ラベル E4系 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル E4系 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2021年9月29日水曜日

E4系の終幕


 2017年7月19日 新津鉄道資料館 E4系と115系

当時はまだ多数の運用が残る時点での保存車の発生。E4系は10月1日定期運用が終わる。保存車が意味を持つことになる。新津鉄道資料館の保存車は2階がグリーン車で1階がリクライニング座席の普通車であり、悪名の高かった自由席6列座席はここでは見ることができない。

2階建て新幹線ということで大いに盛り上がった1990年代2階建てで首都圏へ遊びに出かけることが流行だったころが今は懐かしい。

2020年5月20日水曜日

上越新幹線MAXとき306号

2020年5月16日 上越新幹線 ここ10年以上上越新幹線以外に乗車しなくなって久しい。
東京での公官署での書類申請に昨年の8月に乗っただけで今年は新幹線にのる所用は発生していないしコロナウィルスの影響で不要不急の外出特に県をまたぐ遠征は自粛すべきということで本年は乗車の機会はない。

さて新幹線撮影は和南津の峠の 魚野川をまたぐ付近に1か所あるので10年ぶりに訪ねてみた。棚田が点在するのどかな場所である。
ちょうど農家の方々が田植えをされていた。それ以外には通行される方もなく無人地帯にいる感じだった。

この和南津付近は上越線、上越新幹線、国道17号線、関越自動車の動脈が交わる地点である。上越新幹線と上越線は橋梁で、国道17号線は橋梁とトンネルで、関越自動車道も高所を通過してそれぞれ難所を通っていく。

和南津では新幹線を中心に眺めていた。東海道新幹線のようにひっきりなしに通過はしないが時折轟音を響かせて走る列車は高速鉄道であることを実感する。

MAXときのE4系は昨年の台風19号災害で10編成が被災したため上越新幹線に投入予定だったE7系を北陸新幹線に振り向けざるを得ず、E4系の当面の延命が決まった。
コロナウィルスの影響で自粛が求められる中輸送量が大幅減少となって厳しい状況が続いているいま、経費削減のためもしかしたらさらにE4系の延命が続くのかもしれないがもちろん不確実な予想に過ぎない。


2019年8月23日金曜日

車販が来ることはなかった・・・

2019年8月19日 MAXとき302号 4号車の売店すでに営業はしておらず列車内では何も買うことができなかった・・・

2019年8月21日水曜日

E4系MAXたにがわ321号+MAXとき321号

2019年8月19日 越後湯沢 MAXとき321号とMAXたにがわ321号の編成切り離し作業。
わずか数分の間に切り離しがなされる。新潟行きは9号車から16号車のMAXとき321号の8連である。団体客が多く混んでいた。

2019年3月16日土曜日

ダイヤ改正の日

2017年4月  MAXとき309号 E4系の8両+8両 
本日よりダイヤが改正され上越新幹線にもE7系が投入。新潟~東京間では4往復が運用開始。その一方でMAXE4系の運用が減少した。E4系もあと少しで消えていくことになる。

2019年2月19日火曜日

消えてゆく車内販売

2018年8月13日 MAXとき308号 E4系の売店にて

JR東日本は来月のダイヤ改正で一部の新幹線、特急の車内販売の廃止または取扱商品の見直しがされる。新幹線では東北・北海道新幹線の(新青森~新函館北斗)はやぶさとはやて、やまびこの全区間」、こまちの盛岡~秋田間が販売が無くなる。在来線の特急は踊り子、日光、きぬがわ、草津、いなほ(酒田~秋田間)
取扱品の見直しは、新幹線がはやぶさ、はやて(東京~新青森)こまち(東京~盛岡)
つばさ(東京~新庄)とき(東京~新潟)在来線特急はあずさ、かいじ、ひたち、スーパービュー踊り子、いなほ(新潟~酒田)
販売中止が弁当、サンドイッチ、デザート、おみやげ、雑貨 販売継続がホットコーヒー、ソフトドリンク、菓子、アルコール、つまみ類

