朝もやも消えて快晴の空が広がる。梅雨入り前の貴重な快晴。雨の季節を前に走り抜ける列車たちを眺める。 この区間から定期特急「はくたか」が消えて10年経過して列車本数は減少したが風光明媚な風景はそのまま残っている。車両のことはひとまず忘れて風景を愛でる。
朝もやも消えて快晴の空が広がる。梅雨入り前の貴重な快晴。雨の季節を前に走り抜ける列車たちを眺める。 この区間から定期特急「はくたか」が消えて10年経過して列車本数は減少したが風光明媚な風景はそのまま残っている。車両のことはひとまず忘れて風景を愛でる。
EF81 134他 旧長岡車両センター
大沢で撮影にいそしむ各位に謝辞を伝え、六日町へ。ここで復刻塗装のHK100を目撃。従業員ではなさそうな人が車庫にいるが、帰宅後調べたら雪月花の乗客のイベントだったようだ。雪月花も片道7000円と安い(食事はなくスイーツのみ)こういう機会があれば乗車できそうだが・・・
梅雨入り前の午後越後三山が残雪を頂き、きれいに望める。上越線列車と絡めてみたいが、夕方の貨物列車も狙いたいので折り合いを・・・
上越線では六日町~五日町間がきわめて迫力を感じる、また大沢で出会った各位は北越急行ほくほく線魚沼丘陵へ行くとも言っていたが・・・
六日町から浦佐の区間はアップダウンのある盆地・・・上越新幹線が五日町を通過すると現れる。浦佐駅近くに越後三山を絡められる場所がありそこで上り新幹線を。E7系の編成が残雪の山の前をゆったりと走り抜けてトンネルへ消えていった。
小出で只見線キハを眺めて南長岡へ。ここでしばらくぶりに配8788レの牽引機EH200‐6が発車待ちする場面を眺める。他引退が近いEF81などを遠めに見て北長岡付近で水田地帯を走るEF510の3098レを下り3097レは遅れているのか来ないのでそのまま買い物をして帰宅した。 久しぶりに晴れの週末を楽しめた。梅雨入り前の乾いた空気に包まれた山岳地や盆地のたたずまいを堪能できた。
団体客を乗せて越後湯沢に向かう土休日にトキ鉄以外に進出するのは珍しい。
岩原スキー場前でE257系に振られたあとは四季島を狙うこととし、越後湯沢から国道17号を北上する。5月はすべての週末が雨にたたられた異常な5月だったが6月になりそのパターンが崩れた。乾いた晴天で山がよく見える(雨でも山がよく見えることもあるが)
四季島は小出で13時45分くらいなので、六日町の先まで行こうとすると追いつかれてしまうので石打~大沢の区間で折り合いをつけるしかなかった。大沢の集落を通って大沢駅へ。
ここでは列車利用の男性2名で関東方面の方、駅舎で休む男性でライダーさん、そして農家の男性が軽トラックで駆けつける・・・・
「特急列車が通過します」の放送を聴き特急ってなんだ?と関東の各位。これは「四季島」のことだと伝えると納得されたようで、ライダーさん、農家さん4名で四季島を撃つ !
