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2023年4月13日木曜日

雨に散る桜

2022年4月19日 小千谷市高梨 セメントプラント脇の道 鋪装が切れたあたりに魚沼線高梨駅があった。1984年4月1日魚沼線廃止。あれから30年以上経過し線路跡もわからなくなりつつある。セメントプラント脇に桜の木があり花びらが道路に散乱していた。

2023年の桜は3月下旬爆発的に開花しすぐに散っていった。
 

2023年4月12日水曜日

魚沼線西小千谷キハ47

1983年6月 魚沼線西小千谷  125D~126D

朝の魚沼線列車。来迎寺から121D~122Dで西小千谷往復後、123D~124Dで片貝まで、125D~126Dで西小千谷往復したのち来迎寺から長岡へ回送され機関区で待機し夕方再び回送されて129D~130D、131D~132Dと走り長岡に回送。客車列車1323レ最後部に連結されて新潟に回送する運用。朝の列車は前日の急行「うおの」に連結され長岡にて切り離して機関区取り込みであった。 1983年の時点では十日町快速、信越本線下り普通455Dに変更されている。画像の西小千谷は小千谷市街はずれで人けもない場所だった。現在は商業地となっている。

魚沼線運用は気動車2連でキハ58、キハ52、キハ47が末期に用いられていた。

 

2023年4月5日水曜日

魚沼線回送

1983年6月 信越本線 前川

1984年4月1日で廃止となる魚沼線への車両送り込み回送。気動車の2連が長岡と来迎寺の区間を人知れず走る光景が見られた。
 

2022年8月19日金曜日

森の中へ

2022年5月9日  旧魚沼線廃線跡

1984年3月31日国鉄魚沼線(来迎寺~西小千谷)廃止。廃止当時は気動車2連が4往復の過疎路線であった。廃止になり38年が経過。一般道路に転用されたり農道になったりで痕跡もわからなくなりつつある。この区間は片貝から西小千谷方面を見た区間である。いまも魚沼線の走った区間は人口が少ない場所であるが終点は商業地になっていた。
 

2017年9月10日日曜日

29622(9600形式)と魚沼鉄道客車 ハ2~新潟市中央区 自然科学館

2017年9月10日 新潟市中央区の自然科学館  魚沼鉄道(国鉄魚沼線)の休止前の軽便客車。
戦時中の休止期間に頸城鉄道に引き取られて活躍した。
1968年10月に頸城鉄道の一部廃止で廃車となりいったん新潟鐵工所に保存されたが1981年に自然科学館に展示された。

ということで30年以上ぶりに見学。昔瀬古龍雄先生らと見学して以来である。
くびき野レールパークにはハ6が残っているがこちらも魚沼鉄道出身である。廃止後神戸の篤志家に引き取られていったが2004年に頸城に里帰りして動態保存されている。

てっきり館内にあると思い全部見て回ったが見当たらないのでフロントに尋ねると割と引っ込んだ場所にあるとの事だった。ちなみに魚沼鉄道という用語では通じなかった「貨車のような車両」とか。
車内の様子  コンデジを高く持ち上げて撮影したもの。 車内には入れないのでご注意を。


ほかに現役経験のある車両としては29622蒸気機関車(米坂線)があるがいったん北海道に転属して廃車になった際に三笠鉄道村の9600形式と車体が入れ替わっているといわれている。
この機関車を見るのも30年以上ぶりであった。 瀬古龍雄先生以下この自然科学館で鉄道展が行われることとなりコレクションや写真など多数を展示したのも思い出である。全国組織の会だからできることであった・・・・瀬古龍雄先生もこの世にはない・・・

自然科学館には3階に鉄道関係のギミックがあり見学者でにぎわっていた。
現在ここで鉄道関連のイベントがされることはないようだ・・・