2025年10月5日 信越本線 通過列車はEH200-901 2088レ
踏切り工事の資材が行きつけの撮影場所に。昨年8月に工事が開始され、架線柱の移動がされた後は動きがなかったが、古い踏切がはがされ、拡張工事が始まった。
資材も搬入されて工事開始を待っていた。
*この踏切りが出来上がると、国道289号と国道403号との結節がスムーズになり利便性が向上するが、のんびり列車ウォッチやウォーキング難しくなるであろう・・・
踏切り工事の資材が行きつけの撮影場所に。昨年8月に工事が開始され、架線柱の移動がされた後は動きがなかったが、古い踏切がはがされ、拡張工事が始まった。
資材も搬入されて工事開始を待っていた。
*この踏切りが出来上がると、国道289号と国道403号との結節がスムーズになり利便性が向上するが、のんびり列車ウォッチやウォーキング難しくなるであろう・・・
2024年に磐越西線喜多方~会津若松間の電化が廃止されて架線と設備一式が撤去され非電化された。会津若松駅の分岐付近から喜多方までのすべての区間で架線撤去が完了した。
最近では奥羽本線新庄~院内間でも災害復旧の際電化を廃止している。今後はこのようなことも珍しくないと考えられる。
Web上で検索をしても要領を得なかったので実際に出かけてみて確認を行った。
架線柱はコンクリート製であるが1960年代後半製造の細いもの。
今までどこにあったのか?
また一つ国鉄の面影が消えるが架線設備は人知れず消えるので話題になることも少ない。
架線柱 配電のための線とき電線 これらは懸垂碍子で支えられる。
吊架線とトロリー線は可動ブラケットで支えられる。可動ブラケットと架線柱の間を長管碍子で絶縁する。
架線柱に番号が割り振られ 、形式が記載されている。 番号は駅間を示しているようだ。
可動ブラケットも昭和の頃は角ばった単純な組付けだったが現在は丸み雨を帯びた組付けがされるようになっている。
これら架線工事は夜間に行われることが多く日中見かけることは少ない。架線柱の移動が終ると踏切り工事となるが完成はしばらく先のようだ。通勤や買い物の際に迂回しなければならないので早く完成してほしいと願っているが。
キハ55とキハ40の2連 キハ58などの編成、ワム7000などの貨車があちこち。十日町の構内は日本国内のローカル線の拠点駅を凝縮したような印象だった。腕木信号機が色灯式信号機に変わったが他は1979年に訪れた時と変わらず。このころまだほくほく線はなく(というよりも未成線として造られないであろうと思った)ひろびろとした構内は北海道のローカル線の駅の様だった。
列車の発着は少ないが次々車両の入れ替えが行われ見ていて飽きなかった。
キハ55は初期車が廃車になり代わってキハ58の非冷房車に置き換わった。またキハ20やキハ25もキハ40に置き換わりつつあった。
電化区間の終端駅である喜多方駅。かつては上野からの455系急行「ばんだい」の終着駅であった。新津から乗って非電化区間を走りづづけ、山都から喜多方に入り、電化区間から455系と遭遇した時遠くに来たことを遭遇した小学生の頃を思い出した。もちろん455系などという形式は後に知ったことである。当時は新潟周辺の普通電車70系との区別もつかないことであった。
郡山からの電化はこの駅で途切れる。山都方向に少し走ると電化設備は消えて本当のローカル線の風情になる。国鉄の頃も喜多方から新津方面と郡山方面では輸送量が大きく変わったと思う。
電化区間と非電化区間の継ぎ目駅は悲哀を感じさせる。都市部からやってきた人は頭上の架線が無くなるのを見ていよいよ山間の辺境の地に向かう覚悟をしなければならない駅であった。
大糸線南小谷や福塩線府中も同じような風情を感じる。
喜多方と会津若松の区間は電化設備を廃止して撤去する構想があるがいまのところ具体化していない。週末に719系電車「フルーティア 」の運転が1往復行われるからである。
跨線橋下のいつもの場所で待機。遠方から起こしになられた方が一人おられただけだったが発車直後には大勢のお子様連れが。女性たちはさっそく井戸端会議!
「まだ発車しないね」
「あと1分くらいみたい」
「そういえばきのう汽笛が鳴らなかったんだけど」
女性各位はおしゃべりに余念がない。
「ほら動いたよ」
「あまり煙が出てないね」
雑談に興じる方々をしり目に列車は走り去る。手を振る方々。煙が流れてくるのを嫌がっていた坊やもご満悦だったようだ。
企画展示はHO鉄道模型の運転とかつて展示されていた資料の公開だった。
181系特急「とき」をバックに電化設備の説明を記した資料。
発電所から実際に使うまでの電気の流れを記した資料。ボンネットの電車は特急「いなほ」HO模型運転 ガラスでの仕切りが付き運転担当のスタッフは仕切りの向こうで観覧者は手前の椅子で見学をする。
キハ58急行型とキハ10一般型 1970年代には当たり前に見られたローカル列車の光景。当時小学生だった筆者には不思議な光景だった。急行と普通列車の車両が一緒に使われていることについては・・・(越後線や弥彦線の一部列車ではよく見かけた編成)
165系急行 国鉄末期の急行「とがくし」「南越後」のイメージだろうか?普通列車の主力115系はまだ冷房が無く、冷房完備の165系がうらやましかった。
他にEF64のスハフ32、オハ35、ナハ10などの普通列車と郵便車と荷物車。
C57の普通列車、683系スノーラビット「はくたか」キハ261系、285系「サンライズ」などの人気列車も登場した。
国鉄時代の車両も急激に減りいよいよ国鉄時代はHO鉄道模型で思い起こさなければならない時代になったようだ。ただしHO鉄道模型かなり高額らしい・・・
EF510-18牽引の3093レ 信越本線の直江津起点98キロポスト付近