2018年8月22日水曜日

横川のビンテージ車両~碓氷峠鉄道文化むら

2018年8月13日 碓氷峠鉄道文化むら キニ58  中央本線のキロ58型グリーン車の部品の一部を流用しキハ40系の車体を乗せた荷物車。1985年のダイヤ改正まで常磐線の荷物輸送に貢献した。1978年度から遊休のグリーン車を部品流用で荷物または荷物と郵便の合造車として改造が行われた。
荷物室はすのこ状の床と窓に破損防止の格子が取り付けられたのが特徴である。
荷物車の業務机といす。椅子はクロスシート。机上には状差しと蛍光灯も完備。机の後ろは洗面台があり机の反対側はロングシートがあるようだ。(大まかに本形式のほかクモニ143やクモユニ143、クモル145などもこんなスペースを持っているようだ 形状は若干異なるが)

荷物車この空間の記憶は高校時代停車している荷物列車のなかにクロスシートと机の空間があり何のための空間なのか不思議に感じた。単に荷物と書類照合の場所といえばそれまでだが。 また1985年3月ダイヤ改正で転属するキハ47の機関車次位にスユニ50が連結されこの空間に車掌が座っていた。机上にはかばんと無線機があり発車間際車掌が機関士に合図を送る光景を見た。業務用席であり一般客の立ち入れない空間の記憶。
荷物車の業務机の椅子部分は回転式1人用とクロスシートのものの2種類あるようで客車でも一定していないようだ。なお、クモニ83は回転式の椅子だった。参考資料「国鉄電車ガイドブック 旧性能電車編(下巻)」浅原信彦 誠文堂新光社刊
郵便車のクモユ141はどうだったのか?図面を探しているが・・・・・(誠文堂新光社の「最後の国鉄電車ガイドブック」には載っていなかった。クモユニ143が業務用として写真が乗っかっているだけ。)


妙義山を背にスニ30 8 とマイネ40 11 スニはモニター屋根。どちらも貴重品。
車内は公開されていない。マイネは1等寝台車の設備がそのまま残っている。
寝台の形状はプルマン式で通路を挟んで寝台があるタイプ。
DD531 かつては新潟地方でもいったん配置されたらしい。北海道で活躍し晩年は新庄で廃車を迎えた。わずか3両の所帯。ハイパワーが却って好ましくない結果を招き山岳路線用の3両のみの製造にとどまりロータリー車はDD14が標準型となった。
オハユニ61-107 荷物と郵便と普通客車の合造車。五能線で1984年2月改正まで走っていた。
オハユニ61の普通客室。背ずりは木製で扇風機もなし。時代を超越した姿。
オハユニ61の郵便室と荷物室の仕切り板付近。
 オハユニ61の車端部。車掌用の机といす 状差しなど完備。椅子は回転式。
高崎配置のオハニ3611は椅子はクロスシートとなっているが机上に放送機器が置かれたので雰囲気が異なる。またオハニ3611の荷物室はすのこは撤去されている。
マイネ40-11 一等寝台車で戦後造られアメリカからの観光客輸送に用いられた。
ナハ11-1 軽量客車で全盛期は優等列車に用いられたが劣化も早く1970年代後半には廃車も進んでいた。
EF15165とEF621 EF15は貨物用標準機 新潟県内でも1982年11月ダイヤ改正まで走っていた。晩年は高崎のEF15165とEF15200が残りイベントなどで走ったようだ。
1985年3月31日高崎と水上の区間でイベントがありEF15の重連が走った。
その後引退し高崎に電気機関車を中心とした保存車の殿堂がつくることが検討されたが実現できず、結果として横川に保存となった。










2018年8月21日火曜日

横川に昭和の記憶を訪ねて

2018年8月13日 高崎でSLみなかみ号を見た後は横川に。お目当ては国鉄時代の車両たちの探訪である。
安中駅近くの東邦亜鉛の工場 信越本線沿線には多数の化学工場があるがそのうちの一つ。同じ信越本線でも新潟県県央では化学工場は無い。もし「工場の祭典=こうばのさいてん」に化学系、鉱業系があれば「光場=こうば・・・この場合化学工場の夜間の姿に思いを寄せ光りで彩られ白煙を夜空く噴き上げる光景 鉱場=こうば 単純に鉱山などの併設工場にちなむ」も話題になっていたことだろう。新潟県央は完成品=ハウスウェア、工具 利器、暖房器具などの産地である 。燕三条の「工場の祭典」は10月7~8日開催で新潟~東三条~吉田間に快速「工場の祭典」号が運転される。

