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2025年6月18日水曜日

梅雨の煙~C57180

2025年6月14日 C57180 8226レ

梅雨空で湿度の高い日。週末運転「ばんえつ物語」が煙を上げて通過。かわり映えしない画像であるが蒸気機関車は煙の出具合で画像のイメージが変わる。通過数分前まで誰もいなかったが、通過間際に数名家族連れが現れて手を振る光景が見られた。体全体を振って手を振る人も。蒸気の人気は衰えない・・・・

考えてみれば蒸気機関車や客車を令和の現在でも眺めることは極めてありがたいことだ。
 

2025年6月2日月曜日

だしの風「ばんえつ物語」5月最終日


 2025年5月31日 C57180 8226レ 「ばんえつ物語」

阿賀野川の流域のこの区間しばしば東側からの風~だしの風に見舞われる。

煙の位置が後ろにあって目立たなくなっている。煙も春先に比べるとかなり薄めになってきたように感じる。

 

2025年5月25日日曜日

電化廃止後の磐越西線喜多方~会津若松間の今

2025年5月24日 喜多方駅 架線が撤去された。トラスビームだけが残る
塩川~喜多方間(会津豊川) 架線設備は架線柱のみ。
架線柱は残ったが送電の部分は撤去されない。架線柱にケーブルが設置の区間があった。
塩川駅近くの踏切から喜多方側を見る。
塩川駅を望む。架線撤去されたトラスビーム
塩川駅にて。喜多方行き普通列車
喜多方方向を見る。 キハ110系2連
塩川~会津若松間(堂島) C57180 8226レ ばんえつ物語

2024年に磐越西線喜多方~会津若松間の電化が廃止されて架線と設備一式が撤去され非電化された。会津若松駅の分岐付近から喜多方までのすべての区間で架線撤去が完了した。

最近では奥羽本線新庄~院内間でも災害復旧の際電化を廃止している。今後はこのようなことも珍しくないと考えられる。

Web上で検索をしても要領を得なかったので実際に出かけてみて確認を行った。


 

2025年4月27日日曜日

爆煙!~ばんえつ物語

2025年4月26日 C57180 8226レ 見事な爆煙
1線スルーの新関駅を一気に通過する
構内を出たところで絶気運転か?
最後部は展望室付きグリーン車。

先に構えている70歳代と思う男性と雑談しながら待ち構える。
 

2024年11月17日日曜日

霧と紅葉の弥彦

2024年11月16日 弥彦駅 E129系 吉田行き
弥彦駅に隣接する弥彦公園 紅葉が進んだ。
楓のグラデーション
観月橋1

観月橋2 早朝で人が少ないように見えるがすでに多くの人が撮影や散策をしていた。
針葉樹を背後に

弥彦駅で見かけた資料。戦後間もないキハ41600型。弥彦線東三条駅付近。戦前から戦後に走ったガソリンカー。機械式気動車である。晩年はエンジンをディーゼルに換装して走っていた。

戦前のキハ41000型 軌道が脆弱な越後線と弥彦線では主力として使われていたようだ。

 6250型蒸気機関車。

2024年7月22日月曜日

梅雨の蒸気機関車

2024年7月20日 新津 C57180 ばんえつ物語25周年マーク付き

最近は自宅周辺の撮影が多く、家事の合間に貨物列車を見る程度だが、雨の日は蒸気機関車が似合うと考え新津へ。梅雨空の中C57180は煙を上げやってきた。

現在大型蒸気機関車が7両もの客車を牽引しているのは「ばんえつ物語」だけとなっている。

2023年7月9日日曜日

D51827 トキ鉄レールパーク

2023年7月2日  直江津駅 D51827 

トキ鉄のコンセプトが413系国鉄色に乗ってD51827を見ることだという。

この日413系は仕留めた。最後の締めにD51827を眺めて切符売り場に向かう。

軽便、貨物並び、急行列車、最後にD51827 夢の時間が終わった。


2023年7月3日月曜日

くびき半夏生

2023年7月2日 上越市頸城区 くびき野レールパーク

あじさいの向こうにコッペル2号機 公開日ではないが見学する団体があり入れ替えのため外に出したとの事だった。半夏生のの日曜日。

2022年7月24日日曜日

最期の国鉄型


 2022年7月17日 C57180 「ばんえつ物語」

13時35分新津からの8226レばんえつ物語が到着。13時を過ぎたあたりから構内がざわついていたがほとんどが「ばんえつ物語」目当ての方々。多くは家族連れで会った。

会津若松駅に到着するこの列車が唯一の機関車牽引列車。2番線に到着。出迎えのスタッフに見守られて多くの乗客が降りてきた。中線には「喜多方レトロ満喫号」のキハ110系が待機していたのでそれらを絡めて見聞する方々も多かった。

この日スタッフの出迎えを受けていたのは「風っこ」キハ48トロッコ、キハ110系の「喜多方レトロ満喫号」そして「ばんえつ物語」の3本だった。C57180牽引の客車列車である「ばんえつ物語」は今となっては最後の国鉄型であり特に人気が高いと言える。

