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2025年6月11日水曜日

梅雨入り前の午後

2025年6月7日 北越急行六日町 HK100 開業当初の塗装が復刻
六日町にて HK100


八海山とE7系 上越新幹線 浦佐付近 国道17号から
梅雨入り前のこの日乾いた空気に覆われ山岳地帯がきれいに望めた
小出駅で 只見線キハE120 
EH200-6 DD200 南長岡 配8788レ

EF81 134他 旧長岡車両センター


 大沢で撮影にいそしむ各位に謝辞を伝え、六日町へ。ここで復刻塗装のHK100を目撃。従業員ではなさそうな人が車庫にいるが、帰宅後調べたら雪月花の乗客のイベントだったようだ。雪月花も片道7000円と安い(食事はなくスイーツのみ)こういう機会があれば乗車できそうだが・・・

梅雨入り前の午後越後三山が残雪を頂き、きれいに望める。上越線列車と絡めてみたいが、夕方の貨物列車も狙いたいので折り合いを・・・

上越線では六日町~五日町間がきわめて迫力を感じる、また大沢で出会った各位は北越急行ほくほく線魚沼丘陵へ行くとも言っていたが・・・

六日町から浦佐の区間はアップダウンのある盆地・・・上越新幹線が五日町を通過すると現れる。浦佐駅近くに越後三山を絡められる場所がありそこで上り新幹線を。E7系の編成が残雪の山の前をゆったりと走り抜けてトンネルへ消えていった。 

小出で只見線キハを眺めて南長岡へ。ここでしばらくぶりに配8788レの牽引機EH200‐6が発車待ちする場面を眺める。他引退が近いEF81などを遠めに見て北長岡付近で水田地帯を走るEF510の3098レを下り3097レは遅れているのか来ないのでそのまま買い物をして帰宅した。 久しぶりに晴れの週末を楽しめた。梅雨入り前の乾いた空気に包まれた山岳地や盆地のたたずまいを堪能できた。

2024年9月14日土曜日

まるで北海道のような・・・魚沼コスモス公園

2024年9月14日 魚沼市 コスモス公園
この辺りはトウモロコシ畑が多い。


コスモス公園から。コスモスはようやく咲き始めたばかりでほとんどつぼみ。それでもいくらかは咲いているので花をあしらって。この付近地形は北海道を思わせる。


 コスモスの向こうは魚沼市が眼下に望める。破間川と魚野川によってできた盆地。

コスモス公園の坂を下りて  有名なアングル。
北海道のような風景であってもすでに30度を超え真夏日。

空調のいかれた車では長居をすることはできない。それでも存分に北海道のような風景を堪能できてよかった。例年この時期にこの場所のことを思い出すがたいてい天気が悪く断念している。

 


 帰宅途中只見線小出行き列車を須原駅で。やってきたのが国鉄色風のキハE120型。

須原では乗り降りはない。乗客は多かったが始発からの方々だろうか?

只見線は列車本数が極端に少なくこの界隈の方々も利用されないかもしれない。全線復旧したが今後の先行きは見通せない路線。

須原駅前には給油所やJAそしてスーパーがあって皆さん車での利用であった。駅前を少し進むと豪農の館目黒邸そして須原スキー場があるが利用は車の方々である。

須原駅前のAコープで飲料を購入して一気に飲み干して、魚沼を後にした。

 

 

 

 







2024年3月8日金曜日

今から10年前の3月

2014年3月10日 磐越西線 キハ48523 新ニツ
津川駅
雪が疎らに残っていた。
新津寄りからキハ47519、キハ471515、キハ48523

郡山車両センターで急行色に塗り替えられたキハ48が登場したころ。
 

2023年10月5日木曜日

全通から1年が過ぎた

 

2022年10月1日 只見線

全通から1年が経過。今も大いににぎわっているという。

昨年はまだ夏の名残りが残る中列車は終点を目指していった。ホームは見送りの方々と報道関係者で混雑していた。

2022年12月6日火曜日

難攻不落

2022年10月1日 只見線小出
小出駅にたむろする保守用車 
上越線の乗り場から見た只見線気動車

10月1日に努力の甲斐あって全通した只見線であるが現在ちょっとしたブームになっており結構な混雑が続いているという。

機械を見て乗車したいと目論んでいるが・・もちろん不通だった区間を含めて。今は悪いことに磐越西線も野沢~喜多方間が不通になったままである・・・ 

只見線の復旧区間はわずか3往復。使いにくいダイヤの路線である。

2022年10月29日土曜日

キハ120の内部


 2022年10月9日 大糸線キハ120-329 〔富山〕 内部

ボックス席4組とロングシートの構成。ロングシートには仕切りがある。

ボックス席には大きなテーブルがあり飲食物を置くことが可能。座席間隔は近郊型車両のレベル。座席の座り心地は悪くはなかった。

ローカル線向けの車両としてJR西日本の閑散線区に多数配置され1990年代に新潟鐵工所から甲種輸送で送り込まれる光景を見続けたがようやく乗車の機会に恵まれた。

大糸線12時7分発の糸魚川行きは100%を超える乗車だった。普通列車と特急から乗り継いで糸魚川まで乗る人がほとんどだった。大盛況と思えるがこの小さな車体におさまるレベルであり経営的には厳しいと考える。

