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2025年8月21日木曜日

羽越本線酒田駅のオブジェクト(酒田機関区の模型ジオラマ)

2025年7月12日 羽越本線酒田  1番線  酒田機関区の模型
かつての蒸気機関車時代をイメージしたものか
扇形機関庫、転車台、蒸気機関車 ペーパークラフトらしいが精度が高い
酒田は北前船の寄港地 このような光景が見られた。庄内の米が北前船で津軽海峡や、北陸、山陰を経由して江戸や大阪に運ばれた。


 

現在の酒田運輸区のなごり。庄内総括センターとして2022年3月12日発足。酒田駅、鶴岡駅、酒田運輸区を統合したもの。

 

酒田の車両基地は1914年12月14日設置の酒田機関庫のち統廃合を行い1936年9月1日酒田機関区となって蒸気機関車1972年10月の電化完成後電気機関車EF81の基地となった。EF81は国鉄分割民営化直前の1985年3月長岡運転所に転属するが酒田機関区の札をつけて活躍をした。

1951年4月1日酒田客貨車区設置。客車の基地で1978年10月には新潟鉄道管理局で最初に50系客車が投入された。

1986年3月3日 酒田機関区と酒田客貨車区を統合して酒田運転区、国鉄分割民営化後JR東日本に移行後の1989年10月16日酒田運輸区となった。

1989年7月1日  客車列車廃止で50系は転出して配置車両はなくなった。

酒田機関区の区名札は「酒」 客車の表記は「新サカ」であった。

今は規模も縮小したがかろうじてわずかに残る車庫に往年をしのぶことができる。 

2025年8月20日水曜日

羽越本線 交直切り替え地点

2025年7月12日 羽越本線 村上~間島間 切り替えの文字が

 村上駅を出て少し行った場所に直流1500Vと交流2万V 50㎐の切り替えデッドセクションがある。

電源切り替えはEF510牽引貨物列車とE653系「いなほ」のみ。普通列車はすべて電気式気動車GV-E400の運転であり 架線電流の切り替えが問題になることは無い。

2025年8月18日月曜日

GV-E-400 秋田色


 2025年7月12日 奥羽本線 秋田 GV-E400‐9 秋アキ 1654D

五能線から東能代そして奥羽本線普通列車1654Dとして秋田まで戻ってきたGV-E400‐9

このあとは車両センターへ回送される。

このGV-E400の運用は奥羽本線の新庄~院内間でも運用される。この区間も災害復旧に当たり電化設備を廃止して非電化路線として今年の春運転再開をしている。

秋田駅周辺も日中は電車またはEV-E801系だけと思ったら気動車の姿も見ることができた。

五能線も一度は揺られてみたいがかなうときはあるのか・・・・ 

2025年8月7日木曜日

羽越本線車窓から~日本海の夕景と鳥海山 GV-E197採石工事列車

2025年7月12日 羽越本線 女鹿  工事列車と遭遇!
女鹿~吹浦 道路はかつての国道7号 鮮やかな日本海が車窓から望めた
雲が多くかかるが鳥海山を望む 遊佐付近 広大な水田地帯

羽越本線沿線は駅前でも鶴岡、余目、酒田駅以外は水田が広がる。


秋田から酒田まで乗車した701系N15編成 546M 秋田15時40分発酒田17時27分着

2時間を切るしゅん足のローカル列車。 



少ない乗客がおりて誰もいなくなった車内 座席に西日が当たる。2時間程度の移動では特に苦になることは無かった。座席のかけ心地も悪くない。


 酒田から乗り換えた新津ゆきのGV-E400‐3 832D 酒田17時34分発新津着は21時4分

3時間30分の長丁場。この列車はかつて秋田~新津間客車列車の生まれ変わりと思われる。 

東酒田駅から見た鳥海山 雲に覆われた 林の向こうは高速道路?
雨留目駅から見た陸羽西線代行バス・・・いつ陸羽西線が復活するのか?


 

18時30分を過ぎたあたり、五十川~あつみ温泉の区間からの夕陽。新津行き普通列車は鼠ヶ関で1両に3人という状態となった。坂町あたりから利用者が増え新発田で白新線に乗り換えの人が多数おりて新津に到着する。

 

2025年7月16日水曜日

キハ111‐201 更け行く夏の夜にたたずむ

2025年7月12日  新津  キハ111‐201

 新潟車両センター新津派出  水銀灯の下にキハ110やGV-E400系、ばんえつ物語」12系、DE101759 が集う。ここではリゾートしらかみ編成を見つけられなかった。

2025年7月13日日曜日

リゾートしらかみ橅編成羽越100周年ファイナル号

 

2025年7月13日 新潟車両センター新津派出

11時3分発下り秋田ゆき 基地を出てホームに向かう。新津駅はおもに家族連れで盛況となっていた。


 リゾートしらかみ橅編成は長岡方面の引き込み線に向かい3番線に据え付けされ、11時3分発秋田行きとなる。秋田は15時58分着 5時間程度の長丁場である。ホームも大勢の人が集まって見送っていた。 

 

2025年6月27日金曜日

EF510-503 4091レ  羽越本線


 2025年6月21日 EF510-503 4091レ

かつて国内最長の橋梁だったこともある阿賀野川橋梁を渡る4091レ。橋脚にはレンガも見えて歴史をしのばせている。

すぐあとを新発田行き125DがGV-E400系でやってくる。この編成が午後の新津~新発田間の運用にはいる。

乗車はまばら、並行する国道が整備されたことと新発田までの間人口集積地がないため利用は少ないという。

完全にローカル線となった幹線鉄道。わずかに走る貨物列車がかつての栄華を思い起こさせるのみ・・・
 

2025年5月26日月曜日

架線が取り払われた線路の悲哀~磐越西線喜多方~会津若松間


 2025年5月24日 磐越西線塩川~会津若松間(笈川)