大沢の駅は山間と盆地のへりにある駅でロケーションは最高である。山越えと里のいいとこどりの駅である(ただし食事をする場所は無いので17号線へ)
E001トランスイート四季島はミュージックホーンを鳴らしてゆったりと通過していった。平和な光景である。農家さん曰く「四季島」のフラグを振るとミュージックホーンを鳴らしてくれるとの事。
そしてもうすぐ「雪月花」ET122系が来るとの頃。いい情報を頂いたのでご相伴にあずかる。後でわかったことだが北越急行とタイアップした列車だった。
上越線で雪月花というレアな場面を見ることができたことを感謝し、情報をくれた各位にお礼を言って大沢を後にした。この各位とも一期一会なのであろう・・・・
ここでは「ネタ系」しか撮影できなかったので今度はEH200、E129系、HK100のレギュラーたちも記録しなければならないところ。
杉林を入れてスキー場を隠す。奥羽本線の庭坂のような雰囲気となる。
ここでは険しい山越えをイメージして。奥羽本線庭坂は純然な山岳路線で華は無いがここ上越線岩原スキー場前のカーブはスキー場銀座で冬はスキーヤーでにぎわい山岳路線の厳しさが幾分霞む感じとなる。今は海外のスキーヤーも多数訪れているという。さらにこの界隈のリゾートマンションを購入して住んでいる海外の人も。ただその一方で一時あったスキーの衰退期に廃業された民宿などがあり今年の豪雪で倒壊した建物が越後中里駅近くにあった。華やかなようであるが過疎化高齢化が容赦なく襲い掛かり厳しい試練に見舞われている今の時代を垣間見ることができる。
水上行きのワンマン2連 この区間はこんな列車でも絵になる最高場所。上越線が幹線の座を降りて40年が経過・・・今は短い列車が走るだけで特急も急行も走らない。貨物列車も多くはない。新幹線と高速道路に使命を譲り余生を送る・・・
ここで観光特急「谷川岳もぐら」のE257系の回送を待っていたが回送先が石打になっていたという。ならばE001「トランスイート四季島 」をここで見るのも一興と思ったが、帰宅して家事をする関係であきらめざるを得なかった・・・トランスイート四季島は結局大沢にて押さえることになったがここにいた若い愛好家各位より面白い話題を頂き・・・
昨年秋まで185系だった「谷川岳もぐら」「谷川岳ループ」は現在E257系に置き換わった。そのため撮影者の姿もほとんどなかったが遠く埼玉県からお越しの男性がおられたので、談話しながら撮影を楽しんだ・・・話の始まりは包丁の件で・・・燕三条の物産施設で包丁をお買い求めだったがまだ使う機会がないとかで・・・その後は上越線の話題で楽しい時間を過ごした。無線レシーバーご持参のため接近放送を聴きながら列車の接近を待った。
E257系「谷川岳もぐら」」の乗客はかなり多くこの方々が越後湯沢に向かわれたようだ。
昨年収蔵されたEF5861 入り口付近の線路が見える場所にて展示されている。この日はお召列車牽引の時代が再現されて、日章旗が取り付けられていた。
多くの家族連れ、友人同士、恋人同士といった方々が記念撮影などをされていた。
「撮り鉄」と言われている方々は博物館収蔵の車両に関心が払われることはなくあまり見かけなかった。
2004年5月に見かけてから、もう21年が経過した。越後路にやってきて新潟駅開業記念列車を牽引したものを見たのが最後で、以降首都圏に撮影に行くこともなかった‥‥
当日はこの機関車のほか、目的の車両を見聞し夕方帰宅した・・・・・
EF5861の新たな使命は展示されることで多くの方々にかつての活躍を伝えること、線路沿いを走る後進の列車たちを見守ることである。次のステップを静かに歩み始めたEF5861・・・
豪雪で雪が消えるのが遅かったがようやく無くなり、桜も満開となって遅い春がやってきた。
この付近にはほかに紅梅やこぶしも咲いていた・・・
4種踏切りの多い運転士泣かせのこの付近汽笛を高らかにならして通過。
こちらも汽笛を鳴らし高速で走り抜けていった。
撮影後帰宅して家事に専念した。
前途多難な整備新幹線 とは本年6月号で休刊となる鉄道ジャーナルの4月号特集記事のタイトル。この雑誌の休刊についての云々はすでに多くの方々が記事にされているのでここでは論評しない。ただ60年近い歴史を持つ雑誌であり、休刊は残念に思う。
メイン記事は「北陸新幹線」でありそれらの概要が記されている。昨年ようやく東京から敦賀まで開業した北陸新幹線であるがそこから関西へのルートはまだ定まっていない。政治問題で揺れていてまだ開通までは相当な年月を要するようだ・・・・
さて購入するきっかけとなったのは”凋落のメインライン22「上越線」”である。きわめて陰鬱な表題とともに現在の上越線の様子が紹介されていた。
