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2025年6月3日火曜日

奥羽本線新庄 2004年

2004年8月29日 奥羽本線新庄 秋田行き701系と陸羽西線キハ110
秋田へ向かう701系  

現在奥羽本線新庄~院内の区間は災害復旧に当たり架線を撤去して復旧した。

山形~秋田県境で利用者が少なく、電化設備が過剰になったこと毎年雪の時期に線路沿いの樹木の倒壊で架線切断などの事故が発生するため電化設備の利用をやめてGV-E400系などに置き換えることになった。

秋田新幹線と山形新幹線に挟まれ特急の運転もなくなり利用者減少 が進行しもはや幹線と言えるような状況ではなくなったという。

701系も奥羽本線新庄にくることは無くなった・・・・

現在米坂線も陸羽西線も列車が走っておらず新潟県から山形県内陸へは直接入れない状況となっている。(大宮から山形新幹線利用がベターなのであろうか?) 

2025年5月30日金曜日

会津点描


 2025年5月24日 磐越西線 山都~喜多方 一ノ木橋梁 キハ110系2連
 




 

 広田駅付近のE721系 駅舎と列車交換、快速「あいづ」など。現役車両であり注目度は少ない。快速「あいづ」のヘッドマークはなくなっていた。この区間を走るE721系の編成も2または4連となっている。それなりの乗車はあるが全盛期と比べるとかなり減少したように思う。それでも架線の撤去をまぬかれた会津若松~郡山間は都市間移動も多く幹線の面目を保っているように思う。

2023年6月3日土曜日

給水塔と719系

2007年7月8日 会津若松  運輸区構内で待機する719系。この年に455系と交代して磐越西線電化区間の主力となった。

719系の時代はあまりにも短く10年後にはすべて更新のE721系に置き換わってしまう。いまは1067㎜仕様の719系は「フルーティア」の700番代だけになった。話題にならないうちに静かに引退したJR初期の車両の一つ。

2022年9月24日土曜日

快速「あいづ」指定席

2022年7月17日 E721系 指定席部分

快速「あいづ」 E721系P-12編成の車内。一部がリクライニング席となったが、一般の座席との仕切りが小さく、落ち着かない。

戦前型電車にはこのような2等、3等の合造車が存在したがそれらが現代によみがえった雰囲気である。

2022年7月25日月曜日

磐越西線電化区間の主役


 2022年7月19日 E721系P10編成 ワンマン仕様

現在の磐越西線電化区間の主力E721系。近くで見ることはなかったが思ったより厳めしい車体であった。裾絞りの曲線も下部は直線につながりかつて見られた66系旧型国電を思わせた。車内はセミクロスシートでこれは国鉄型211系あたりから引き継いだ様式となっている。

E721系の編成は2連または2連をふたつつないだ4連で6連は無くなったようだ。

 快速「あいづ」の指定席はP12編成にあり郡山方向先頭車両の後ろ寄りになっている。 リクライニングシート装備であるがあまり落ち着きのいい場所ではない。

E721系ワンマン車は乗車促進メロディが装備されて発車直前にならされる。

2020年6月30日火曜日

快速あいづ~オハフ612752

2020年6月20日 猪苗代~川桁 E721系 快速「あいづ」1号
今年のダイヤ改正で一部指定席が導入。最後部の一部に指定席を示すラッピングが。
ラッピングのほかヘッドマークも取り付けられている(指定席車のある編成に限る)
かつて455系の快速「ばんだい」に一部グリーン席と座席指定を設置した時代があったが455系の引退とともに消えた。今回の指定席はそれ以来ということになる。
快速あいづを見聞後は喜多方市の「日中線記念館」へ。ここでオハフ612752を。
現役時代よりきれいな熱塩駅舎と保存の客車たち。
タチアオイが咲いていた。前回は桜が終わったころなので1年以上経過したことになる。
オハフ612752の内部。列車の走行音を聞くことができる。遠い蒸気時代の日中線のものであろう。スイッチを入れると一部の室内灯が点灯し現役の頃を思わせた。
木製の背摺りの客車は快適ではなかった。ただ昭和の頃はこんな編成が当たり前だったようで磐越西線ではよく見かけた鋼体化改造車だった。
日中線記念館にここで挙式された方のアルバムがあり新郎新婦がオハフ612752の内部で撮影された写真が展示されていた。おそらく鋼体化客車の現役時代を見たことが無かった世代の方かもしれない・・・・渋く決まっていた婚礼画像だった。
最後は一の戸橋梁でキハ110系の画像を・・・「ばんえつ物語」という主役が不在で、国鉄型気動車もすべて潰えた磐越西線であるが明治から大正に造られた古典的な橋梁たちは健在である。遠景に飯豊連峰をあしらって・・・


 原則として撮影者の集まる「ネタモノ」から足を洗い今は鉄道史を楽しんでいるので人ごみのないこの時期は最高の遠征だった・・・最近は図書館などで地方史の資料を見たして過ごすことが多い・・・