エキナカの充実で割を食った形で役割を終えることとなる。
たしかに駅構内では何でもあるがそれは首都圏や県庁所在地の駅の話で新幹線でも停車本数の少ない駅は自販機程度しかないと考えられる。またあまりタイトなスケジュールで乗りつぎなどをすると短時間では何も手に入れられず長時間の欠食となることも頭に入れておきたい。

車内販売が充実しているのはダイヤ改正以降は北陸新幹線と観光列車だけとなりそうだ。

2018年8月28日火曜日

晩夏を走る

2018年8月18日 お盆も終わって幾分しのぎやすくなった(ただしわずかひと時だけだったが相次ぐ台風で記録的な猛暑がすぐに戻ってきた)なんとなく夏の終わりが近づいた雰囲気が。
急行色のキハ47が入れ替えをしていた。
上越新幹線「とき330号」黄金色に色づいた水田を見ながら・・・
MAXとき332号?いまも16両が活躍するE4系。しかしそれも長くはない。
月潟の保存電車モハ11 角兵衛獅子の銅像とからめて
夏の花さるすべりとモハ11
さるすべりの赤と白
月潟駅に大きな看板ができた
締め切られて中に入ることができないが入り口のガラス越しに・・・
1999年4月4日に廃止となり東関屋から月潟駅に来る際に取り付けられたヘッドマーク




 このような光景も昭和の頃を思い起こさせる。まだ貨物列車が多数運転していた時代は日常的だったのかもしれない。
新潟市の青山から月潟まで走ってきたバス 現在電車の代替としての機能をわずかに残す。月潟の図書館の前がバスの終点である。
バスはわずかな客を降ろすとすぐに回送となって潟東の車庫に帰っていった。








2018年8月16日木曜日

MAXとき308号

2018年8月13日 長岡車両センターを上越新幹線から キハ48「縁結び」色他2両。
原色のEF81が・・・最近田端から転入した97号らしい
魚野川と越後三山  浦佐駅付近
水田の緑が鮮やか 上越線を入れて
越後湯沢 E2系が待機
上毛高原発車。道路橋が幾重にも重なる。右奥になだらかに裾が広がる風景が。
しばらく進むと赤城山が望める。
高崎ではホームではないところにいったん停車。停車時の揺れが客車列車のようだった。
高崎で東京寄りにE4系8連を連結する。こちらはたにがわ308号で停車駅は高崎を出ると大宮、上野、終点東京。
高崎では16両になるためかそれほど混雑もなかった。

この列車異例づくしで先頭車が9号車、駅のホームがない場所に停車などなど。初めての珍体験。(上越新幹線もかなり乗っているのだが発見することも多い)





2018年8月15日水曜日

弥彦線燕三条~新幹線乗り換え!


2018年8月13日 早朝に墓参を済ませて関東に出かけることに。弥彦線226Mで東三条から燕三条の区間乗車。東三条で普通乗車券と新幹線特急券を購入したが乗車券がエラー!
助役さんに見てもらったところ日にちが14日になっていた。発券してくれた女性駅員さん平謝りだったが気にしないでと一言告げておいた。愛好家のたるものいちいち目くじらを立てる必要もない・・・
単距離であるが115系の車窓を楽しむ。窓は汚い!!車内には墓参と思われる方も。
北三条駅には寺が多いのでそちらへ行かれるのだろうか。
暑い日中を避けての墓参結構多いのが現状である。
墓参とくれば浄土真宗以外の宗派では盆棚をつくって先祖を供養するらしい・・・
スーパーで霊供膳(つまり仏膳に備える精進料理のこと)を発見した。
お平(煮物?)に高杯(酢の物など) つぼ腕(和え物?)ご飯、汁椀(みそ汁など)
の少量がセットされたフリーズドライだった。あまりありがたみはなさそうだ・・・
筆者の宗派は浄土真宗につき無用の代物である。
燕三条駅の弥彦線から新幹線改札通路のイラスト・・良寛和尚と五合庵。
(イラストはほかに弥彦のもみじ園、おいらん道中、三条祭りの天狗がある)