上越新幹線の開業後は地域間の輸送とわずかに残る貨物輸送だけが残る実質「地方交通線」状態となった上越線の今が紹介されている。
今年の冬は顕著な豪雪で日中の列車を止めて除雪を行っている。このようなことは上越新幹線開業前には考えられなかったが乗客数が減少し地域輸送のみとなった現在はこれでもよしとしなければならないかもしれない。
おもえば最初に購入した鉄道ジャーナルは1978年6月号で特集は「上越国境に架ける鉄路」でありこの沿線の様子が詳細に記されている。引退間近の旧型国電も取り上げられて撮影などをするきっかけのなった特集だった。あれから45年が経過してしまった・・・・
鉄道ジャーナルは列車追跡と地域の様子を紹介してくれる雑誌であり解説も平明であってとっつきやすい印象が強かった。一方で社会派の凄味もあったので休刊は残念であるが時代の流れとして割り切るほかはないのかもしれない・・・・
仕事帰りの撮影。帰宅時間帯に見かける上越線貨物列車。踏切の場所によっては渋滞を引き起こす厄介な列車だが、通勤帰宅経路を踏切りのないルートに変更して仕事終わりの楽しみとすることもある。
すでに夕暮れ農家の方も作業を終えて帰宅。人けが無い山伝いの水田にはこれから刈り取られる稲があった。米不足の昨今農家も刈り取りに必死である。店頭から米が消えたことが話題になっているがまもなく何事もなかったかのように並ぶことであろう。いくばくか値上がりして。
長岡の郊外のこのあたり農村地帯そして小さな峠越えがある。貨物列車は汽笛を鳴らして、長大編成のコンテナを牽引して夕暮れの上越線を走り抜ける。
日中は貨物列車の姿はないが夕方は上下がこの区間で離合する。ここで貨物列車を見ることができるのもあとすこし。秋分の日を過ぎると秋が一気に進んで日没も早くなる。
無印良品の直江津店を見聞して無印の直江津食堂で食事も済ませ、直江津駅に戻って横須賀線色ET127‐8の編成を飽きもせず眺め13時01分のほくほく線越後湯沢行きに乗る。ほくほく線は今回のダイヤ改正で最高時速は95キロに減速となり、快速運転も消滅して並みのローカル私鉄となった。
直江津13時01分発の列車時間帯がいいのか座席は7割が埋まった。
犀潟で信越本線から別れてくびきへ。田植えが終わった水田をながめそこそこの速度で高架橋を走り抜ける。くびきからは丘陵地帯をくぐって六日町に向かう。十日町駅以外はすべて秘境駅レベルであるがそれなりに乗り降りはあった。土曜なのに高校生が多数乗っているのも意外だった。
十日町駅で大勢乗り込み120パーセントくらいの乗車率になった。列車は単行で週末の越後湯沢直通列車のため上越新幹線乗り継ぎの客が多くなるようだ。このあたりかつての特急「はくたか」の面影を感じた。
六日町でも立っている乗客があった。上越線内は停車駅も少なく往年の急行列車の雰囲気で越後湯沢に着いた。110キロ運転だと特急といえるが95キロだと急行レベルであろう。
座席も転換クロスではなくボックス席ということであれば。越後湯沢に到着すると乗客の多くは新幹線乗場へ消えていった。
筆者はここで185系臨時特急「谷川岳ループ」を迎え撃つことにする。
臨時特急として大宮に向かう。往路は土合駅の地底を楽しみ 、復路は湯檜曽駅近くのループ線を堪能することが目的の観光列車。この185系は1982年に製造、40年の車齢となってしまった。
ここ越後湯沢のホームに多くの人が集い古豪185系の雄姿を見守っていた。列車が大宮に向けて発車すると人通りは途絶え静けさを取り戻した。
185系は来月6~7日に越後平野を走ることが決まっている。これで見納めかもしれない。
「谷川岳もぐらループ」シリーズは秋も走るがE257系になる。
この日上越線でEF15重連運転を高崎第二機関区で各種機関車展示の一般公開が行われていた。
体調はあまりよくなかったが、EF5861も国鉄に承継されないで廃車のうわさが多数あり、機会を見ては狙っていた。
新潟県内では蒲原鉄道の村松~加茂間廃止、弥彦線東三条~越後長沢間廃止で盛り上がっていたがそれらに背を向けて高崎に出向いたのもよき思い出となっている。
結局EF5861は廃車どころかJR東日本に承継後されて大活躍をし平成の「1号編成お召し列車」を2回、各種ジョイフルトレインを牽引し愛好家各位を喜ばせたのは周知のとおり。
新潟県内にも何回かやってきたが、首都圏ほど人の出もなく静かな環境で記録できた。2004年5月4日「新潟駅開業百周年記念列車」牽引の大役を果たし、単機で上越線経由で田端へ帰区するところを見たのを最後に関りをなくしてしまった。首都圏ではその後もイベントに入っていたようだったが・・・・昨年終の棲家大宮の鉄道博物館に車籍を残したまま収蔵されたが2023年5月31日除籍。EF58という形式は線路上から消えた。今後は機会を見て保存機などの巡礼に励みたいと考えている。