40年前の磐越西線はキハ40やキハ58、DD51ディーゼル機関車やED77電気機関車の牽引する客車列車、485系特急「あいづ」、455系急行「ばんだい 」があった。それらは現在みられなくなり気動車はキハE120、GV-E400系、電車はE721系に統合された。特急の運転もなくなり普段は地味なローカル線となった。非降雪期の週末運転のC57180牽引の「ばんえつ物語」が国鉄時代の面影を残している。

2番線に到着した「ばんえつ物語」はC57180が推進運転で郡山方向に引き上げ、只見線乗場5番線のすぐ脇の線路を通り一旦停止して「ばんえつ物語」編成を切り離し、会津坂下方向にC57180のみが引き上げていった。その後は会津若松運輸区に入区して方向転換と仕業検査をおこなって15時27分発までの時間短い休息となる。

2021年3月30日火曜日

えちごトキめき鉄道直江津運転センター見学2 温もりなき蒸気と仲間たちワフ

2021年3月20日 えちごトキめき鉄道直江津運転センター扇形庫内

この場所に来たかった理由が奥に見えているワフ。ワフは車掌車と無蓋貨車の合体したものと定義していい。和歌山の有田川鉄道公園からD51827と一緒にやってきたもの。


 ワフとヨ(車掌車)貨物積載部分を持たないもの。形状がかなり異なる。1985年3月のダイヤ改正で連結がされなくなり多くが余剰車両としてヤードの奥に留置され解体されていった。幸運なものは工事列車やイベント用に改造されるかまたは保存されたしたががそれはごくわずかだった。

D51827とヨ6314、ヨ6318 ダミーの煙が庫内にこもる。


 ワフ29603 車内 ストーブと腰掛け

ワフ29603内部その2 テーブルなどが見える 車掌が執務をする場所だがこの車両にはトイレはなかった。


ヨ6314の内部 えちごトキめき鉄道にやってきたもう1両も木製の椅子席が設置されている。機関庫がSLパークとしてオープンすると一般客を乗せて駅までのわずかな区間を運転される予定である。

D51827と入れ替え用のDL

 


 


2019年9月20日金曜日

コッペルひとりぼっち~くびき野レールパーク

2019年9月14日 コッペル2号 手前にいたニフ1が屋外へ。また左手の線の貨車もすべて屋外に出たためコッペルのみ留守番となった。お昼休みのひとこま。

2018年12月3日月曜日

C622

1983年10月10日 梅小路機関車館  検査中のC622 初めて見る巨大蒸気に圧倒されたひと時。

機関車表より引用
 C622 日立製作所笠戸工場=1930 1948-05-20 S88.00t2C2T(1067)
車歴;1948-05-20製造(ボイラーD52455)→納入;国鉄;C622→配属[達181];広島局→
1948-05-29落成→1948-06-14配置;糸崎→1948-06-19使用開始(到着日?);広島局→
1950-08-10(8/12着)宮原→1951-00-00頃つばめマーク取付→
1953-01-00重油併焼装置取付(鷹取工場)→1955-01-00標準型に改造→
1956-11-25保留機関車に指定;吹田保管→1957-01-08保留機関車指定解除→
1957-01-19新缶交換(鷹取工場)→1957-01-21(22?)宮原発→1957-02-07小樽築港→
1958-01-00重油併焼装置交換→1972-09-13梅田発;梅小路→1979-03-28廃車;梅小路→
1972-10-10動態保存;京都府「梅小路機関車館」;C622;梅小路→
1987-04-01動態保存;京都府JR西日本「梅小路機関車館」;C622→
以下略(最終走行距離=2,595,012㎞)→2011-04-01現在;梅小路運転区

2018年8月27日月曜日

夕暮れ上越線

2018年8月13日 横川14時10分普通列車で高崎へ。211系の3+3の6連。混雑もなく快適であった。
高崎到着後は16時33分発の上越線水上行きで帰ることにし、しばらく高崎界隈を眺めてくることに。改札を出て上り方向左手に進んで新幹線の下をくぐってベストリアンデッキに。高崎駅のショッピングセンター街も見事なものである。(新しい新潟駅も比べるとかなり貧相に・・・)
鉄活動なので高崎車両センターを眺めてきたいと思う。雨はやんでいた。
10分程度新幹線高架の道路を経由で左に回って競馬場通りという道に出てさらに高崎線の線路を目指す。競馬場とはかつて高崎にあった地方競馬のことで現在は廃止。三条よりは大きかったような気がする。
さて高崎車両センターのレアな色のキハ111+112 公道から1カット(トリミングしている)1986年に登場したキハ38型にちなんでいる。キハ38はキハ30系とともに高崎で八高線などで走った後八王子~高麗川間電化とキハ110系導入で久留里線に転出しさらにキハE130の投入でいまはミャンマーに転出するに至った。

