2018年2月28日水曜日

夜のE129系



2017年8月14日 長岡車両センター 115系に変わってE129系が多数。2018年現在増備が続いていて115系は3月のダイヤ改正で長野から転入したものだけになると言われている。

1978年に老朽化した70系電車を置き換え通勤通学輸送に走り回った生え抜き115系立ちの終焉も間もなくである。
置き換えたE129系もいつまでも同じ塗装ではないかもしれない。数年後に変化があるかもしれない(ないかもしれない)

189系「あさま」色編成

2017年8月14日 長野駅で再開した189系「あさま」色編成。在来線の特急「あさま」は1997年9月30日限りで運転終了以降は信越本線長野~直江津間の「妙高号」で活躍しそれも2015年3月のダイヤ改正(北陸新幹線金沢延伸)で任を解かれたがいまだにこの編成は残存していたのでちょっと驚いたのであった。
189系の方もいよいよ終焉間近となっているが長野新幹線のE2系はすでに全廃となっていて189系より短命だったのにも驚かされる。

2018年2月25日日曜日

鉄道ピクトリアルの特集は153系電車

1982年8月17日 広島にて  153系普通列車 下関~広島間では111系、115系などともに旅客列車の主力であった。しかし老朽化が進行していたためこの年のダイヤ改正では115系3000番代に役目を譲って引退した。

下関運転所の153系はかつては山陽本線急行の運用で用いられていたが山陽新幹線が開業後はローカル輸送に転じていた。
 
宇部から広島まで乗車したことがあるがデッキ付の構造のため寒さに凍えることもなく快適な車中だった記憶がある。途中駅で弁当を買って食べ夜の山陽線を堪能した。
ただ、駅のアナウンスが徳山駅を除いて不気味な女性の声のテープでしかもただ駅名を流して終わりというものだったのでこれだけはいただけなかった。
例「あさ~(厚狭)あさ~ ここは美祢線乗換駅」 他に詳細な案内はなかったようだった。

さてピクトリアルの特集なので車歴と形式集などがあるので楽しんで眺めたいところである。
新潟県内では1962年6月10日の新潟~長岡電化の際上越線の準急「ゆきぐに」にもちいら
れていたが 1963年には山岳路線向けの165系に置き換わっている。

153系は1982年11月ダイヤ改正のころまでは東京駅から伊豆方面の列車にも長大編成で走っていて東海道新幹線開業前の優等列車時代の残り香を感じたのも思い出であった。


名誉市民渡邉義雄生誕110周年記念展  

2018年2月25日 三条市の東公民館で表題の記念展が行われたので見学に。
三条市の名誉市民渡邉義雄の生誕110周年ということで建築写真の大家の作品を堪能できた。展示場所は2部屋あって第一会場は伊勢神宮と皇居、迎賓館が第二会場が薬師寺、唐招提寺、法隆寺、東大寺と海外のイタリアとモスクワ(ロシア)の作品で構成されている。

建築写真は寸分の狂いのない作品に圧倒され、スナップ系の写真が中心のイタリアとモスクワも人々の表情が素晴らしかった。映画のワンシーンを彷彿された。

廊下には1977年(昭和52年)の三条市内を撮影した写真が・・・「アサヒカメラ」の企画で撮影した三条市の様子であるが鍛冶職人、凧の絵師、六斎市での様子、冬の小路を行く女性、2004年(平成16年)水害で大きな被害を受ける前の五十嵐川の岸に建つ3~4階建ての木造住宅、東三条駅前の通りの様子など・・・・このころはまだ街の中が元気だった時代である。多くの店が賑っていた・・・国道沿いには大型店はなかったからだ。

作品以外の展示品では第一会場に初期の撮影機材である蛇腹構造のエネルマン ミニチュア クラップというカメラと三条市で生産された和釘と金具(伊勢神宮におさめられた)それに主力の大型カメラの写真と撮影を行っている渡邉氏の写真が
第二会場にはキャノンのCanonⅣsb セレナ―50㎜ f1.8が展示されていた。
スナップ撮影の用いられた機材である。今のカメラにはない外観が特徴である。


