北越コーポレーションコンテナ
化学薬品コンテナもある。
4059レは100キロ運転可能な貨物列車である。
2025年7月19日 HB-E300「あいづSATONO」 8251D会津鉄道AT700型 会津田島行き普通 8216D
キハ111‐203 4254Ⅾ 飯豊の山に残雪が見える。山に雪があっても盆地は真夏日を超えた。
わずかにまだ雪がある飯豊の山を背にC57180「ばんえつ物語」煙はもう薄くなった。
架線やブラケット、き電線が外され非電化路線に戻った喜多方~会津若松間
いくらかはすっきりした風景をあまり煙を上げないで走り去っていった。猛暑の日でも撮影者は10名以上あった。
残雪の飯豊の山々・・・
会津坂下町から見た磐梯山
3連休となったので会津へ出かけてみた。猛暑であっても観光客は多い。
快速「あがの」が無くなってから極めて不便になった。多くはマイカーそして高速バスに客が移り時間のかかる磐越西線は敬遠されているのであろう。
臨時快速「喜多方レトロ満喫号」
キハ110系の初期車はパイプスカートがトレードマーク。当初急行「陸中」で使用していたためリクライニングシートを装備していた。
リクライニングシートが並ぶキハ111‐3の内部。特急型と言っても過言ではない車内。
以降出てくる一般型キハ110系とは別格であり、特急並みの装備で走る急行であった。「陸中」の運用消滅後は快速などでの運用となっている。
リクライニングシート装備のキハ110系は300番台が1996年から1997年のわずか1年「秋田リレー」として走破し、秋田新幹線開業とともに一般車に格下げとなって今日に至っている。
本年7 月から9月毎週金曜日限定で全車座席指定の特急「イブニングウェイ」
1号が仙台18時15分発小牛田18時51分着(鹿島台、松山町停車)と仙台20時34分発石越21時36分着(鹿島台~石越各駅に)停車の下り2本。
1996年「秋田リレー」以来のキハ110系の 気動車特急の登場である。もっとも特急と言ってもかつてあった「ライナー」列車の再来と言えるかもしれない。
現在奥羽本線新庄~院内の区間は災害復旧に当たり架線を撤去して復旧した。
山形~秋田県境で利用者が少なく、電化設備が過剰になったこと毎年雪の時期に線路沿いの樹木の倒壊で架線切断などの事故が発生するため電化設備の利用をやめてGV-E400系などに置き換えることになった。
秋田新幹線と山形新幹線に挟まれ特急の運転もなくなり利用者減少 が進行しもはや幹線と言えるような状況ではなくなったという。
701系も奥羽本線新庄にくることは無くなった・・・・
現在米坂線も陸羽西線も列車が走っておらず新潟県から山形県内陸へは直接入れない状況となっている。(大宮から山形新幹線利用がベターなのであろうか?)
広田駅付近のE721系 駅舎と列車交換、快速「あいづ」など。現役車両であり注目度は少ない。快速「あいづ」のヘッドマークはなくなっていた。この区間を走るE721系の編成も2または4連となっている。それなりの乗車はあるが全盛期と比べるとかなり減少したように思う。それでも架線の撤去をまぬかれた会津若松~郡山間は都市間移動も多く幹線の面目を保っているように思う。
架線が取り払われたが架線柱に送電線?を残した状態。非電化の幹線でも山陰本線や函館本線、高山本線(地方交通線だが特急が多数走る)などはこのような区間がある。
笈川を通過する喜多方発会津若松行き普通列車この場所は国道121号線が背後にあって見通しのいい区間。すでに男性2名が撮影されていたので邪魔にならないように気を付けて・・・・
磐越西線喜多方~会津若松間には会津豊川、姥堂、笈川、堂島の小さな駅があるが、この駅は昭和戦前にガソリンカー運転に際し設置された停留場で原則ガソリンカーのみが停車。戦後も止まらない列車が圧倒的に多い。現在も通学時間帯中心に5往復の停車となっている。この例は両毛線にもみられたがそちらは昭和の時代に廃止されている。
磐越西線喜多方~会津若松間のこれら小駅は周辺に集落もあるが国道が並走してバスが多数運転のためか客はそちらに流れていくようである・・・
堂島付近 田植え間近。
この架線柱は今後撤去されるのか?
喜多方市では電化廃止に猛反発もあったというが郡山直通列車でも乗り換えでも所要時間は変わらないこと、老朽化で消えた719系フルーティアがハイブリッドカーのSATONOに置き換わり観光列車が郡山に引き続き乗り入れていることもあり反発も収まり電化撤去は無事に完了したようだった・・・
JR東日本では災害復旧で奥羽本線の新庄~院内の区間も電化を廃止して気動車による復旧で運転を再開している。本数の少ない幹線の場合このような方式が今後も取られるのであろうか?
2024年に磐越西線喜多方~会津若松間の電化が廃止されて架線と設備一式が撤去され非電化された。会津若松駅の分岐付近から喜多方までのすべての区間で架線撤去が完了した。
最近では奥羽本線新庄~院内間でも災害復旧の際電化を廃止している。今後はこのようなことも珍しくないと考えられる。
Web上で検索をしても要領を得なかったので実際に出かけてみて確認を行った。
鉄道があったころは駅前にも小さな商店街があったがいまは国道沿いのホームセンターやスーパーに集約された。この近くには給油所やコンビニもある。左を進むと金融機関や郵便局、市役所支所、医療機関、図書館分館もあって村の中心部の役割を担っている。
図書館分館はすいていてゆったりと資料を見ることができた。本館が観光地になってしまい車の停め場所に苦戦されられることを考えると天国である・・・・
弥彦線越後長沢廃止によりこの地域に関しては得らたものが多かったように感じる。まっすぐ快適に走れる国道ができて楽になったことは明白。ホームセンターやスーパー、給油所ができて拠点化が進んだ・・・・
この図書館分館でローカルな資料を拝読し連休の午後を過ごした・・・
昨日見ることができなかった3098レの時刻確認のついでに得た収穫。この列車は月一度の柳都shukuraの上り列車のダイヤだった。柳都shukuraが走らない際は回送などで使われるダイヤとなっているようだった。