183系が中央本線に転属したため一部が新前橋電車区から田町電車区に移動したものである。雪景色の「踊り子」も新鮮な光景であった。この185系はシュプール上越(石打~横浜)に用いられた。シュプール号は国鉄末期のヒット商品でありJRにも引き継がれ冬の風物詩となっていたが新幹線の増強や高速道路へのスキー利用者の転移、さらに景気低迷などスキーの需要も減少し2000年代には運転されなくなった。

2023年2月25日土曜日

木漏れ日にたたずむ


 2023年1月4日 新津鉄道資料館 クハ481-1508

誰もいない日・・・函館本線の特急「いしかり」として走り、粉雪で機器を破壊され後身の781系に北辺の輸送を託し本州に舞い戻る。今度は日本海縦貫線と東北本線の「白鳥」「はつかり」「ひばり」など長距離特急として走破徐々に走行区間は狭くなるものの盛岡~青森間「はつかり」青森~新潟間「いなほ」など東北地方の新幹線接続列車で 走り続けた。後に2001年新潟に転入して「北越」「いなほ」などで2015年まで使われたのち廃車となりこのクハ481-1508がこの場所で安住の地を得た。

冬の日を側面に受けながら厳しい北の大地を走ったことや東北地方や北陸地方の長い旅路を思い出しているのであろうか・・・・

2022年12月29日木曜日

485系T18編成特急「いなほ」


 2011年1月2日 485系T18編成特急「いなほ」

酒田からの特急で新潟駅で上越新幹線で乗り継ぐ乗客で満席であった。国鉄特急色485系は3編成あり、フル回転で運用に入っていた。

白新線のこの場所は海岸部に近く降雪は少なかった。わずかに残る雪の中を特急「いなほ」は走り去っていった。

2022年12月21日水曜日

485系快速列車

1985年1月 北陸本線泊 485系快速列車

1982年11月ダイヤ改正で登場。通勤時間帯において特急の間合い運用の利用で実現。扉が1箇所のため乗り降りに時間がかかったと考えられるが地方では無償で特急車両を利用できることでおおむね好評だったようだ。この界隈電車は475系他に客車列車と気動車列車が主力だった。

2022年12月14日水曜日

山峡に汽笛が響く


 1993年3月 大糸線平岩 キハ181系

南小谷を出た大阪方面行きシュプール白馬・栂池は平岩駅で南小谷へ向かうDD16牽引のシュプール回送と交換し動き出す。山あいに汽笛とエンジンの音が響きゆっくりと181系が走り出し、やがて視界から消えていった。

手前の川は姫川で右手には平岩の町が見える。左手には温泉街もあった。1995年の水害でこの付近も様変わりし急激に過疎化が進んだ。

シュプール号が走っていた時代はまだ希望を感じることができた。長大編成の列車が頻繁に通過し大阪方面と白馬地域を結んでいたが、夏にも運転がされたこともあった。北小谷では待避線も作られ輸送力増強もされた。さらなる発展を夢見ることができた。

しかしマイカーへの移行が急激に進み 列車での移動が敬遠され衰退の方へ流れていく。2001年には運転も終わり大糸線は過疎路線となり現在に至っている。


 

 

 

 

 

 

 

2022年12月13日火曜日

北小谷シュプール181系


 1989年1月15日 大糸線北小谷 

JR西日本キハ181系7連シュプール号が通過。2連が標準な大糸線では長すぎる編成。当時はスキーブームで利用者も多く長大編成が必要だった。

列車はJR東日本大糸線南小谷で折り返す運用が多く、多くは金沢運転所または向日町運転所まで回送することが多かった。

キハ181系は山陰本線の特急「はまかぜ」の印象が強く、奥信濃の山峡のローカル線にこの列車が表れたときはずいぶん遠くにやってきたように錯覚した記憶がある。

2022年8月20日土曜日

在来線特急「とき」運転

1982年10月 183系特急「とき」

JR東日本サイトによると11月3日上野~新潟間、11月6日新潟~上野間において上越新幹線開業40周年を記念してE653系国鉄復刻色を用いて特急「とき」の運転を行う。

画像は国鉄時代183系によるもので上越新幹線開業間近のものである。

2021年9月22日水曜日

183系特急「北斗」函館

2000年8月17日 函館 キハ183系 この編成は国鉄末期1986年に製造されたものである。もう35年も経過してしまった。現在北海道へ行くことはないのでこれらの形式の消息は知らない。

2020年5月2日土曜日

485系特急「たざわ」

1991年1月1日 秋田 485系国鉄色7連 左手にキハ40系
古びた跨線橋が国鉄を思い出させる。
特急「たざわ」は7連になっているが通常は3連だったので臨時増結されていたのかもしれない。年末年始の帰省シーズンで混雑する時期だったため。

この時代の秋田駅は国鉄時代の雰囲気を残していた。イメージが大きく変わるのは1993年の701系電車投入からであろう。さらに1997年には秋田新幹線の新在直通も始まる。
独自色もキハ40の一部にようやく出始めたころで客車列車も多く残っていた。

さてようやく6日間の勤務が終わって短い連休となるがすでに承知の通り自粛連休となる。そとになるべく出ない「撮らない鉄」に励まなければならない。
読む本もたくさんあるし掃除するところも多数あるのでそれらが優先。

鉄道はと言えば現状はテレワーク導入と5月連休の書き入れ時の輸送をすべて失い減便ダイヤ。新幹線も在来線も空車状態・・・長引くと大幅赤字発生そして路線廃止の流れが起こらないか心配である・・・

2019年12月27日金曜日

185系新特急「あかぎ」

1997年9月 高崎線 高崎と上野の区間を運転する「新特急あかぎ」 踊り子色185系の編成。右手にはダイヤ改正後見られなくなる長野色115系が待機。

2019年11月14日木曜日

183系マリンシティ草津

1997年11月3日 高崎線 横浜からの183系特急「マリンシティ草津」