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2025年2月28日金曜日

前途多難な整備新幹線


 2025年1月25日 E7系(W7系) 上野~大宮

 

前途多難な整備新幹線 とは本年6月号で休刊となる鉄道ジャーナルの4月号特集記事のタイトル。この雑誌の休刊についての云々はすでに多くの方々が記事にされているのでここでは論評しない。ただ60年近い歴史を持つ雑誌であり、休刊は残念に思う。

メイン記事は「北陸新幹線」でありそれらの概要が記されている。昨年ようやく東京から敦賀まで開業した北陸新幹線であるがそこから関西へのルートはまだ定まっていない。政治問題で揺れていてまだ開通までは相当な年月を要するようだ・・・・

さて購入するきっかけとなったのは”凋落のメインライン22「上越線」”である。きわめて陰鬱な表題とともに現在の上越線の様子が紹介されていた。

上越新幹線の開業後は地域間の輸送とわずかに残る貨物輸送だけが残る実質「地方交通線」状態となった上越線の今が紹介されている。

今年の冬は顕著な豪雪で日中の列車を止めて除雪を行っている。このようなことは上越新幹線開業前には考えられなかったが乗客数が減少し地域輸送のみとなった現在はこれでもよしとしなければならないかもしれない。

おもえば最初に購入した鉄道ジャーナルは1978年6月号で特集は「上越国境に架ける鉄路」でありこの沿線の様子が詳細に記されている。引退間近の旧型国電も取り上げられて撮影などをするきっかけのなった特集だった。あれから45年が経過してしまった・・・・

鉄道ジャーナルは列車追跡と地域の様子を紹介してくれる雑誌であり解説も平明であってとっつきやすい印象が強かった。一方で社会派の凄味もあったので休刊は残念であるが時代の流れとして割り切るほかはないのかもしれない・・・・

 

2024年3月14日木曜日

北陸新幹線E7系F13編成

2017年4月3日 北陸新幹線上越妙高駅 E7系F13編成

2015年3月のダイヤ改正で北陸新幹線が金沢に延伸。もう9年もの歳月が経過した。新潟県上越地域と北陸、関西は利便性が向上したが、並行在来線は第三セクターとなり在来線特急も廃止されて抜け殻状態となった。もちろん日本海縦貫線も旅客に関しては実質廃止状態となった。その後新型コロナで利用低迷となり現在に至っている。

北陸新幹線は本年3月16日敦賀に延伸する。上越地域から関西は完全に日帰りエリアとなる。しかし中越、下越地域はその恩恵はない。関西はおろか北陸も首都圏より遠い印象が残るままであろう。それは今後もさらに続く。


 

2024年2月20日火曜日

残照・夕景・「北陸浪漫」~記憶に帰る旅 213系5000番台、211系、383系、W7系

2024年2月11日 213系5000番台 車内 転換式クロスシート

転換式クロスシートの異例の2扉電車213系5000番台を愛でる旅。置き換えで数年後にはこの世からいなくなると言われている少数派の車両。まだ誰も眺めている者は私のほかにいなかった。JR東海の区間ではそれなりに記録に励む方はおられるのかもしれないが。

先達の関西急電クモハ53を思わせる2扉の車体はその後80系湘南型、153系湘南型などの優等型と近郊型ながら117系「新快速」型に進化をしていった。

213系の本来の配置先の関西本線、近郊型で3扉の211系などが相当であるところ当該形式があてがわれたのは競合する近鉄への対抗手段だったと言われている。国鉄末期に造られた岡山地区配置の213系のアップグレード版として登場したが2扉では客扱しにくく、JR東海の新鋭313系などに交代して飯田線で余生を送ることになった。

戦後関西本線自体が名古屋~伊勢、近畿への名阪ルートでは主流ではない時代が長く続き「栄光の時代」と言えるものではなかった。そこから飯田線への転用。人知れず生まれ人知れず移転して人知れず消える。213系5000番台の生涯は「栄光」とは無縁となりそうである。


 

残照を側面に受ける211系。中央本線普通列車は高尾まではこの形式が主流。211系は1986年から東海道本線、東北本線、高崎線で113系や115系の置き換えとして登場。現在はE231系、E233系に置き換えられ中央本線や高崎地域の北東部の区間に活躍の舞台を移している。いわゆる都落ちである。こちらはまだ後継形式への置き換えの話題はない。