安中駅 トキ25000型貨車。 安中貨物限定。高速車扱い貨車である。 さてターミナルではない駅の構内に貨車がいる姿も今は貴重。
福島臨海小名浜~常磐線、東北本線経由で安中に来る貴重な貨物が運転されている。

安中を出ると山間の風情が。終点の横川。ここはかつて碓氷峠の入り口ですべての列車に補助機関車EF63を連結または切り離す駅として名をはせていた。1997年10月1日に長野新幹線=北陸新幹線(高崎~長野間)開業により使命を終えて終着駅となった。
乗客の一部が連絡バスに乗って軽井沢に向かっていった。
碓氷峠鉄道文化むらにてEF6254 晩年の姿。信越本線の高崎~直江津間で使われていた。
EF6310 碓氷峠の補助機関車 「ロクサン」 信越本線横川~軽井沢間を走るすべての列車に連結され下り連写は推進、上り列車は牽引の役割を担った。
アプト式時代の主力ED42 準鉄道記念物。
EF6312 機関車の運転体験 奥には僚友のEF6324とEF6325も待機。

碓氷峠はここからしばらくは25‰であるが丸山変電所のレンガ他の建物を過ぎたあたりから66.7‰の急こう配となり信越本線の輸送のネックとなっていた。

北陸新幹線での移動が当たり前となった今そんな時代の記憶も遠くになりつつある。





2018年8月19日日曜日

カシオペア紀行の回送

2018年8月19日 EF81139〔田端〕回9838レ昨日東北地方を走ったE26系客車「カシオペア」の秋田~長岡~上野間の回送である。
薄雲がかかり気温も30度に届かない晩夏の越後路を赤い機関車にひかれて走った。
秋田は4時発酒田6時3分から20分で新津9時34分着の55分発長岡が10時54分着の11時5分、水上12時44分発大宮15時8分発、上野は15時35分着という時刻。
いまは「ネタモノ」は追っかけないので時刻そのほかには疎いが偶然に情報が手に入り、あちこち調べると時刻も判明したので自宅近隣で見ることに。
赤い機関車EF81139があでやかであるがヘッドマークは無い。
EF81に牽引されてどこかアメリカンスタイルの客車が連なる。
ヘッドマークは客車側に。ちなみに昨日は奥羽本線の秋田県湯沢までの運転だった。
あちらは701系の普通列車だけが走る路線で機関車が入ったのは久しぶりらしい。
このEF81139の牽引だった。
東三条駅は中線待避。新津を10時8分に出る高速貨物4060レに道を譲るためである。
本日4060レは赤いEF510だった。
待避が終わると発車。巨大な車体をくねらせて一路上野に向かっていった。


DLばんえつ物語

2018年8月18日DE101680牽引 「DLばんえつ物語」号 8226レが新津を発車。赤い車体に黒いマークである。入れ替え時にはDE10の汽笛が構内に響き渡っていた。
展望車からは手を振る人も 一昨日の雨を境に気温が下がり猛暑もおさまった。
(北海道大雪山系では初雪があったらしい) 季節は晩夏に移ったようでひまわりもそろそろ終わりのようだった。

C57180はテンダーの故障らしく復旧に時間を要することまた全般検査も行うことから復帰は来年の夏を予定しているとの事。
DLばんえつ物語は今月と9月の連休時の週末の運転となっている。それ以降は未定。

EF510-509貨物

 2018年8月18日 EF510-509 4095レ 貨物列車も盆休が終わって運転が開始された。そのためかコンテナの積載率も好調だった。この4095レは名古屋貨物ターミナルと新潟貨物ターミナルを東海道・北陸線(えちごトキめき鉄道など第三セクターも含む)経由ですべての区間をEF510が牽引する。

銀色のEF510はもう1両EF510-510がいるが現在検査のため広島車両所に入場中だが 西日本豪雨で山陽本線に甚大な被害が発生し復旧ができてないため富山に帰れない状況となっている。



2018年8月18日土曜日

硬派な高崎の蒸気!

