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2025年8月26日火曜日

えちごツーデーきっぷ 糸魚川から豊栄

2025年8月23日 えちごトキめき鉄道ひすいライン 糸魚川駅 遠くに親不知が見える。左手は北陸新幹線。


 ET122‐6 1631D 泊発はねうまライン新井行き 先頭は横綱大の里ラッピングET122-3途中手を振る女性に遭遇!!大の里のファンに違いない。

浦本駅 ここからトンネル区間 エンジンが車内に響く。2両編成だがあまり空いていない。

直江津駅でクハ455‐701を 本日観光急行は運休。代わりにはねうまラインにて謙信公祭の輸送列車にあたる。出陣とは上杉謙信が出陣する光景を再現するもの。本年は時代劇大スター松平健が馬上の上杉謙信を務めた。猛暑にかかわらず大勢の見学客で盛り上がった。

鉄道関連の資料のある場所のはしごをするため直江津に来たので謙信公祭は見に行けなかった。(夏バテのため炎暑の屋外が苦手になった)

*この日は先に糸魚川のジオパルでキハ52を楽しみそのあと模型レイアウトとコレクション、蔵書を見学。雑誌が中心だが現場で使われた教科書も置いてあった。各地の愛好家の寄贈品であるという。糸魚川も直江津も資料見聞が目的であった。

ここで改札を出てセンチュリーイカヤに併設の「直江津学びの交流館」へ。1階は直江津駅のジオラマとコレクションが少々・・・ほか直江津エリアの写真もごくわずかであるが展示されていた。糸魚川に比べると少なく印象に残りずらい・・・・

図書館は3階・・・鉄道図書は糸魚川とは比べ物にならないくらい多い!国有鉄道百年史は全冊あった。また明治からの時刻表も多数・・・リファレンスには事欠かない様子だ!冷房の効いた館内フロアは割とすいていて快適だった。ここでは一癖ある書籍を見かけたのでつまみ読み・・・・

図書館の中はゆったりした時間が流れている。


 

ET127V3とならぶ長岡行きのE129系A17 直江津12時26分発長岡13時53分着。

黒井でコキから降ろされたカマボココンテナを発見。80レ~85レはEF510-509


 直江津からの乗車はすくなく2両でガラガラ。柏崎は1番先着。ここで相当人数が乗り込んで座席のほとんどが埋まる。来迎寺と宮内でもかなり乗車があって立ちが出て長岡に到着。長岡で改札から出て一息入れようかと思ったが駅到着前に上沼垂色E653系「しらゆき」6号、そのあと新潟行きの「しらゆき5号」や3093レEF510-5があるのでそれを狙う。暑いのでお茶を買うが買い物は今回それだけ。(ほかに直江津売店でパン1個 昼は眠くなるのであまり食べない。もちろん業務の時も)

長岡駅5番線 E129系B22編成 この列車で新潟へ・・・えちごツーデーはトキ鉄の市振から羽越本線府屋、上越線は宮内~越後中里間、磐越西線新津~野沢間、トキ鉄直江津~妙高高原間、上越新幹線新潟~越後湯沢間(新幹線料金は必要)他飯山線越後川口~津南、米坂線坂町~小国(現在バス代行 この切符の利用可否はJRにお尋ねください)只見線小出~大白川間 価格2800円 2日有効である。ワンデーきっぷが廃止されているのでこの切符もいつまで存続されるか不透明である。あまり先がないように思う。来年は運賃の値上げがありそれと同時か・・・・

東光寺付近  

列車は6連であり快適に移動。三条駅でかなり乗車し東三条で三条駅より少ない人数乗車があった。加茂で乗車が多めのほかは新津まで変動なし・・・新津からの各駅は乗車が多く立ち席発生。新潟車両センターにキヤE195が多数停まっていた。

新潟駅1番線 白新線 豊栄行き B16編成

新潟駅発車時は空席が目立つ。


 

新潟駅高架から・・紅白煙突は北越コーポレーション 上沼垂信号所から白新線に入ってやがて新潟貨物ターミナルの線路が見えてきて東新潟。


 新崎~早通間 阿賀野川  泰平橋を遠く望む その向こうは国道7号があり阿賀野川河口となる。左に新潟空港がある。現在新潟~大阪間の移動は空路が主流である。

豊栄駅改札口 糸魚川を午前に出て途中直江津の図書館で一息・・・16時台に豊栄に着く。この切符だと府屋~市振の日本海沿いの移動が可能。ツーデーが無くならないうちに行ってみたいものである。このあといなほ10号を捉えて乗ってきた編成で新潟に。途中駅で乗り込みが多数。わずか1分弱で直江津行き快速に乗車した。 

