2018年5月13日日曜日

新潟駅暫定高架駅開業を見学

2018年5月12日 新潟駅 5番乗場を発車するE653系の羽越線特急「いなほ」。115系は乗車してきた電車。話題の在来線特急と新幹線の接続ホーム。





新幹線乗場の案内板と自動改札機。奥には新幹線駅のキオスク。E4系が停車していた。
新幹線ホームには仕切りがある。
5番乗場・・・エスカレーターは上り下りあり。駅弁販売が行われていた。左手はE653の「いなほ」右手は上越新幹線のE2系。5番乗場は短く7両分くらいの長さしかない。

5番乗場から新幹線乗場を・E4系MAXの16両が待機。そこへ東京からのE2系「とき」313号が到着し添乗員を先頭に多数の観光客が下りて行った。
コンコース内にはコンビニエンスストアのnewdays(にゅーでぃず)がある。在来線は5番ホームのキオスクのみ。立ち食いそばは高架部分にはない。
左手の2番乗場はエスカレーターが未設置となっている。今後1番乗場ができたときには設置されると考える。また地平の8番と9番の乗り場も使われている。(今回こっちは見学していない)
新たに発車メロディが導入されたがE129系のワンマン列車はE129系に装備されている乗車促進メロディとなっている。
長岡からの快速3481M 115系N34編成。 120%くらいの乗車だった。115系はATS-Pが装備されたN33~38とN40の7編成のみが存在。それ以外の115系はすべて引退した。
吉田からの115系6連が到着。前のN37編成は午後の新井快速に入る。新潟駅到着後いったん白山方留置線に引き上げ。
高架暫定開業の新潟駅は乗るのが大変そうである。かつての1番乗場正面の改札から入ると 延々と通路を歩いて乗り場まで行かなければならないので相当時間がかかるようだ。特にラッシュ時間帯は。便利になったのは新幹線と羽越線特急乗り継ぎだけかもしれない。


新潟駅12時7分発長岡行きに乗車して帰ることにした。高架区間から地上区間へ降りるところも見てみたいので。

確かに眺めはよく構造ビルの多数ある新潟市中央区ではロングシートに腰を下ろすと都会の電車に乗っている気分を味わえる。白山方の越後線もそうだが。もちろん数秒間の話である。

今回の切符は新潟近郊区間の特例を利用したので駅の外に出ることができなかったがまた駅の様子を見てみたいと思う。すでに高架駅開業のブームも去っていて静かに見学できた。
なお残る115系は人気が高く撮影者の姿も目立った。

高架区間を降りて上沼垂信号所そして新潟車両センターを通過。ほとんどE129系とE653系のみだが115系は一番奥にN33編成が。越後石山寄りに懐かしの70系新潟色のN40編成が待機していた。

列車はガラガラのまま走っていったが途中の加茂で高校生が多数乗車してきて一瞬にぎやかになった。
自動改札にやや遠回りした切符が無事に吸い込まれたことを確認。近郊区間もうまく使うと安く楽しめる。






弥彦線と越後線の115系に乗車

2018年5月12日  東三条駅にて 弥彦線226M 115系N37編成とN35編成の6連
土曜のため回送に近い状態。(8時30分時点)その後接続列車が到着するとボックス席が幾分埋まる程度で6両は不要といった感じ。
8時55分発車。すぐに右にカーブして高架の線路を進む。乗車したN37編成は先頭のN35編成に引っ張られる感じで連結の衝撃が伝わり揺れが大きかった。
 1997年の9月に高架が完成した弥彦線。家並みが続く風景を眺め北三条に停車。乗り降りは少ない。カーブが続くため速度は上がらない。
信濃川を渡ると燕三条。上越新幹線の案内があり9時32分のとき314号が接続する。
この駅で新幹線に乗り継ぐ人の乗り降りが目立つ乗車した人は東京からのとき303号の方々と思われる。ショッピングモールや郊外大画家家電の店舗など見つつ中ノ口川を渡って燕に。E127系の東三条行きと交換。乗車は多くない。ここで燕三条からの人が多数下車。一方で吉田経由で新潟に行く人も多いのでそれほど列車は空かなかった。
西燕で単調な街並みから水田地帯に。田植えが終わったばかりの水田が連なる。
115系の6連のためか撮位する人も多く見られた。吉田到着は9時15分3番線。外壁工事の乗り換えの橋を降りて9時20分発新潟行きに。こちらはE129系6連。加速がよくて恐怖を感じる。乗り心地も115系より良く揺れも少ない。弥彦山や角田山を見つつ越後曽根に。
9時36分に到着。所用を足して10時13分新潟行きに乗車。115系3連N36編成で寺泊からの列車。
越後線はロングレール区間がないうえに路盤も良くないためか115系に乗ると乗り心地の悪さがよくわかる。内野でしばらく待たされて(交換列車無し)発車。小針では小学生殺人事件の現場を通過多数花が手向けてあった。取材の記者も多数。早く犯人が逮捕されることを望む。
関屋分水を渡ると遠くに日本海がわずか望めた。白山を出て信濃川本流を渡ると進行方向の右手に上りの線路が見えてくるが混雑していてよくわからない。しばらくして高架線に入り上越新幹線も見えてきて新潟は定刻の到着。駅に停車するたび混雑した115系3連とお別れである。
客扱を終えて白山側の留置線に引き上げ・・・

2018年5月11日金曜日

桜から新緑に~旧新潟交通電車線月潟駅保存車両

2018年5月4日 月潟にてモハ11他の公開があったので出かけてみた。
桜は新緑に変わっていた。
車内の様子。特に何も行われずむしろ車内そのものが楽しめた。
今となっては懐かしい・・・
電動貨車とラッセル 保存会の方々によると劣化が進んで大変だとの事。しばし鉄談をしながら午後の時間を過ごす。
近時観光関係から問い合わせが相次いでいるとの事だった。
レトロな駅舎と電車たちも貴重な観光資源になりつつあるのか・・・
むき出しの天井と白熱灯 いまでは貴重なアイテム。