機関車表より三代事故録から
 1831-02-18 天保02-01-06 良寛死去 (僧)良寛逝去 享年74才『国史大年表』

この資料集は江戸時代中期のものも掲載。そろそろ鉄道が出た時代に関連するのと1800年代になると開国を迫られる時代になるためである。鉄道以外にこうした記録があるのは楽しい。
三条の野島出版の書籍が金物などとともに展示。名著「北越雪譜」
雪は楽しむものではなく苦しみである・・・・
乗車するのは「MAXとき308号」9~16号車という案内。一瞬?だったが高崎で「たにがわ」の1~8号車を連結するためだった。リクライニング席の12号車の二階席に乗車。(9~11号車は3人掛けの席)
東京からの「とき301号」が到着。
「MAXとき308号」が到着。燕三条は8時1分発で高崎は9時11分である。
 久しぶりの新幹線である。行先は横川。





2018年5月13日日曜日

新潟駅暫定高架駅開業を見学

2018年5月12日 新潟駅 5番乗場を発車するE653系の羽越線特急「いなほ」。115系は乗車してきた電車。話題の在来線特急と新幹線の接続ホーム。





新幹線乗場の案内板と自動改札機。奥には新幹線駅のキオスク。E4系が停車していた。
新幹線ホームには仕切りがある。
5番乗場・・・エスカレーターは上り下りあり。駅弁販売が行われていた。左手はE653の「いなほ」右手は上越新幹線のE2系。5番乗場は短く7両分くらいの長さしかない。

5番乗場から新幹線乗場を・E4系MAXの16両が待機。そこへ東京からのE2系「とき」313号が到着し添乗員を先頭に多数の観光客が下りて行った。
コンコース内にはコンビニエンスストアのnewdays(にゅーでぃず)がある。在来線は5番ホームのキオスクのみ。立ち食いそばは高架部分にはない。
左手の2番乗場はエスカレーターが未設置となっている。今後1番乗場ができたときには設置されると考える。また地平の8番と9番の乗り場も使われている。(今回こっちは見学していない)
新たに発車メロディが導入されたがE129系のワンマン列車はE129系に装備されている乗車促進メロディとなっている。
長岡からの快速3481M 115系N34編成。 120%くらいの乗車だった。115系はATS-Pが装備されたN33~38とN40の7編成のみが存在。それ以外の115系はすべて引退した。
吉田からの115系6連が到着。前のN37編成は午後の新井快速に入る。新潟駅到着後いったん白山方留置線に引き上げ。
高架暫定開業の新潟駅は乗るのが大変そうである。かつての1番乗場正面の改札から入ると 延々と通路を歩いて乗り場まで行かなければならないので相当時間がかかるようだ。特にラッシュ時間帯は。便利になったのは新幹線と羽越線特急乗り継ぎだけかもしれない。


新潟駅12時7分発長岡行きに乗車して帰ることにした。高架区間から地上区間へ降りるところも見てみたいので。

確かに眺めはよく構造ビルの多数ある新潟市中央区ではロングシートに腰を下ろすと都会の電車に乗っている気分を味わえる。白山方の越後線もそうだが。もちろん数秒間の話である。

今回の切符は新潟近郊区間の特例を利用したので駅の外に出ることができなかったがまた駅の様子を見てみたいと思う。すでに高架駅開業のブームも去っていて静かに見学できた。
なお残る115系は人気が高く撮影者の姿も目立った。

高架区間を降りて上沼垂信号所そして新潟車両センターを通過。ほとんどE129系とE653系のみだが115系は一番奥にN33編成が。越後石山寄りに懐かしの70系新潟色のN40編成が待機していた。

列車はガラガラのまま走っていったが途中の加茂で高校生が多数乗車してきて一瞬にぎやかになった。
自動改札にやや遠回りした切符が無事に吸い込まれたことを確認。近郊区間もうまく使うと安く楽しめる。






2018年1月21日日曜日

E4系「MAXとき」の自由席

2018年1月20日 MAXとき302号 3号車 3人掛け転換式座席。
通勤仕様の座席。 まあすいていればそれほど苦痛ではない。
E4系は8両の場合1~3号車はこの通勤仕様の自由席である。4号車はリクライニング2対3の座席という違いがある。
どちらを選ぶかはお好みで。1階席は1~3号車はリクライニングがある。
大量輸送のため登場したE4MAXも引退の時が近いとされている。