 

2025年8月22日金曜日

羽越本線の駅~府屋

2025年7月12日 羽越本線 府屋
府屋駅上り線と跨線橋 この駅は特急「いなほ」停車駅

府屋駅の駅名標 背後に大きな建物が見える。

ひすいライン市振まで続く新潟県内の日本海沿いの駅。新潟県内で日本海に沿って走るのは羽越本線の府屋~村上間、信越本線の柏崎~柿崎間、えちごトキめき鉄道ひすいライン直江津~市振間である。越後線の関屋分水の橋梁や、えちごトキめき鉄道はねうまラインの二本木~関山間で遠く日本海を遠望できる。

1924年7月31日 羽越線鼠ヶ関~村上駅開通時に開業。1965年3月現在の駅舎に改築、1984年2月1日業務委託駅となる。(1月20日に貨物扱い廃止)1984年3月14日荷物扱い廃止、1987年4月1日JR東日本の駅となる。2022年3月11日「みどりの窓口」廃止、3月12日無人駅となる。現在の利用数は乗車が56名(1日平均)

この周辺は国道7号、府屋漁港、村上市山北支所 、村上消防署山北分署、ほか、金融機関や郵便局もある。新潟県北部の駅でありうみぞい駅としては糸魚川市市振駅と類似するが市振が難所を超えて切り離された場所にあることに対しこの駅は合併前の山北町の中心でとなりの温海町(現鶴岡市)にほど近い。また新潟県と山形県の県境はつぎの鼠ヶ関駅近くであるため場所によって県境が分かりにくいようだ。市振駅と異なり秘境ムードはほぼない。

個人的に県境駅で秘境駅的な場所は上越線土樽、米坂線越後金丸、磐越西線豊美、只見線大白川、だいたいこのあたりであろうか? 

 

松尾芭蕉 奥の細道

酒田のなごり日を重ねて、北陸道の雲に望む。遙遙の 思い胸をいたましめて、加賀の府まで百三十里と聞く。鼠の関を越ゆれば越後の地に歩行を改めて、越中の地市振の関に到る。この間九日、暑湿の労に神を悩まし、病おこりて事をしるさず。 

 

 この界隈の記述では出羽の鼠ヶ関から越後に歩みを進めた時点で心はすでに加賀の金沢にあり出羽から加賀への長移動中に憂いを見せているように記されている。途中病気を発症し越後でもあまりいい印象もなかったようで「荒海や佐渡に横たふ天の河」の句が出雲崎付近でよまれ、以降越後路の果て、芭蕉は厳しい親不知を抜けて市振にたどり着いたのでそこが越中だと感じていたようだった・・・・「一つ家に遊女も寝たり萩と月 」越後で詠まれた句はこの2つだけ・・・

芭蕉は遠く加賀金沢に思をはせながら日本海沿いに歩みを進んで行ったことに間違いないようだった。 

2025年8月21日木曜日

羽越本線酒田駅のオブジェクト(酒田機関区の模型ジオラマ)

2025年7月12日 羽越本線酒田  1番線  酒田機関区の模型
かつての蒸気機関車時代をイメージしたものか
扇形機関庫、転車台、蒸気機関車 ペーパークラフトらしいが精度が高い
酒田は北前船の寄港地 このような光景が見られた。庄内の米が北前船で津軽海峡や、北陸、山陰を経由して江戸や大阪に運ばれた。


 

現在の酒田運輸区のなごり。庄内総括センターとして2022年3月12日発足。酒田駅、鶴岡駅、酒田運輸区を統合したもの。

 

酒田の車両基地は1914年12月14日設置の酒田機関庫のち統廃合を行い1936年9月1日酒田機関区となって蒸気機関車1972年10月の電化完成後電気機関車EF81の基地となった。EF81は国鉄分割民営化直前の1985年3月長岡運転所に転属するが酒田機関区の札をつけて活躍をした。