2018年2月18日日曜日

雪にたたずむキハ40系Shukura~新津にて

2017年2月17日 新津駅のはずれの留置線に待機するキハ40系 Shukura 豪雪の方はひところに比べるとだいぶ落ち着いたがまだまだ多い。一時期1メートル近くに迫っていた。
 運輸区の様子。通常は只見線で走るキハ48「縁結び」号とキハE120、キハ100系 
キハ47の2両編成 会津若松からの列車。
新型GV-E400は検修庫に入っていた。

新津製作所にはE235系のほかE129系4連と私鉄向け車両の姿があった。(撮影が禁止されているので文面のみで。E129系は4連であった)

そのあと新津鉄道資料館へ。
お蔵入りになっている資料が展示されているので・・・

特急「とき」の自由席の愛称標と急行「佐渡」の愛称付き行先標「上野 佐渡 指定席 新潟」という様式のもの、駅の列車案内板で列車の号車と愛称を記したもの、オレンジカード、記念乗車券類、小学校卒業程度鉄道職員鉄道職員採用試験問題模範回答集、荷物輸送略図、国鉄職員の被服(蒸気機関車の機関士)戦前の鉄道路線図、寄贈アルバムなど。

ほかに鉄道愛好団体の越後線と弥彦線の写真があった。最近の115系が中心であるが気動車列車や蒸気機関車C56、ことしラストランを行い引退した「NODOKA」の初詣列車もあった。東三条駅の旧弥彦線乗り場の第2次新潟色試験塗装と第一次塗装の組み合わせ6連や165系6連の弥彦駅の写真、485系ジョイフルトレイン「宴」が弥彦の大鳥居を背に走る姿は貴重といえる。

故瀬古龍雄氏の昨年行われた写真展の図録があったので買い求めて帰宅。

雪原を切り裂いて走る

 2018年2月18日 EH200-14牽引貨物 2092レか?
雪煙が勇ましい。2092レは通常5時40分ごろなので10時40分の通過だと5時間の遅れであった。

上越線は昨日大雪となって現在運転見合わせである。
なお、日本海縦貫線の方も遅れが出ている。
3373M 115系快速  雪煙を上げて走り去っていった。

相変わらず寒い日ばかりで冷蔵庫にでも入れられたような状況。時折地吹雪もあった。
春の訪れも相当遅れるようである。
湘南色のN40編成。 434M 本列車は長岡行き。雪の中の湘南色。

2018年2月11日日曜日

宮本常一が撮った昭和の情景

図書館に資料をあさりに行ったら表題の写真集を見つけたので。
宮本常一明治40年=1907年~昭和56年=981年 民俗学者。
この人のことを知ったのは昨年の秋のことである。佐渡市で写真展がされたようでNHKの夕方のニュース番組で紹介されていた。

小型のOLYMPUS PEN S ハーフ版フイルムカメラで全国各地を撮影された。
民俗学ということで各地の生活事情などを記録したものが多い。

書籍はすべて白黒写真で構成されている。各時代の風俗や習慣を切り取った写真であり、現代では見ることの叶わぬものが多数である。
記録という思想で撮影されているため量も膨大、芸術的または情緒的な写真は無い。

鉄道では東北地方の森林軌道や各地の駅の構内の乗客の様子。
新潟県内では佐渡市のものが多く、ほかに水田地帯のはさ木や今は無い直江津駅前のいかや旅館の写真もあった。 昭和30年から55年までのもので構成されているが未舗装の道路、手での田植え、茅葺の農家、檜皮葺の漁村(屋根に石が乗っている物)、農耕の牛馬、路傍の石仏の祭祀、自動車もまだ少ない時代。東京の周辺部でも茅葺が多数というのは今では考えられない話である。