E257系の5連 昨日の9連に比べると短い
長岡花火臨時今年は週末開催のため利用者が多く賑わいもおそろしいものだった。
2025年8月2日 E653系 長岡花火団体臨時列車 上沼垂回送 回9451M
先週は柏崎花火臨時団体で運用され2週連続の運用である。 色づいた水田地帯を走り抜ける擬似国鉄色。特急「白鳥」や「いなほ」を思い浮かべる。
新潟方面は通り雨の下・・・久しぶりに雨が降った。雨上がりE257系の団体臨時列車 E257系9連 貫通側夕陽を受ける非貫通側・・・ 回9473MこのほかE129系の普通列車も多数運転され首都圏並みの混雑であった。 普段見ることができない長大編成の特急型電車を楽しんだ。
2025年7月26日 E653系「しらゆき」92号柏崎行き 全車指定席 花火の観客で混んでいたようだった。臨時「しらゆき」本年最初の運転となる。
ことしの春の高田観桜会関連では臨時「しらゆき」はなかった。
気が付くと水田の稲には穂が出て、あと1ケ月で収穫をする時期が来ることを知らせていた。
停車駅は東能代、鷹ノ巣、大舘、弘前、新青森、青森となっている。
JR東日本中央本線をまたぐ高架道路。左手は東京・諏訪E20の標記、右は名古屋・飯田E19の標記。東西の分かれ目である。
中央自動車道は木曽路を通らずに天竜川沿いに飯田まで走り、中津川で国道19号と接近して名古屋に向かう。
岡谷駅舎と岡谷ジャンクション 谷を効果でまたぐ。
岡谷を通過する松本方面行き特急「あずさ」 岡谷は中央本線みどり湖経由の現本線と辰野経由の旧本線との分岐点。
1983年7月にみどり湖経由の新線ができるまでは辰野を経由して塩尻に向かっていた。大八回りという地元政治家にあやかった呼び名で知られる。我田引鉄の典型として知られるが当時の土木技術では塩尻峠にトンネルを通す(または線路そのものを敷く)ことが不可能だったため辰野を経由したなどの説がある。
辰野経由の旧線は現在飯田、豊橋方面の列車が中心である。そのためJR東日本でJR東海の213系5000番台を愛でることができるわけ。
新幹線を持たない長野県諏訪地域 1時間に1から2本の特急「あずさ」、211系の中央東線普通列車、JR東海飯田線直通の313系など活気があり楽しい区間。ここから都心までは220キロくらいで新潟県より近い。名古屋も同様と考える(塩尻で乗り換えであるが)
ただ近年の傾向として同じ系列の車両が行ったり来たりなので単調に感じるかもしれない。
(ミニ新幹線沿線とどこか似ているように思う)
211系普通列車は長野、松本方面と、上諏訪、茅野、小淵沢、甲府、塩山、大月、高尾とバラエティーに富んでいる。普通列車で越境できるの面白い。諏訪地域と山梨はそれほど離れていないようだ。
飯田線直通は豊橋への直通があることが楽しい。数年で引退すると思われる213系5000番台と主力313系 。
貨物列車はあまり見かけずEH200の石油返空を見ただけだった。このあたり貨物列車が局地輸送に限られるためかもしれない。
同じ長野地域でも長野・上田地域は新幹線と第三セクターしなの鉄道に挟まれて旧信越本線区間は普通列車での越境は できなくなった。上りは軽井沢で線路が途切れ、下りは妙高高原ではねうまラインと乗り換えのためである。
高尾行き普通列車を見ているとかつて存在した長岡~上野間の長距離普通列車を思い出す。
自由席は先頭の8号車と7号車の2両。
特急「しなの」は381系の時代から見ているが乗車は初めて。
長野を出た特急「しなの」は北陸新幹線を左に見つつ篠ノ井まで信越本線を走り、安茂里付近では松本へ向かう国道19号と並走し、川中島へ。この付近多数のりんご果樹園を車窓にながめて篠ノ井へ。篠ノ井でしなの鉄道線と別れて単線で山伝いに進んでゆく。三大車窓「姨捨越え」が近づく。稲荷山で盆地から山間に分け入る。右手は険しい山岳地帯、左手に雪が残る善光寺平が望め、列車は振り子を効かせて高度を稼いでいく。