2022年10月1日土曜日

秋風乱れ旅

2022年10月1日 只見線小出駅 キハE120-3とキハ110‐135 ともに〔仙コリ〕430D

2011年7月の豪雨災害で会津川口~只見間にて橋梁流失など11年に渡る長期の運転不通が続き直通運転ができない状態が続いた只見線であったがこの日より全通となり有志で到着と発車の際に横断幕を掲げようということになり混ぜてもらうこととし、当日小出駅に向かった。

会津若松からの423D(小出駅10時41分着)は途中で車両故障が発生し定刻に到着しない旨をJR東日本の関係者から告げられみな落胆だった。到着時間も不明との事だった。

キハE120-3とキハ110‐135は小出駅4番線で停車中であり、この列車が午後の会津若松行きとなるが大幅な時刻遅延も考えられるかもしれないという説明であった。

この駅は有志数名以外は地元の人数名、駅前には報道や関係者などが集結していた。しかしこの事実を持って行動を大幅に変更しなければならなくなった・・・

その後430Dは定刻に会津若松へ向けて発車することが判明したのでいったん解散して午後もう一度集合して発車列車を見送ることにした。

13時前集合し有志各位は只見線ホームへ。筆者は上越線ホームで発車場面を見送ることにした。只見線ホームでは報道関係者が列をなして取材をしていた。

13時14分会津若松行きは定刻にホームを離れ目的地に向けて動き出した。列車がホームから離れた後横断幕を掲げる有志たちの姿が見えた。


 

間髪を置かずE001「トランスイート四季島」が上越線下り線を通過。記録におさめる。有志各位は撮影には間に合わなかったようだった。

本来10時41分に到着する423Dは小出到着が14時45分との事だった。小出を出た430Dとは大白川で交換となり423Dの編成は会津川口どまりの編成が充当されたとの事であった。

初日から車両故障で大幅に乱れたダイヤであったがそれはそれでよき記憶になるのではないだろうか?

8月の水害で喜多方の濁川橋梁が被災したが復旧は2023年春との事で、磐越西線と直通の「ぐるり一周」列車も運転される見込みもあろう・・・

小出からは1737M (13時58分発)で長岡へ。449Mに乗り換えて新津へ。そこでキハ110や貨物3097レ、上りE001「トランスイート四季島」を狙い、加茂市の青海神社で開催されている「あかりば」を見学するつもりである。 

2022年9月22日木曜日

只見線七日町駅 モダンなカフェ

2022年7月17日 只見線 七日町駅 キハ110‐135


 

キハE120-5  

改築されていた七日町駅 以前はスキー場のロッジのような建物だった。

七日町駅 駅舎はカフェになっていて日中は観光客で賑わうのであろう。

七日町駅 駅前の通りはレトロ街

鶴ヶ城から会津若松駅へ 会津の拠点都市だけに高層ビルも多く一見都会に見えるが、撤退したと思われる企業の空きビルや空き地を流用した駐車場も多くあり衰退に苦しむ地方都市の苦悩を感じる。





2022年7月20日水曜日

キハE120洗浄作業

2022年7月17日 会津若松運輸区 

洗浄線では運転の合間排煙で汚れた車体を洗浄する作業が行われていた。作業員のブラシが窓にかかりホースから出る水が清涼感をそそる。

2022年5月19日木曜日

只見線全通は10月1日

本日の新潟日報1面に只見線第一橋梁を渡るキハE120の写真とともに本年10月1日に全通する旨の記載が。2011年7月の大規模な水害が原因で被災して長期の運行不能となったが、ようやくの復旧がなり開通することとなった。線路、駅舎などの構造物は自治体管理の上下分離方式での再開である。

長岡車両センターで見かけたEF81134と並ぶ郡山所属のキハE120。

 