 


 高尾から松本に向かう211系6連普通列車。地方路線の最大両数は6連なのか?
たい岡谷~塩尻間は211系クロスシートに乗車できた。晴れていても夕方になると風が冷たくなり体温を奪われていったのでクロスシートの車内は暖かく感じた。この列車で塩尻まで戻る。この日は213系000番台を愛で、211系も見るだけ見て帰ることになった。かつて若かりし頃真冬の北陸本線で旧型客車を飽きるほど愛でていたころを思い出した。

列車は塩嶺トンネルを抜け塩尻へ。来るときはバタバタして何も見ることはできなかったが、1981年春に急行「ちくま」で来たときは旧駅(塩尻大門)でここでスイッチバックした。駅舎もホームもくすんだ感じで蒸気機関車がどこかにいそうな感じだった。篠ノ井線に入りリンゴ畑の中を進むころすがすがしい信州の空気を感じた。


 中央西線「しなの」17号

1983年冬に塩尻に来たときはすでに現在の駅になっていた。急行「ちくま」で降り立ち、新宿行き普通列車115系横須賀色で中央東線に乗り換えた。まだ塩嶺トンネルはなく旧線経由だった。東塩尻で交換が行われた記憶がある。

塩尻で特急「しなの」に乗り換える。14分の時間内にトイレに行って、列車内で食べるものを買う。特急「しなの」車中からは暮れなずむ北アルプスの山塊が間近に望めた。手前に梓川が流れさらに手前に国道19号が走り、新旧の建物が並ぶ。国道19号と20号の分岐点は塩尻にあり左手「東京・甲府」右手「名古屋・木曽福島」の標識(当時)を見たときは旅情を感じた・・・

姨捨の手前から眼下に善光寺平の街灯りが広がる。函館の夜景には及ばないかもしれないが見事な夜景が迫ってくる。383系特急「しなの」はカーブが多い山腹に車体をくねらせ善光寺平に降りていく。鮮やかな光景が終わって篠ノ井に着き、信越本線に入って長野到着。

長野での383系 クモハ383‐13

長野での乗り換え時間も短くすぐに新幹線乗場に。


 

w7系金沢行き「はくたか」 長野駅

わずか9分の乗り継ぎ時間で「はくたか」517号に乗り換え。ホームは混雑しておらず、その中を列車が到着。長野ではかなりの人が降りていった。

列車は18時9分定刻発車。この列車はJR西日本のW7系で「北陸浪漫」のメロディが流れ自動放送が流れた。新潟県中越に住んでいるとJR西日本のエリアは大糸線であり普段はかかわることがないエリアになっていた。もちろんJR東海も。北陸新幹線開業後は日本海縦貫線が消滅して他社とのつながりが絶たれ、孤立した。遠距離の移動は新幹線だけが現状。在来線は新潟支社のものしか見かけなくなってしまっている。この点においては在来線で首都圏や名古屋、豊橋などに出かけることが可能な中央本線沿線の地域がうらやましい。

飯山ではスキーに向かうアメリカ人が多数下車。山の彼方にスキー場の明かりが見えた。志賀高原や斑尾高原は人気が高いようだ。USA飯山シティといった印象だった。

列車が動くと「北陸浪漫」のメロディが流れる。今は亡い谷村新司の曲のアレンジ。

上越妙高駅は13時31分着。ここで帰路の2分の1が終わる。さらに残り2時間を普通列車で乗り継いで帰宅した。「東京へ行くより遠い」長野県諏訪地域への訪問が終わった。

 

2024年1月21日日曜日

E7系でちょっと東京へ

2024年1月20日 燕三条  とき302号 2番電。

 E7系車内 高崎までは混雑はない。

2018年に死去した叔父の七回忌であり、線香を上げに上京。つまりのところ疎遠している親族の現況確認。

大宮でむさしの号に乗り換え東京多摩地方八王子市へ。ここで今はない叔父に合掌し、線香を手向け早いお昼を頂き叔母と雑談した。

亡くなった時は葬儀の参列がかなわなかったので日時をずらして老母とともに駆けつけたが、もうそれから6年が過ぎてしまった。

上越新幹線はMAXのE4系が平屋のE7系に変わった。武蔵野線もE231系になった。中央線はE233系にグリーン車が投入されるため豊田に多数集結していた。

国鉄型の車両は「大宮工場 」付近に211系が留置されていたものと中央線内で信州へ向かう211系長野色と1回すれ違ったのみ。機関車はEF210、EH200、EH500の新鋭機だけだった。