DD51842(左)とDD51888 高崎車両センターの人気機種。DD51842は御召機関車。
EF6019 右手に少しEF65501奥にEF641052 高崎のスターたちも休息中。
ちなみに市道の踏切から。交通量が多いので自動車にはねられないように注意。
さてここで駅の方に折り返して線路伝いの道に進んで上信電鉄の鉄製貨車とついこの間まで走っていたJR107系。
名車オハニ3611 1986年11月改正までは福知山にあって山陰本線で行商列車として走っていた。車内は魚介類の行商人が香住から豊岡あたりまで利用していた。その後高崎にJR東日本管内でレトロ車両として活躍している。

1956年鋼体化客車のオハニ63のTR11を軽量客車用のTR50と同じ溶接構造を持つTR52に交換して登場した。
座席間隔が急行と同じため急行や特急「さくら」「あさかぜ」などにも用いられた。
伴走車 オヤ12-1 SLの回送で連結される。 塗装は12系色のまま。
高崎駅東口?ベストリアンデッキからの眺め。前橋とともに北関東の雄都である。
この時間まだ雲行きは怪しくなかったが南側から雨雲が近づいてきていたようだ。
このあと土産店で仏前に供える菓子を購入(その前にベストリアンデッキ前のセブンで飲み物を)みどりの窓口で東三条まで普通乗車券のみ購入。3350円なり。通しで買うと4000円だが横川~高崎で500円、今の3350円で計3850円ということでペットボトル1本分浮いたことになる。
高崎16時33分発水上行きに乗車。211系3000番代ロングシート。結構混雑していた。
天気は雨が強くなってきたうえたち客が多数のためペットボトルの飲料を飲んで、横川で買った鉄道ピクトリアル「アーカイブセレクション 国鉄幹線の記録上越線信越線」を読む。列車はできてまだ歴史の浅い高崎問屋町に停車、井野を過ぎて新前橋。お座敷電車宴が停車していた。他は211系のみ。両毛線を右手に分かち山手に進む。遠くに赤城山が裾を広げ丘陵と平地の境目を進んで渋川。吾妻線の乗換駅。幾分車内が空いてきて、利根川を渡って敷島、津久田、岩本、沼田と進む。利根川の流れと鉄橋が多数あって見どころを形成しているさらに険しい岩肌と深い谷筋がここが上越線南部のハイライトであるがあいにくの雷雨で暗くて電車の窓もきれいとは言えないため撮影できず。水上は17時38分到着、ここで長岡行き17時49分発に乗り継ぐ。乗り継ぐ人はかなりあった。
高崎行きの211系と長岡行きのE129系4連。
水上も随分寂しくなった感じがある。行楽客も多くないし駅前の店は閉店している店もあった。
ここ数年で急激に衰退した。
蒸気機関車のをイメージした駅名標 いまや蒸気機関車は重要な観光資源。
水上を出て左手に水上機関区の跡地。わずかにD51745と転車台も。
東京から列車でやってくるといよいよ山深いところにぶち当たり旅の憂いを感じさせる場所にやってきたことになる。雨の日は特に梅雨く感じるかもしれない。
利根川を渡って深い山間へ。新清水トンネルに入って湯檜曽。
湯檜曽の次は「モグラ駅」の土合。何名かの人が降りて行った。下り線は改札口まで462段の階段ででなかればならないことで有名。
新清水トンネルを出ると新潟県に入り土樽。湿気と地上とトンネルとの温度差で窓が曇って外が見えにくくなった。越後中里でがらんとしたスキー場と休憩用の客車を眺め、防雪林や大カーブを通って越後湯沢。新前橋から延々と上越線の撮影聖地を巡ってきたが 越後湯沢で大休止。
18時22分着で18時47分発。新幹線の乗り継ぎの便宜だろうか?
越後湯沢駅前 水上よりこっちが活気がある。ここからタクシーでホテルに向かう人も多いのか?ただ在来線ホームががらんとして活気は全くなかった。
特急「はくたか」もすっかり過去の話。

在来線は改札口の仕切りもなかったのでうっかり切符を見せないで通過してしまい女性駅員に切符を見せろと言われる始末。(新幹線の乗り換え口は自動改札がある)

越後湯沢ではセブンでおにぎりと飲み物と小さな弁当を1個。E129系の中で食べるためである。越後湯沢ではほくほく線電車も停車していたが客扱がされていなかった。
電車に戻ると乗客も増えてラストコースに。

魚野川沿いに走り石打に。全く活気無。スキーは車で来る人がほとんどだろうか?
駅の構造も簡素化が進んで上下本線と電車留置線1本のみ。
塩沢はレトロ街が付近にあるが駅からは見えない。「北越雪譜」の作者鈴木牧之の出身地。
六日町が一応の中心駅でかなり降りていった。ほくほく線列車も待機あり。
すっかり日の暮れた上越線を走り長岡に着いたのは定刻20時2分。長岡到着前にEF510-507の貨物4090レが停車していた。
長岡で新潟行き463M E129系6連に乗り換え東三条着20時36分 久しぶりの在来線の長時間乗車が終わった。