2017年7月16日日曜日

E4系と115系保存車両の見学

2017年7月16日 あいにくの雨であるが本日新潟市秋葉区の新津鉄道資料館で開催されているサンクスフェア2017の車輛見学に出向いてみた。会場は出店もたくさん出てお祭りのよう。
なんとか駐車場に入って一気に会場に出陣!! まずは料金300円なりをテントの特設コーナーで払いすぐに保存車へ。まずE4系E444-1であるが思ったよりも行列は少なく10分待ちで中に入れた。

2階はグリーン席でゆったりしている。1997年に登場したE4系も保存車になってしまった。
見学者が多数詰めかけているのでのんびりできないのが残念である。なお、事情により運転席は公開されないとの事である。
1階の普通席 2列と3列の並びである。  E4系MAXの自由席3列×2=6人掛けはは保存されなければ伝説になってしまう。(筆者は乗車回数が1回だけ。通常はリクライニング機能のある4号車か5号車の自由席を利用することが多いので)
115系N15編成のクモハ115-1061の車内。もうすぐ完全に引退すると思われる115系電車の力作が多数、中釣りされていた。 このバケットタイプの座席は平成7年(1995年)ころに3両編成の115系に導入されたもので当初は明るい緑色であったが晩年は青に変更されている。もうこのタイプの座席を持った115系は運転されていない。(長野から来たN33は原型の座席のようだが)
中釣りには70系電車やN15編成クモハ115-1061がEF81に牽引されて新津まで輸送される場面を記録した写真もあった。


館内の特設展示は2014年11月26日にご逝去された新潟県の鉄道史研究の第一人者瀬古龍雄先生の写真展が行われていた。木造客車や小型の古典蒸気機関車、昭和38年(1963年)豪雪、新潟地震、161系特急「とき」試運転、蒸気機関車ブームの頃、70系電車、新潟県内の私鉄などなど貴重な記録写真が展示され順序に従って閲覧すると新潟県内の鉄道の歴史が理解できるように構成されていた。撮影方法は形式写真という車両を記録したものと編成写真が中心であくまで鉄道史の記録であることにこだわった方式である。撮影は奇をてらわないため現代にあっても色あせない方法と言えるしすべてフィルム撮影のため確実に記録する必要があったためだと考える。筆者が知るところでは硬派の鉄道史研究のプロだった。

ほか鉄道雑誌が現れるまでの間の戦後間もなくの同人誌や撮影に用いられたカメラが10数台展示されていた。 またもう一つの本業園芸の資料も展示されている。
9月初旬まで開催されているのでご覧いただければ幸いである。

**カメラはスプリングカメラ(セミ判)、Minoltaの35㎜1眼レフ、キャノンの一眼レフ、キャノンとNikonのコンパクトそれにマミヤの中判一眼レフ。


色違いMAXとき

2015年6月 燕三条に停車するMAXとき316号  左手の珍車を見に集まった人もあり混雑をしていた。MAXとき316号は原色と朱鷺色の混色だった。現在は朱鷺色だけのため混色は見ることはできない。MAXの朱鷺色は初代MAXE1系であるがこちらはすでに引退している。

2017年7月3日月曜日

MAXとき305号


MAXとき305号  E4系8連+8連の16両編成。 超輸送力を持つこのMAXE4頚も引退の時が迫っている。

2017年7月1日土曜日

新津鉄道資料館 新顔~E444-1とクモハ115-1061

先週運び込まれたE4系MAX2階建て新幹線E444-1とクモハ115-1061 いずれも深夜にトレーラにて運び込まれ据え付け工事が行われている。置き場はDD14のとなりである。
ここにきて保存車両は6両になった。まずまずの両数ではないだろうか。
ごらんのような配列である。 DD14とクモハ115のあいだに線路が敷いてあったがさらに何か入るのか?またミニSLの線路も敷いてあった。 まだまだ発展中のようで今後も楽しみである。
7月15~17日には車内の公開もおこなわれる。さらに同日より特別展として「瀬古龍雄鉄道写真展Ⅰ」が9月4日まで開催される。鉄道史研究家の瀬古先生の貴重な写真が多数展示されると思うのでたのしみである。