中央線特急はすべて353系となりE257系は臨時列車で見かけただけ。このあたりに時間の経過を感じた。

2023年12月16日土曜日

北陸新幹線 敦賀延伸

2022年11月26日 E7 上越新幹線「とき309号」 燕三条

北陸新幹線ではないが同一形式ということで

E653系 56M 「しらゆき」6号

北陸新幹線と中越、下越との連絡特急といわれたが実際は利用の少ないローカル特急。県内移動は北陸自動車道によるマイカー移動が中心。「しらゆき」は残念ながら利用低迷となり当初5往復が現在は4往復となっている。

 

3月16日北陸新幹線が敦賀へ延伸。そこで予想される時刻表を見ると上越妙高を朝6時30分過ぎの「はくたか」で敦賀へ出て 「サンダーバード」で京都が10時過ぎ、もちろん現地に宿泊せずに帰ってこれる。となると上越地域の各位にとっては関東も関西も日帰りエリアになったということ。すばらしい便利な地域になったものである。

上越地域ではない方も場合に依ったら北陸自動車+新幹線で関西日帰りがかなうことになった。駐車場の問題もあるだろうが・・・・

ながらく遠ざかっていた関西へ出る機会が到来したと思う・・・

*上越新幹線と東海道新幹線の乗り継ぎが新潟県中越、下越の移動方法(あくまで鉄道にこだわった場合)でこの方が一般的ですが、本文はあくまで北陸本線特急での移動方法のオマージュを考えた場合の移動方法をしめしております。

 

2022年11月25日金曜日

ちょっとおでかけ


 2022年11月20日 E7系 とき318号

カジュアルなスタイルの方々が上越新幹線に乗車していく。多くは首都圏へ向かわれるのであろう。2時間程度の乗車で東京に着く。40年前は上越線特急「とき」で4時間越えの長時間の移動だったが現在はその半分まで所要時間が減った。冬は豪雪で運休は大幅遅れで悩まされたが上越新幹線開業により豪雪で悩まされることはなくなった。

 

2022年5月14日土曜日

さみだれ

2022年5月13日 EH200-23 6082レ 

しばらく続いた晴天の日も終わって雨の日が続くようになる。沖縄、奄美はすでに梅雨に入っている。


 上越新幹線上り とき334号 E7系 二階建てMAXはすでに引退して廃車解体処分が進行中

2019年11月30日土曜日

北陸新幹線の試練

2002年10月10日 北陸本線入善付近  いまはないE2系長野新幹線のイラスト。
北陸地方に新幹線がやってきたのは2015年3月22日。ようやく首都圏直結が実現したが北陸本線は並行在来線としてJRから切り離されてしまった。旅客の日本海縦貫線もこのとき完全消滅した。
2017年4月6日 上越妙高 E7系「はくたか」
2019年10月の台風19号災害では長野の車両基地が水没し新鋭E7系も10編成(W7系含む)が犠牲になった。
北陸新幹線はいまも本数を減らしての運転となっている。昨日JR東日本から 年末年始に東京へ旅行される方への案内がされ上越新幹線への乗り換えを推奨する旨が記載されていた。当面の間不便を強いられるがはやく元のダイヤに戻ることを願う。

厳しい試練が襲った北陸新幹線・・・・

2018年1月24日水曜日

北陸新幹線E7系 はくたか571号

2018年1月20日 東京駅 北陸新幹線E7系と左手には上野東京ラインE233系など。

2017年7月12日水曜日

北陸新幹線~上越妙高



2017年4月6日 北陸新幹線上越妙高にて 上りはくたか562号  E7系。
開業して2年を経過したが利用者は多い。列車の発着時刻になると利用者がかなり集まってくる。
北陸新幹線上越妙高駅は上越新幹線の駅と異なりこじんまりしている。通過列車はホームを直接通過する構造となっているためだろうか。