1951年4月1日酒田客貨車区設置。客車の基地で1978年10月には新潟鉄道管理局で最初に50系客車が投入された。

1986年3月3日 酒田機関区と酒田客貨車区を統合して酒田運転区、国鉄分割民営化後JR東日本に移行後の1989年10月16日酒田運輸区となった。

1989年7月1日  客車列車廃止で50系は転出して配置車両はなくなった。

酒田機関区の区名札は「酒」 客車の表記は「新サカ」であった。

今は規模も縮小したがかろうじてわずかに残る車庫に往年をしのぶことができる。 

2025年8月20日水曜日

羽越本線 交直切り替え地点

2025年7月12日 羽越本線 村上~間島間 切り替えの文字が

 村上駅を出て少し行った場所に直流1500Vと交流2万V 50㎐の切り替えデッドセクションがある。

電源切り替えはEF510牽引貨物列車とE653系「いなほ」のみ。普通列車はすべて電気式気動車GV-E400の運転であり 架線電流の切り替えが問題になることは無い。

2025年8月18日月曜日

GV-E-400 秋田色


 2025年7月12日 奥羽本線 秋田 GV-E400‐9 秋アキ 1654D

五能線から東能代そして奥羽本線普通列車1654Dとして秋田まで戻ってきたGV-E400‐9

このあとは車両センターへ回送される。

このGV-E400の運用は奥羽本線の新庄~院内間でも運用される。この区間も災害復旧に当たり電化設備を廃止して非電化路線として今年の春運転再開をしている。

秋田駅周辺も日中は電車またはEV-E801系だけと思ったら気動車の姿も見ることができた。

五能線も一度は揺られてみたいがかなうときはあるのか・・・・ 

2025年8月11日月曜日

日本海縦貫線から眺める 象潟~市振「奥の細道」

2025年7月12日 羽越本線 象潟 


 

象潟駅 海側 松の木と象潟のイメージの庭園

象潟~金浦間 1689年に芭蕉が訪れた時代は湖面だった象潟はその後、1804年の地震で隆起して陸地になった。芭蕉が「松島は笑うがごとく、象潟は恨むがごとく」と記している。

「象潟や雨に西施がねむの花」 

鳥海山  羽越本線遊佐~吹浦

「あつみ山や吹浦かけて夕涼み」 *あつみ山は鳥海山の誤認という説がある


羽越本線 最上川橋梁から *午前撮影

「暑き日を海に入れたり最上川」

もうひとつの「五月雨をあつめて早し最上川」は最上川上流で読まれたもの 

羽越本線からみた粟島の夕景・・・出羽から越後へ 芭蕉は延々と歩いて旅を続ける。

信越本線 鯨波付近 北国海道から佐渡を望む・・
 

酒田のなごり日を重ねて、北陸道の雲に望む。遙遙の 思い胸をいたましめて、加賀の府まで百三十里と聞く。鼠の関を越ゆれば越後の地に歩行を改めて、越中の地市振の関に到る。この間九日、暑湿の労に神を悩まし、病おこりて事をしるさず。

「文月や六日も常の夜には似ず」

「荒海や佐渡によこたふ天河 」

日本海縦貫線は出雲崎駅のある越後線を包含しない。芭蕉が歩いた出雲崎は海岸沿いの町であり、海岸から離れた越後線の出雲崎駅付近から奥の細道のイメージはできない。

「荒海や」の句はそもそも実際に見えた情景を読んだものではないという説もあり、かなり多くのの論点を含んでいると考えられる。体調不良と暑さに苦しんだ越後でのことはほとんど記述されないことがこの句が名句に なったという見解もあるようだ。出雲崎を通ったのが旧暦7月4日である。8月のお盆前くらいであろうか?本来は海は穏やかな季節。荒れた海にに天の川が横たわる光景を見ることができたのか?


市振の海道の松・・・・旧暦7月12日

ひすいライン市振駅 ここがあいの風とやま鉄道との分岐駅 市振の関と反対側に富山県境の境川が流れている。親不知の険が終わってもまだ越後路というのも少し不思議ではある。糸魚川というより、富山県の朝日町の経済圏のように感じるが・・・