架線が取り払われたが架線柱に送電線?を残した状態。非電化の幹線でも山陰本線や函館本線、高山本線(地方交通線だが特急が多数走る)などはこのような区間がある。

笈川を通過する喜多方発会津若松行き普通列車 

この場所は国道121号線が背後にあって見通しのいい区間。すでに男性2名が撮影されていたので邪魔にならないように気を付けて・・・・

磐越西線喜多方~会津若松間には会津豊川、姥堂、笈川、堂島の小さな駅があるが、この駅は昭和戦前にガソリンカー運転に際し設置された停留場で原則ガソリンカーのみが停車。戦後も止まらない列車が圧倒的に多い。現在も通学時間帯中心に5往復の停車となっている。この例は両毛線にもみられたがそちらは昭和の時代に廃止されている。

磐越西線喜多方~会津若松間のこれら小駅は周辺に集落もあるが国道が並走してバスが多数運転のためか客はそちらに流れていくようである・・・
 



堂島付近 田植え間近。


 会津若松を出たあたりの新津方面(塩川~会津若松間) GV-E400系

堂島の集落にて 塩川方面 キハ111‐201とキハ112‐202ペア 228D
間もなく終点会津若松


キハ110‐203とキハ110‐213のペア いずれも新ニツ この区間が非電化となったため新潟の車両だけが定期列車として見られるだけになった?郡山のキハE120は入ることがあるのか?

 




GV-E401とGV-E402のトップナンバー編成


 架線柱から架線が消えて送電線?だけ残った状態で平坦地を走るGV-E400系は函館本線にいるような錯覚をしてしまう。

この架線柱は今後撤去されるのか?

喜多方市では電化廃止に猛反発もあったというが郡山直通列車でも乗り換えでも所要時間は変わらないこと、老朽化で消えた719系フルーティアがハイブリッドカーのSATONOに置き換わり観光列車が郡山に引き続き乗り入れていることもあり反発も収まり電化撤去は無事に完了したようだった・・・

JR東日本では災害復旧で奥羽本線の新庄~院内の区間も電化を廃止して気動車による復旧で運転を再開している。本数の少ない幹線の場合このような方式が今後も取られるのであろうか?

2025年5月25日日曜日

電化廃止後の磐越西線喜多方~会津若松間の今

2025年5月24日 喜多方駅 架線が撤去された。トラスビームだけが残る
塩川~喜多方間(会津豊川) 架線設備は架線柱のみ。
架線柱は残ったが送電の部分は撤去されない。架線柱にケーブルが設置の区間があった。
塩川駅近くの踏切から喜多方側を見る。
塩川駅を望む。架線撤去されたトラスビーム
塩川駅にて。喜多方行き普通列車
喜多方方向を見る。 キハ110系2連
塩川~会津若松間(堂島) C57180 8226レ ばんえつ物語

2024年に磐越西線喜多方~会津若松間の電化が廃止されて架線と設備一式が撤去され非電化された。会津若松駅の分岐付近から喜多方までのすべての区間で架線撤去が完了した。

最近では奥羽本線新庄~院内間でも災害復旧の際電化を廃止している。今後はこのようなことも珍しくないと考えられる。

Web上で検索をしても要領を得なかったので実際に出かけてみて確認を行った。


 

2025年5月11日日曜日

だしの風のばんえつ物語~羽越本線阿賀野川橋梁へ

2025年5月10日  磐越西線 GV-E400系
上り会津若松行き キハ110の2連 残雪は粟ケ岳 
C57180 8226レ 上りばんえつ物語 だしの風(この付近では阿賀野川の流域でふく風のこと 流域は深い谷間になって風の通り道になりやすい)で煙が背後に流れた。

急客機らしい速度で一気に駆け抜ける。 同じ機関車と客車でもその時の気象状況で表情が変化するのが蒸気機関車牽引列車の魅力。
磐越西線からすぐに羽越本線へ 15分くらいで阿賀野川河川敷に着く。

EF510-14 4091レ 


 

4091レのすぐ後にくる新発田行き普通  GV-E400系 後ろの山は弥彦山 この日は遠く佐渡も望めた。


 阿賀野川河川敷も農作業がおこなわれ水田では代掻きのトラクタが水田を行きかっていた。背後の山は左手が粟ケ岳で右手が守門岳 

このあと新津図書館で郷土資料を閲覧して帰宅。

2025年5月6日火曜日

連休のスケッチ・・・

2025年5月3日  キハ110‐203 DE101700 GV-E402‐14
キハ110‐203の背後にGV-E400が。

E653系「しらゆき」6号  56M 田植えが終わった水田と新緑の丘陵地帯。田植えは急ピッチで行われている。


 五十嵐川 かつての国道289号から。明治時代この川は会津地方との交易が盛んだった。

弥彦線越後長沢廃止から40年が経過。奥に見える交差点が越後長沢駅の跡地。

鉄道があったころは駅前にも小さな商店街があったがいまは国道沿いのホームセンターやスーパーに集約された。この近くには給油所やコンビニもある。左を進むと金融機関や郵便局、市役所支所、医療機関、図書館分館もあって村の中心部の役割を担っている。

図書館分館はすいていてゆったりと資料を見ることができた。本館が観光地になってしまい車の停め場所に苦戦されられることを考えると天国である・・・・

弥彦線越後長沢廃止によりこの地域に関しては得らたものが多かったように感じる。まっすぐ快適に走れる国道ができて楽になったことは明白。ホームセンターやスーパー、給油所ができて拠点化が進んだ・・・・ 

この図書館分館でローカルな資料を拝読し連休の午後を過ごした・・・