2021年4月6日火曜日

宵闇に映える~雪月花、ゆめぞら、shu*kura

2021年3月20日 市振から直江津に到着。あとは新潟行きの快速3375Mに乗り換えるだけ。駅構内の留置線に雪月花(ET122)がいるのがみえた。闇が迫る中赤い車体が存在を誇示していた。乗り換え口に向かうが既に車庫に。(撮影できなかったので日中のものを載せている)

ふと後ろを見ると見学会でご案内いただいたえちごトキめき鉄道の方が。しばらく話し込む。市振まで往復してきたと告げたら喜んでおられた。またお世話になりますのでと挨拶して別れる。


 

ほくほく線「ゆめぞら」仕様 HK100型 ビデオシアター搭載。車内は転換クロスシートで仕切りがある。豪華な車内。

HK100型 一般車 クロスシートとロングシートの車内 ほくほく線はトイレが無いので注意。

新潟県央に住んでいるとほくほく線やえちごトキめき鉄道は乗る機会がほぼ無い。もちろん北陸新幹線も。みなマイカーを使う。

さてしめはキハ40系shu*kura これは見ただけだった。キハ40系のshu*kuraも一度は揺られてみたい車両・・・・

 

撮影はできなかった。理由は朝から激闘?したのでバッテリーは切れていたため。機材たちもおなかが減ったと言うことだった。メモ代わりの画像も相当撮影した。


そんな思いを持ちながら快速で帰途に。柿崎まで各駅停車で先は柏崎、来迎寺、宮内、長岡、見附、東三条と停まっていく。今はない快速くびき野を思わせる走りっぷりだった。
 


2020年6月21日日曜日

只見線 会津坂下



2020年6月20日 只見線会津坂下 木造駅舎で丸ポストがある。 猪苗代にある「緑の村」に保存されている沼尻鉄道の車両たちが見たくなったので、県をまたぐ移動規制が緩和されたので出かけてみた。国道49号を走って会津坂下に差し掛かった時会津坂下駅舎が木造駅だったことを思い出して立ち寄ることにした。



跨線橋のない駅で列車を見ながら改札口に向かう生徒たち。新型コロナウィルスの影響でようやく授業が再開。遅れを取り戻すため土曜も授業を行い夏休みも短縮という厳しい状況となったようだ。
改札を出た生徒たちは列車の見える「歩道橋」を渡り高校へ向かっていった。
車輛はキハE120でダイヤ改正で新津運輸区から郡山(会津若松運輸区)に転属した編成。左が424D会津若松行き、右が425D会津川口行き。

この駅は自動信号化されているが駅員がたって列車を見送っていた。どこか国鉄の時代を思い出させる光景だった。
列車交換は会津川口までに途中会津宮下が交換可能であるほかは交換設備は無い。
会津坂下駅の改札口 自動改札でもSuicaでもない。昔からある改札ラッチ。
この駅には跨線橋は無くホームから線路にある踏切を歩いて渡る方式である。
階段が苦手なお年寄りには喜ばれよう。

沿革誌や通表閉そくの装置が展示・・・奥に見えるのは待合室。国鉄の頃のローカル線を思い出す。
会津川口に向けて走り去っていく列車・・・・キハE120もこの地域になじみつつある。
会津坂下駅は車両より人々の営みを見聞する方が楽しめる・・・
そんな思いであとにした。

   



2020年2月18日火曜日

気動車5連分割作業!

2020年2月16日 新津 新潟から2524Dで到着したキハ110とE120の混合編成。新潟~会津若松間の242D~221D~2524Dの流れで当地の気動車では最も長い5連。
新潟近郊区間の通勤・通学時間帯を走るため編成は長い。
一旦長岡方向に引き上げる。キハE120はATS-Pではないため新潟駅に先頭で乗り入れができない。
一旦入庫する。新系列ながら異形式が連なりまるで国鉄気動車の編成のようだ。
先頭がキハ110-135で以下キハ110-214、キハE120‐5、キハE120-6、キハ110-206の5両。
一旦入庫して再び出庫して編成を短くする。 キハ47が3両新潟方向に運転台を向けて停車中。おそらく廃車待ちの車両と考えられる。北枕の編成となっている。
編成を解体するため再び出庫。先頭はキハ110-206
まずは2両切り離し キハ110-135とキハ110-214が切り離されて入庫。連結器にはカバーが装着。
キハE120-6 新ニツの表記 短い期間のみの表記
キハ110とキハE120の編成分割
キハE120東北色の2連が分割されて運輸区に入区
冬枯れ色が広がる 残ったキハ110-206は新発田行きの字幕を出して待機となっている。

編成は各運用に従って分割がされる。2連、2連、1両という運用の流れではある。

キハ110とE120の混結編成もあと1か月で終る。