ちなみに出羽の境の鼠ヶ関は集落がつながった状態で県境となっている。鼠ヶ関付近は場所によって新潟県村上市、山形県鶴岡市となるようだ・・・

秋田から富山の区間の共通点として山が迫ってわずかな平地そして海は吹浦~上浜間の有耶無耶の関(鳥海山の裾が海に落ちる場所)あつみ温泉~府屋(ここも急峻な山岳地帯が海に落ちる地形)、笹川流れ、角田山と弥彦山の海に落ちる場所、柏崎~柿崎間の米山峠、直江津~糸魚川間の旧北陸本線沿いの地滑り地帯、北アルプスが海に落ちる親不知~市振の区間・・・似たような要害が連なる山形県庄内と新潟県の海岸である。他福井県にも険しい地形が連なる場所がある。北陸トンネルの前後で国道8号は親不知に似た狭隘な勾配区間となっている。

一つ家に遊女も寝たり萩と月 市振でよまれた句。以下に奥の細道の原文を紹介する。

今日は親知らず、子知らず、犬戻、駒返などという北国一の難所を超えて、疲れ待てれば、枕引き寄せて寝たるに、一間隔てて西の方に、若き女の声二人ばかり聞ゆ。年老いたる男の声も交じりて物語するを聞けば、越後の国新潟といふ所の遊女なりし、伊勢参宮するとて、この関まで男の送りて明日は故郷に返す文したためて、はかなき言伝などしやるなり。

白波のよする汀に身をはふらかし、あまのこの世をあさましう下りて、定めなき契り、日々の強引いかにつたなしと物言うを聞く  寝入りて明日旅立つに、われわれにむかひて、

「行方しらぬ旅路の憂さ、あまりおぼつかなう悲しく待てれば、見えかくれも御跡をしたい侍らん。衣の上の御情けに大慈の恵みをたれて結縁させ給へ」と泪を落とす。

「不便な事に侍れども、我々は所々にてとどまる方おほし。ただ人の行くにまかせて行くべし。神明の加護かならず恙なかるべし」と言い捨てて出つつ、哀れさしばらくやまざりけらし。
 

 

2025年8月7日木曜日

羽越本線車窓から~日本海の夕景と鳥海山 GV-E197採石工事列車

2025年7月12日 羽越本線 女鹿  工事列車と遭遇!
女鹿~吹浦 道路はかつての国道7号 鮮やかな日本海が車窓から望めた
雲が多くかかるが鳥海山を望む 遊佐付近 広大な水田地帯

羽越本線沿線は駅前でも鶴岡、余目、酒田駅以外は水田が広がる。


秋田から酒田まで乗車した701系N15編成 546M 秋田15時40分発酒田17時27分着

2時間を切るしゅん足のローカル列車。 



少ない乗客がおりて誰もいなくなった車内 座席に西日が当たる。2時間程度の移動では特に苦になることは無かった。座席のかけ心地も悪くない。


 酒田から乗り換えた新津ゆきのGV-E400‐3 832D 酒田17時34分発新津着は21時4分

3時間30分の長丁場。この列車はかつて秋田~新津間客車列車の生まれ変わりと思われる。 

東酒田駅から見た鳥海山 雲に覆われた 林の向こうは高速道路?
雨留目駅から見た陸羽西線代行バス・・・いつ陸羽西線が復活するのか?


 

18時30分を過ぎたあたり、五十川~あつみ温泉の区間からの夕陽。新津行き普通列車は鼠ヶ関で1両に3人という状態となった。坂町あたりから利用者が増え新発田で白新線に乗り換えの人が多数おりて新津に到着する。

 

2025年8月4日月曜日

男鹿線雑感~終着駅に舞う大漁旗

2025年7月12日 男鹿駅前 大漁旗が多数舞う 操る女性たちも見事である。

なまはげも見かけたが撮影はかなわず 

船越水道 日本海の方向

八郎潟方向

    

寒風山と風力発電機
船川港 

ふと思い立って秋田まで強行軍をしてもう1か月近くになった・・・ 

2025年7月23日水曜日

E751系特急「つがる」

2025年7月12日  E751系 特急「つがる」 A101編成 クロハE751-1
折り返し「スーパーつがる」 秋田駅でE653系「いなほ」1号を受けて青森に向かう。

停車駅は東能代、鷹ノ巣、大舘、弘前、新青森、青森となっている。


 

2025年7月15日火曜日

夕暮れ特急

2025年7月12日  下り「いなほ」11号

いなほ14号  E653系

 


日没の進む新潟県北部の越後寒川駅を特急「いなほ」が通過する。わずかな残照を側面に受けて走る。待避する新津行き普通列車は15分以上の停車。わずかな乗客も日没の海を眺めたり、電話をしたりして過ごしていた。