時折動画サイトで新潟交通電車線の現役時代を楽しんでいる。

月潟の保存電車の一般公開は6月の月潟祭りの時だそうだ。それ以外は内部は非公開となり駅舎も入ることはできない。




2018年5月10日木曜日

蒲原鉄道廃線跡~七谷駅付近


2018年4月29日 旧蒲原鉄道七谷駅のホーム跡 手前が旅客用で加茂方面と村松方面の行き違いがされた。奥には貨物用のホームも健在。
七谷駅のホームの上り段。今も健在(加茂方面)
村街方面 七谷を出ると25‰の勾配で冬鳥越まで進む。交差する道路はかつての国道290号線。今は立派なバイパスがあり出来てから30年経過した。蒲原鉄道の廃止条件として並行する国道の整備が要求された。1980年代はまだこのあたり未整備だった。
架線柱の付け根の土台部分。トラス式の架線柱が存在していたが架線柱を根元から切断した後のようだ。左手には農業倉庫もある。
黒水東区集会所・・・かつての七谷駅の建物である。現在も健在だがちょっと目に駅舎の跡とは気がつきにくい。交通機関の待合所の使命が無くなって集会所となったためわかりにくくなった。
付近には大きな桜の木が多数あり満開の桜を楽しめる。
七谷駅跡から車で5分程度行った場所にある旧七谷郵便局跡の建物。現在カフェとして使われているようだ。(国道290号をそのまま走り左に回ると現在の七谷郵便局があるがその手前を左折する)
ちょっとしたレトロ街になっている。
新緑の丘陵地と農家 日本の原風景
年代物の送電鉄塔・・・今は使われておらずいずれ解体されると思われる。







2018年5月8日火曜日

越後線石地~小さな峠越え

2018年5月5日 越後線礼拝~石地 115系 柏崎地区と出雲崎地区を分ける小さな峠越え。単調な越後線の中では比較的”変化”を楽しめる。
157M柏崎15時29分発吉田行き 新緑の丘陵地帯を背に115系第3次色がゆく。
石地駅の構内 かつては交換が行われていたが現在は棒線駅。
石地の駅舎 駅前は小さな集落が広がる。
旧116号線を出雲崎寄りに進んで峠越えの区間に。115系N38の150M
新緑を背に湘南色が走る。

115系の最後の活躍の舞台。




2018年5月7日月曜日

残雪とほくほく線列車

2018年5月5日 北越急行ほくほく線くびき~犀潟間 背後に妙高山 手前に田植えを控えた水田が。828M
米山を背に走る快速列車3831M 
午後の838M 代掻きの済んだ水田と青空を背に走る。
帳快速列車「スノーラビット」3841M 直江津を出ると途中十日町のみ停車。越後湯沢まで1時間を切る運転となっている。
かつては特急「はくたか」で賑わっていたほくほく線も今は短編成のローカル電車が走るのみとなっている。かつての栄光の時代が終わって3年以上が経過した。のどかに走るHK100編成をながめながらかつてを思い起こすのも悪くはない・・


2018年5月6日日曜日

鯨波でN38編成湘南色他を・・・

2018年5月5日 信越本線の鯨波  明け方まで雷を伴う雨が降っていたが7時前にはようやく天気も回復。1324M直江津行き
快速3371Mは115系N38編成 撮影者は少な目。この列車に入るということは午後の越後線で走るということである。この近くの旅館から県外からの方々がやってこられた。
雲が多くすっきりしない朝。海の色もどこか不機嫌。松林も枯死が目立つ。
「しらゆき」1号が新潟に向かう。かつての「北越」1号の変化したものであるが北陸新幹線接続のため時間が繰り上がった。E653系の車内はそれほど混雑していなかった。

この区間を走る列車も随分と変化したものだ・・・1978年の時点では貨物がEF15、EF16、EF62、EF81、旅客EF58そして普通列車が70系電車で一部115系、急行が165系、特急が485系、寝台特急「日本海」14系(早岐)、寝台特急「つるぎ」は24系25型。急行「きたぐに」オロネ10、オハネフ12などと12系客車の組み合わせで客車普通列車も3往復 長岡~米原のものもあった。急行は「しらゆき」「越後」「赤倉」でキハ58系など。
1978年10月から機関車はEF62とEF81 普通電車は115系1000番代、70系とEF15、EF16、EF58は定期運用が無くなった。
1982年ダイヤ改正で気動車の急行がなくなり普通客車列車も115系に変わった(一部165系)。1986年ダイヤ改正でEF62がEF641000番代に置き換わり他はEF81が。普通列車は115系と165系。急行「きたぐに」は1985年ダイヤ改正から583系となった。
JR移行後特急「かがやき」が登場し115系は新潟色(N37編成のもの)が増え165系急行も一部が塗装変更したものが使われた。
485系も上沼垂色が登場し華やかさを増した。
1997年3月北越急行ほくほく線が開業し特急「はくたか」が登場し「かがやき」は廃止。
それ以外の特急も大幅減便。165系急行は485系特急「みのり」となったが長続きせずに2002年に快速「くびき野」に再編した。
2001年3月には特急「雷鳥」「白鳥」廃止。2015年には北陸新幹線が開業して特急はE653系の「しらゆき」普通列車も115系からE129系へ移り変わっていった。
貨物列車もEF81からEF510に。EF64だったものはEH200に置き換わりそれもこの春にEF510に置き換えられた。

久しぶりに海と列車を楽しみ次の目的地へ・・・