2018年8月13日 高崎 D51498 「SLみなかみ」号牽引機。すでに多くの老若男女が撮影を楽しんでいた。
モノクロームで1カット。都会の蒸気機関車!
国鉄時代上越線の後閑駅に保存されていたD51498が本線上に復活したのが1988年12月今年は復活して30年の節目の年となる。上越線を中心に走るがJR東日本管内各地を出張することも多い。磐越西線でも何回か走っている。春先の白新線~羽越本線の「SLひな街道」や磐越西線の「ばんえつ物語」にも歴史を残している。
機関車の区名札をアレンジした自動販売機。高崎管内では蒸気機関車をイメージさせるオブジェが多数ある。一部の駅の待合室が旧型客車風だったり駅名標も動輪が描かれていたり・・・
駅構内の様子・・・操車掛と女性客
高崎駅に入線の12系 かつて国鉄時代は各地に見られた客車である。オリジナルの「青い12系」も高崎のものだけになってしまったが・・・
臨時急行列車でお世話になった。1980年代の青森~大阪間急行「きたぐに 」上越線の臨時急行「鳥海52号」「佐渡57号」北陸本線臨時「加賀」山陰本線夜行「山陰」紀勢本線夜行、東海道~中央西線「ちくま」伯備線の臨時快速、山陰本線臨時夜行、鹿児島本線の急行「かいもん」などなど・・・
発電用のディーゼルエンジンの音が構内に響くがかつて臨時夜行列車に乗る前の緊張感を伴った旅情を思い出した・・・
12系SLみなかみの行先標 国鉄時代は東日本用(東北、関東、中部)と西日本用(関西、中国、九州)があった。国鉄が分割民営化後はさらに細かくなったようだ。この編成のものは・・・他線区出張時は臨時という表示で対応することが多いかもしれないが。
車内は原型で国鉄急行型そのままである。ばんえつ物語12系の魔改造と比べれば極めて硬派に感じる。
入れ替えのDE10高崎車両センターの所属。高崎も今や蒸気(D51、C61)電気(EF60、EF64、EF65)、ディーゼル(DD51、DE10)電車(211系など)気動車(キハ110など)
客車(12系、旧型)と各種すべての種別が配置される一大拠点となった。
左手のホーム(旧1番線)に入ることができればすっきりした編成が狙えるが既に使われていなくてはいることはできない。
高崎駅1番線 近代遺産・・・世界遺産の富岡製糸場のほか碓氷峠のレンガの橋、温泉は草津、水上など SL=蒸気機関車は「SL水上号」「SL碓井号」となる。
9時56分水上に向けて発車。煙がきれいに上に向かって吐き出された。多くの人々が手を振り見送った。
感じる、伝わる、蒸気、SL 黒を基調としたオブジェ。
高崎駅構内での蒸気機関車の写真も展示・・・蒸気機関車そのものの魅力を伝える。

新潟がゆるキャラの「オコジロウ」「オコミ」に代表されるファミリー層向けのイメージなのに対し高崎は蒸気機関車の凄みで迫るハード路線、硬派路線 が特徴となっている。
もちろんSL列車はどちらもファミリー層の利用が多そうだが・・・
高崎駅構内では旧型客車も・・隣接する高崎車両センター(国鉄時代の客貨車区)にて。
老舗のSL「水上」「碓井」は原型12系と旧型客車が主流。良き時代の「汽車旅」を楽しむことができる。














2018年8月16日木曜日

MAXとき308号

2018年8月13日 長岡車両センターを上越新幹線から キハ48「縁結び」色他2両。
原色のEF81が・・・最近田端から転入した97号らしい
魚野川と越後三山  浦佐駅付近
水田の緑が鮮やか 上越線を入れて
越後湯沢 E2系が待機
上毛高原発車。道路橋が幾重にも重なる。右奥になだらかに裾が広がる風景が。
しばらく進むと赤城山が望める。
高崎ではホームではないところにいったん停車。停車時の揺れが客車列車のようだった。
高崎で東京寄りにE4系8連を連結する。こちらはたにがわ308号で停車駅は高崎を出ると大宮、上野、終点東京。
高崎では16両になるためかそれほど混雑もなかった。

この列車異例づくしで先頭車が9号車、駅のホームがない場所に停車などなど。初めての珍体験。(上越新幹線もかなり乗っているのだが発見することも多い)