2020年6月28日日曜日

高原列車はゆく~沼尻軽便鉄道 その2

2020年6月20日 JR磐越西線川桁駅前  日本硫黄沼尻軽便鉄道はこの駅から出ていた。
終点の沼尻まで15.6kmの軽便鉄道だった。 開業が1913年(大正2年)で耶麻軌道と称し日本硫黄の子会社で硫黄鉱石輸送が中心だった。
戦後は石油精製から硫黄を得る技術が発達しコストのかかる硫黄採掘が敬遠され閉山。1967年(昭和42年)9月1日鉄道部門は磐梯急行電鉄として独立したが1968年(昭和43年)10月14日営業を休止しその後1969年(昭和44年)3月27日廃線となった。
川桁駅前にある石碑の裏側には沼尻軽便鉄道の歩み・・・経歴が刻まれている。

駅前の建物・・・・ちかくに沼尻鉄道の駅舎があったと思われる。左の建物もどこか旅館のような雰囲気があった・・・・


この沼尻鉄道を知ったのは1993年(平成5年)の鉄道ダイヤ情報が「磐越西線」の特集を組みその一環として紹介がされてた。
この記事の中にはかつて運転士だった男性と乗客だった女性が廃止後同じ職場に勤務するという記述があり胸を熱くした覚えがあった。

沼尻の保存車両が見たくて磐越西線の列車を撮影したあと(朝方は貨物列車、客車列車が運転されていた)沼尻までドライブをしたが保存車を見つけることができず戻ってきて保存車が沼尻ではなく猪苗代の磐梯山のふもと側にあることを聞いてそちらに向かった。
白津駅の停車場跡 文章の一部が欠落・・・停車場跡は道に面していた。かなり道路わきを走る区間があるようだ。今回は探索をしなかったのでここまでである。(違う目的もあるので今回はここでおしまい)
まだ沼尻駅の元駅舎が残っているようなので機会を作って訪れてみたい。
記念碑の表側 古関裕而作曲の「高原列車はゆく」の歌詞が表示。
 この歌が沼尻鉄道沿線だとわかったのはつい最近だった。(朝ドラ エール)
それまでは高原=信州と思い込んでいたので良い発見だったと思う。
併用軌道から終点に近づくと磐梯山が背後に見えて高原のような地形のところを走る。。
 DC121や客車たちの姿も沼尻付近の風景によく映えていたと言われている。
 硫黄の輸送のほかは中ノ沢温泉や沼尻温泉に向かう観光客や沼尻スキー場に向かう乗客に  愛されていた・・・・
 現在は静まり返った川桁の駅前であるが沼尻鉄道があった時代は線路が多数入り組んでにぎやかだったようだ。
客車のほかは気動車も保有していた。(ガソ101型 雨宮製作所の単短式二軸ガソリン車)さらに1968年(昭和43年)廃止になった仙北鉄道から気動車キハ2401、キハ2402、DC103も入線している。(参考文献 軽便鉄道 松本典久著 保育社 1983年 P9)

川桁駅前に桜の木が多数ありさらに小川が流れているが保育社のカラーブックスのP6~P8には桜並木とDC121牽引の客車2両が小川を渡りバックに残雪の山が見える写真が出ていた。一度は見てみたかった場面である・・・
磐梯山とE721系の列車。この日梅雨前線の北側に東北地方が入ったためか乾いた冷たい風が磐梯山の方角から吹いていた。稲は緑が濃くなり、夏蕎麦の花も咲いているのが確認できた。盆地のへりのこのあたりでも高原列車的な風情を楽しめた。このあたり冬が厳しいのでトタン屋根の住宅が多く北海道にいる気分だった。
軽便は無理でも最新鋭の電車と磐梯山で・・・ここも春は桜が見事のようだ・・・
(E721系ばかりの磐越西線は撮影者を見かけることもない・・・騒がしくなくてありがたい・・・なお東日本大震災で1番の編成と19番の編成が被災して廃車となっている。最新鋭であっても不慮の事故や災害で命を落とすことを忘れてはならない)
このあと磐梯山を愛でながら熱塩駅跡へ向かった。

参考文献 軽便鉄道 松本典久 1983年 保育社カラーブックス
     会津路ローカル線物語 1981年 金田善一監修 歴史春秋社
 









2018年8月13日月曜日

719系がんばる??

2018年8月11日 会津若松 719系とキハ40など 右手にはばんえつ物語12系が待機。
ふみきりからこれだけ眺められるのであるから素敵な場所である。
新津行き普通列車はキハ47の2連 30年前はDD51牽引の客車4連だった。現在は道路整備も行われかつ少子高齢化のためか鉄道利用は減少。このレベルでも足りる。さらに夏休みで高校も休み・・・・(堂島駅付近)
E721系会津若松行き普通列車。右が磐梯山だが山頂は雲で見えない。(広田駅付近)
719系郡山行き普通列車  貴重な一編成のためか撮影者多数。
のどかな会津の風景を入れてもう1カット。719系も磐越西線の主力としてはわずか10年程度だった。運用も激減してしまっている。磐越西線では国鉄型455系と新鋭E721の間に挟まれた薄幸な形式となっている現状であり無常を感じる。
E721系も1号が東日本大震災の津波災害で被災してこの世にない・・・



2017年5月9日火曜日

磐越西線E721系

5月6日 会津若松~広田  本年3月のダイヤ改正で719系からE721系に主力を引き継いだ。
このダイヤ改正ではワンマン運転も開始している。 719系はフルーティアに関連する運用のみ残存している。