桑ノ原信号場を通過したあたりで車内改札(自由席のみ)さらに進んでスイッチバックの姨捨を右手に左手は善光寺平の眺めが広がる。そこを過ぎると冠着へ向かっていく。篠ノ井から松本までは時刻表では停車しない(しなの8号)が坂北では上り列車と交換で数分の運転停車があった。昭和の時代には長野自動車道がまだ完成していなかったが現在は高速道路が並走し印象が変わった。県道が国道となり403号の標識があった。新潟~松本間の国道であるが全線走破は難しそうである。
383系も姨捨や冠着、坂北付近ではそれほど速度は上がっていないようだったが、平坦区間ではかなり速度が速くなったように感じた。
西条を過ぎて新たなトンネルでかつてあった信号場をスルーして明科へ。ここから住宅が密集し右手に梓川その奥に安曇野さらに北アルプスを眺め(電線や樹木で撮りにくい)、田沢駅を通過し松本に入る。
松本の手前に大糸線北松本駅がありここに戦前型電車が多数配置の北松本支所があったがいまは痕跡もない。 姨捨は昭和の頃まではよく訪れた場所だったが平成になると転職したこともあって時間がとりずらくなり来ることもなくなった。松本駅もおよそ38年ぶりに見たことになる・・・・
上越新幹線「とき」302号を降り在来線乗場に。八王子行きの「むさしの号」に乗り換えるのであるが、乗場の案内に特急「下田水仙まつり」が表示されていた。
当地ではE653系以外見かけないので久しぶりに直流型特急列車の見聞となる(ダイヤ情報などの購読をやめてさらに電車には国鉄型を含めてあまり関心が無いので正直なところどんな形式かはわからないので推測ということ)
有名な撮影ポイントでしばらく待つ。誰もいないので185系ではないようだ。E231系やE233系が走り去った後E257系がやってきた。
ふと見ると若い撮影者ががっくりきたように「E257系なんですね」とつぶやいて引き上げていった。到着ホームの7番線には撮影者が数名いた。
続行できたE257系「団体列車」表示はparty
この時間帯に寝台特急「北斗星」「カシオペア」があった時代は多くの人で混雑していたがそれももう遠い日の話。
臨時列車も国鉄型183系などが用いられたが今は新型化されている。時代の流れを感じながら3番線のE231系「むさしの号」の乗り場に向かう。
たまたま泊まった宿からの光景。 貨物列車は見なかったが209系、E217系、E231系、255系、E257系、E259系とバラエティーに富んだ列車たちを眺めることができた。
255系は引退し、塗装変更したE259系に置き換わるという。
山塊と川に挟まれた狭隘な場所に南小谷の駅がある。駅前は土産物店があるのみ。中心は川向うらしい。磐越西線野沢駅や米坂線の小国駅のようなイメージだったがさらに鄙びた場所だった。
紅葉はまだ早かったが北アルプスは冠雪があり、まもなく冬が来ることを教えてくれていた。
1982年11月14日をもって新潟~上野間の特急「とき」の運転は終了し上越新幹線にその役割は引き継がれダイヤ改正ごとに増発され当初の大宮暫定開業から1985年3月14日上野駅開業、1991年6月東京駅開業と続く。当地も首都圏文化圏、経済圏に取り込まれ、新幹線駅周辺は大きく変化していった。一方在来線は衰退し駅前は空洞化した。東三条もその一つ。
E653系 K70編成 9078M 特急とき到着 新潟を12時46分に出て、東三条には13時20分着。上野には17時35分に到着する。列車は満席でかつての特急「とき」の光景が展開していた。東三条駅の構内に特急「とき」号上野行きが到着しますの放送が流れた。
かつて「とき」に使われた181系も183系も引退して、国鉄特急色に塗り替えられたE653系K70編成に白羽の矢が立った。もし新幹線が作られず183系の後継となるとするとこの形式だろうか?直流専用のE257系かもしれないが・・・・E653系は「いなほ」になっていたであろう。
1982年の現役時代の特急「とき」よりは30分以上も時間がかかるが新潟と上野を乗り換えなしで走る在来線特急であり深まる秋の魚沼盆地や上越国境を堪能し、紅葉に彩どられた山岳地帯を愛でながら往年の在来線特急時代を思い起こすのは大いに意義があると感じる。
この列車と同様なダイヤは2016Mとき16号で新潟12時48分上野着17時5分。停車駅は新津、長岡、越後湯沢、渋川、高崎、上野であった。東三条駅は通過で13時17分。